2014年09月07日

非常に勝手な兄妹説

先に勝手な妄想であることをお断りしておきます。

原作KillingHeartでは、メインキャラで出自のはっきりしていない子が三人います。
カイ、ラディア、ハルです。そのうち、ハルは後に書かれる予定があったものの叶わなくなってしまったという経緯があるので、厳密に言うと二人になりますね。
カイとラディア。この二人の本当の両親はわかっておりません。
意図的ではないことは確認済みなのですが、二人の特徴は似通っています。黒髪に黒い瞳。あの世界ではよくある見た目、と結論付けてしまえばそれまでです。
しかし彼らには「実の両親不明」という共通点があり、作中の時系列で言えば
産まれたばかりのカイが捨てられる
→ラディアが生まれる
→ラディアの両親がアスリックらに殺される
という流れができています。
つまり、カイを手放した以降もその両親は生きていたと思われ、
その後に何があってもおかしくはないということになりませんか。
今回の勝手考察は、「カイとラディア兄妹説」です。
……本人たちも眉唾だろうなあ。「ないない」って首を横に振るだろうなあ。多分原作者に言っても否定されるでしょう。

見た目が、ことに髪と眼の色が家系や民族的に特徴として現れているというパターンが、キルハ世界には存在します。
グレンさんは母親の銀髪銀目を受け継いでいますし、ハルの髪と眼の色はサーリシェリア人の特徴としてはっきり明言されています。カスケードの色も家系的に受け継がれたものという設定があります。
そのパターンに則っていると考えれば、カイとラディアの身体的特徴が似通っていることに、血縁関係を疑えるのではないでしょうか。
ましてカイの両親は完全に消息不明です。産まれたばかりの我が子を手放した後、旅の途中で再び子供を生み、そして旅先で命を落としたのだとしたら。

ところで、なぜラディアの両親はアスリックらに殺されたのでしょうか。当時ロックフォードは「神獣様」を崇め、生贄を奉げていたというのは本編にある通りです。しかし、なぜ両親ともが殺されることになったのか。作中では彼らが神獣様の住処の構造を記憶してしまったためと説明されています。でも、それだけではなかったとしたら。
この妄想はラディアにとって辛いものになりますが、私には、この両親は我が子を「また」手放そうとしていたのではという疑いが生じました。
それを知ったアスリックらが、殺人の罪悪感とは別に、ラディアは村の子供として育てたいと考えたのだとしたらどうでしょう。捨てられそうになった子供を見捨てられず、親に制裁を加え、子に手を差し伸べたのだとしたら。
ラディアが真相を知らされることなく今日まで生き延びた理由が他にもあったと考えることは可能だと思います。

カイは産まれてすぐに手放されています。それは親が「この子を育てることは不可能だ」と即判断したからだと考えることができます。
その理由が、旅にあったとしたら。移動し続けなければならず、ひとところに留まることができないので、子供を育てることが不可能だと判断されたのだとしたら。
とても無理やりな話になりますが、それはラディアの両親の行動へと繋がりませんか。

もちろんこの説は穴だらけです。身体的特徴なんて、別人でも似通っている例はあります。金髪紫眼とか、カスケードとカーティスとか。それにカイは薬作りが特技ではありますが、治癒の力は持っていません。
(しかしそもそも「治癒の民」は私が勝手につくりあげた設定であり、ラディアのみの特殊能力とも考えられます。ラディアが能力を使ったとき、異能として恐れられた理由はそこにあるかもしれません)
ですからこれはあくまで可能性妄想。二人がどのような関係であろうと、仲間には変わりありませんので。

「ちょっと無理やりすぎますよー」
「この妄想、誰も幸せになりませんよね。寧ろラディアが不幸になるんでやめてください」
などと当人たちからの批判の声が聞こえてきそうですが、実は何年も考えていたことなので書いてみました。
ごめんね、カイ君、ラディ。
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2014年07月21日

Reverse508 おまけその五

それは、十七歳の誕生日を祝ったときにした約束。
ニアにとっては少し早く、カスケードにとっては少し遅い、「おめでとう」を言ったときのこと。
「来年も来ような」と言ったその笑顔を、今でも憶えている。「来たいね」と答えたときの嬉しさは、まだ胸に残っている。
結局、約束は果たせなかった。翌年のその頃にはもう、カスケードがいなかったから。ニアも北方にいて、親友を離してしまった絶望と戦っていたから。
約束の海は遠かった。隣に親友がいなかった、五年間は。
それでも、あの美しい海の色は、親友の瞳と同じ色は、今でもはっきりと思い出せるのだ。
「カスケード、海に行こうか」
あのときは親友から誘ってくれた。だから、今度はニアから言った。
時間は経ってしまったけれど、約束を果たそう。また水面の輝きを、朝焼けと夕焼けの空の美しさを、海色の眼で笑う君の笑顔を、見に行こう。

七月十八日、とても久しぶりにカスケードの誕生日を祝った。五年間ほぼ世間から離れていた彼は、二十四歳になっても、それより少し幼く見えた。背は高くてがっしりとした体つきをしているのに、心はいまだに十代のままのようだった。
けれどもいつまでも時間が止まっているわけではなく、彼は日々成長し、失った五年間を取り戻そうとしていた。軍で身柄を引き取ってから半年以上も経った今では、立派にエルニーニャ軍人としての役割を果たせるようになっていた。いや、カスケードはもともと軍の人間だった。自分と一緒に「人を助ける軍人」を志していた。本来の彼に戻りつつあるだけなのだと、ニアは思っている。
まだ「軍人としてここにいていいのか」ということや、「軍は本当に正しいのか」という疑念は持っているようだ。しかし、そんな悩みはきっと誰でもどこかに持っているもので、その思いを抱きながらも大切なものを守るためにここにいるという人間は、カスケード以外にもいるだろう。
ニアだって、軍が全面的に正しい存在であるとは思っていない。これはニアが大切に思っているものを守り、助けるための、手段の一つに過ぎない。それに替わるより有効な方法があるのなら、そちらを選ぶだろう。ただ、今は、この国ではそれが見つからないだけで。
色々と悩んでいても、時は経つ。季節は変わり、ニアが中央に戻って二年目を迎えた冬から、暖かな春になり、そして夏がやってきた。エルニーニャ中央部の、暑い夏が。
「ニア、ニア! こんなにプレゼント貰っちゃったんだけど、どうやって返そう……」
軍の夏服を纏い、たくさんの包みを抱えたカスケードが、驚いたような困ったような、でも何より嬉しそうな表情でニアのいる事務机までやってきた。ちょうど数日先の分までの大量の書類に手をつけていたニアは、そんな親友の姿に苦笑する。――本当に、彼は人気者だ。
「今日がカスケードの誕生日だってこと、一気に知れ渡っちゃったからね。しかも一週間くらい前からだから、みんな準備は十分にできた。この状況は予想できたことだよ」
「冷静に分析するなよ……。一旦寮に置いてくる。甘いのもいくつかあるから、今度の夜のお茶の時間にでもニアが食べてくれよ」
「甘いの苦手なことはなかなか周知されないね。情報って、やっぱり個々人に都合のいいものが収集されて記憶されるようになってるのかな」
「だからそういう冷静な分析はいいって……」
顔を赤くしたまま眉を下げているカスケードを、ニアはにこにこしながら眺めていた。だが、いつまでもそうしていては仕事にならないので、カスケードを寮に向かわせ、自分はまた書類に取り掛かった。
今のうちに片付けておかなければ、明日から休みをとるのに支障が出る。部下に余計な苦労を背負わせないよう、今できる数日分をしっかりとこなしていかなければならない。
「ニア、今、大荷物抱えたカスケードとすれ違ったけど」
事務室にツキが入ってきた。手には新しい書類の束を抱えている。いくらここにある数日分を片付けたところで、仕事は次々と入ってくる。
「ああ、誕生日プレゼント。カスケードは人気者だからね、バレンタイン以来の大快挙だよ」
「誕生日か。ああやって祝ってもらうの、久しぶりだったんだろうな。口元が緩んでた」
「うん。もしかしたら去年まではビアンカちゃんが祝ってたかもしれないけど、あんなにたくさんの人からお祝いされるなんてなかっただろうね」
カスケードが軍から離れて過ごしてきた五年間について、ニアはいまだに詳しいことを知らない。ときどき思い出したように断片的な話をするが、空白を埋めるには至っていない。けれども、無理に聞き出すようなことではないし、ニアも心のどこかではまだ受け入れきれない気がしているので、それでいいと思っている。
これからのカスケードが少しでも幸せになれれば、ニアはそれでいい。
「今日は仕事を片付けて、明日からは二人で旅行だろ? 別に今日から行っても良かったのに」
「僕が司令部のみんなに祝ってもらいたかったんだよ。カスケードがこれまでできなかったことを楽しんでもらわなくちゃ」
「それもそうか」
「あと、どう計算しても昨日までに仕事を終わらせることは無理そうだった。僕が仕事残して行ったら、クリスとアクトが鬼になって、デスクワーク苦手組が倒れちゃうから」
「……それはそうだ」
会話をしながらも、ニアの手は止まらない。左手でツキから書類を受け取りながら、右手でペンを走らせる。そんな状況でも眼鏡をかけなくなったのは、カスケードのおかげで息抜きができているからだ。この一年半でニアも随分と変わったなと、ツキは実感していた。
そうして定時を迎えるころには、仲間たちの協力もあって、あとを任せられるくらいの状態になっていた。そう、今日は定時で終わらせなければならなかったのだ。
夜は仲間内で、カスケードの誕生日を祝うことになっていた。すっかり定番になった、アクトとディアの部屋での宴会だ。たくさんの料理と、ほんの少しだけのお酒で、賑やかに楽しもうという計画。どんなに忙しくても、予定を詰め込んでいても、これだけは外せなかった。

「ニアさん、今日はあんまり飲まないんでしょ? 仕方ないとはいえつまんないな」
出来立ての料理を運びながら、アクトが口をとがらせた。すでに用意してある酒も、今日は瓶の数が少ない。
「クリスと飲みなよ。彼なら潰れないよ」
「おい、まるで俺らがすぐ潰れるみたいに言うじゃねぇか」
「実際敵わないだろ」
ディアやツキと軽口をたたきあいながら準備をし、次々に訪れる客を迎える。そうして全員と全ての皿が揃ってから、グラスに飲み物が注がれた。
「それでは、せっかくですからどなたか音頭を」
クリスが真っ先に言う。つまり、自分はやらない、ということだ。互いが顔を見合わせている中、立ち上がったのはリアだった。
「私がやります。この中で一番付き合いが長いの、実は私ですからね」
大きな胸をえへんと張って、リアはグラスを高く掲げた。未成年なので、入っているのはもちろんジュースだ。けれども堂々としたその姿は、立派な大人に見えた。
「付き合いなら僕のほうが」
「いいえ、ニアさん。私なんです。お二人を祝うんですから」
目を丸くしたニアににっこり笑ってから、リアの綺麗な声が部屋に響いた。
「それでは、カスケードさんと、少し早いですがニアさんも、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
続いてわっと上がった声に、ニアは顔が熱くなった。今日の宴会はカスケードのために開かれたものだと思っていたのだが、どうやらみんなは、慰労の意味も込めて、ニアには内緒で合同の誕生会を開いてくれたらしい。そう、ちゃんと全員が、ニアの誕生日をも憶えていてくれたのだ。
「去年は忙しくて、ちゃんと祝えなかったので」
「今年は盛大にやろうって決めてたんですよ。……まあ、お二人には明日からのほうが本番でしょうけれど」
去年は事件が重なった上に、カスケードがまだここにいなかった。今年こそはと、仲間たちがこの場を設けてくれたのだ。カスケードは目を輝かせ、ニアは瞳を潤ませながら、全員の顔を見渡した。
「これだって本番だよ。ありがとう。僕らをこんなふうに祝ってくれた上に、明日からの休みも許してくれて、本当に感謝してる」
明日の早朝から、ニアとカスケードは休みをとっている。二人で海へ行くのだ。七年前に「来年も行こう」と約束して果たせなかったことを、今年、ようやく実行しようとしていた。
そのためにニアは酒を控えておこうと思っていたのだが、こんなに嬉しいのに飲まずにはいられない。せめて三杯までにしておこうと誓って、グラスの中の一杯目を一気に飲み干した。
仲間たちとの祝宴はまだ、始まったばかりだ。

翌朝、頭はすっきりしていて、空は晴れていた。丸一日車を走らせるには良い具合だ。助手席のカスケードはまだ宴会の疲れが残っているのか、支度こそきちんとしたが、うとうとしている。その様子に、ニアはくすりと笑ってから、エンジンをかけた。
エルニーニャは大陸の中央部に位置する国だが、ほんのわずかに海に接している部分がある。過去にノーザリアやウィスタリアと交渉して手に入れた土地だ。しかしあまりに辺境で、領海もほとんどないようなものなので、そこに行く人はあまりいない。海が見たければ他国へ旅行したほうが、断然手っ取り早いし、街も整っているので便利だ。
それでもあえてぎりぎり国内であるそこを選んだのは、それが十七歳の頃の自分たちにできる限界だったからだ。少年二人で、よくあんな場所まで行けたものだと、七年後のニアは思う。
「ニア、疲れたら運転替わるからな」
欠伸まじりに言うカスケードには、まだ当分運転を任せることはできなさそうだ。「君の目がちゃんと覚めたら考えるよ」と返して、目的地を目指す。
広大な大陸はまだ未開拓の土地を残していて、首都を出ると荒野が広がっている。その途中に小さな町や村が点在しているので、地図を見ながら休憩地点を考える。視察任務のときと状況はさほど変わらないが、頭の中に義務感や使命感はあまりない。立てなければならない作戦は、ガソリンの確保と運転を交代するタイミングくらいだ。万が一旅人を狙った強盗などが現れたら、その時はその時だ。本意ではないが、闘う準備もしてきた。
幸いにも最初の休憩地までは平和なもので、カスケードもよく寝ていた。それでもニアが退屈を感じなかったのは、長年軍人として長距離運転に慣れてきたためと、時折隣から聞こえてくる寝言が実にユニークだったからだ。いったい何の夢を見ていたのか、彼の家族や仲間たちの名前がよく出てきた。それを目覚めたカスケードに言うと、顔を真っ赤にして呻いていた。
「……ちなみに、何て言ってた?」
「一番笑ったのは、『サクラごめん、もうしないから、そんなでかい注射は勘弁してくれ』かな。危うく運転を誤るところだった。何したの?」
「全然憶えてない……ああでも、なんかサクラが怒ってたような気はする……」
夢の中でも、彼の妹は兄を叱っていたようだ。会うたびに何かしら文句を言っているのだから、無理はないが。そしてそれはカスケードに対してだけではなく、仕事で少しばかり(だと当人は思っていた)無理をしたニアに対しても向けられる。それを思うと、自分の夢に出てきてもおかしくないなと、ニアは苦笑した。
「それにしても、海は遠いね。もうお昼が近いのに、まだずっと先だよ。こんなに遠かったっけ」
「七年前は、俺が運転して、ニアがずっと起きてて喋ってくれただろ。だからそんなに遠く感じなかったな」
すっかり記憶を取り戻したカスケードと、あのときのことをずっと憶えていたニアの認識は同じだった。こうして話ができることで、ニアとの思い出が、ちゃんとカスケードの中にあるのだとわかることが何より嬉しい。
休憩地で軽い食事をとって、デザートにそこで売られていたアイスクリームを食べてから、再び車を走らせる。今度はすっかり目を覚ましたカスケードがハンドルを握った。任務のときはいつもニアが運転するので、この役割はめったにない。けれども、まるで目的地までまっすぐに道が敷かれているかのように、カスケードは軽々と車を走らせていた。
「安心するなあ、カスケードの運転。僕は君になら何を任せてもいい気がするんだ」
「いつも俺の作る報告書にダメ出しするのに?」
「それとこれとは別」
次の休憩地――そこが給油地になる――までは、ずっと喋り通しだった。以前そうだったように、何でもないような話題をいくらでも並べて、大いに笑いあった。
話題の中心は、仲間たちのことが多かった。
たとえばカスケードの銃の扱いが、グレンとディアの指導のおかげで軍人のそれに戻ったこと。その指導の仕方が、グレンはとても丁寧だが常に厳しく、ディアはいい加減なようで本当に危険なことには慎重だったことには、二人の性格の違いを感じると同時に、どれだけカスケードのことを思ってくれているかを知ることができた。
カイとブラックの喧嘩にはカスケードも困っているようで、慣れてきたとはいえ、一旦始まると手が付けられないので対処法はないかと訊いてきた。ニアはいつも「いいから仕事してね」とにっこり笑って面倒な書類を二人に押し付けることで解決しているが、それは上司だからこそできることだ。カスケードには難しいかもしれない。
メリテェアとクリスの会話は理解が難しい、とカスケードが言うと、ニアは首を傾げて「そう?」と返す。たしかにあの二人は頭が良すぎて高尚なことを話しているように聞こえるが、実のところはただ任務の作戦を練っているだけだったりする。あとになって、きちんと誰にでもわかる説明をしてくれるので、全く問題はない。
ハルとアーレイドは、まるで弟のようだと思っていたのが、随分としっかりしてきた。「ハルなんてあんなに小さかったのにね」とニアが笑うと、カスケードが「去年と背はそんなに変わってないぞ」と言った。そういえば、もっと昔に会ったことがあるということを、カスケードは知らないのだった。結局その話題で、しばらくの時間を使った。
ツキの家に夕食をごちそうになりに行ったときの話もした。フォークの作ったグラタンが、それこそとろけるくらいに美味しかった。大きな器一つに作ってあったのをみんなで分けていたおかげで、一緒に来ていたクライスとカスケードで取りあいになったときには、コインの表裏を当てるゲームで決着をつけた。勝ったのはクライスだったが、クレインの「譲りなさいよ、クライス」の一言でカスケードのものになったことは、今でもちょっぴり恨まれている。
つい最近のことだが、ニアが仕事をアルベルトとラディアという珍しいコンビに任せていたのを、カスケードはずっと不思議に思っていた。その答えは「普段アルベルトが肩肘張りすぎてるから、それをほぐすためにラディアと組ませた」ということなのだが、実際のところはそう上手くいかなかった。というのも、意外な展開だったのだが、アルベルトとリアが良い雰囲気になってきたのでラディアがずっとやきもちを焼いていたらしいのである。「僕もあの二人を組ませたのはちょっと迂闊だった」とニアがぼやくと、カスケードは苦笑いしていた。
当のリアはといえば、全ての記憶を取り戻したカスケードともちろんニアにも、幼い頃救ってもらった礼をしたいといって、積極的に仕事をサポートしてくれる。軍のアイドル的存在が今や軍でカリスマ的人気を誇るカスケードと一緒にいると、彼女のファンクラブもどこか諦めたような目をして二人を見ていることがあった。あのエスト准将さえもだ。
色々な意味で、頑張っているのはシィレーネだ。親友であるシェリアに背中を押され、日々カスケードに少しでも接しようと努力している。ただ、彼女の気持ちには、カスケード自身はまだ気がついていないようで、ニアとしては歯痒い思いだった。こうして話をしている間にも、「サクラが厳しいから、余計にシィちゃんは歳の離れた可愛い妹って感じでなー」などと言っている。もし今後もこんなことが続けば、きっとシェリアに全力で尻を蹴られるだろう。
話をしていると、夕方の休憩地点まではあっというまだった。かつてはこうだったな、というのを思い出して、ニアもカスケードも幸せな笑みを浮かべていた。そうして食べた夕食は、昼とさほど変わらない軽食だったが、より美味しく感じた。
車の給油を済ませて、また道に戻る。運転はニアに交替した。これから夜中走り通すので、カスケードにはいつ休んでもらってもいいように、というニアの考えがあってだ。
だが、カスケードは眠らなかった。七年前の道中が、そうであったように。
「……ニア、俺に訊きたいことはないか?」
オオカミの遠吠えも響く夜道を行く途中、彼は隣でぽつりと呟いた。
さすがに夜を徹しての運転は不安なので、眼鏡をかけていたニアは、横目で声の主を見る。夕方までの明るい笑顔が嘘のように消え、海色の瞳は暗く沈んでいた。この深い夜が、彼にそんな眼をさせているのだろうか――早く目的地で、朝焼けが見られればいいのに。
「訊きたいことって? カスケードは、僕に何か言いたいの?」
「そうかもしれない。記憶を失くしていたあいだのこととか、ビアンカのこと、組織のこと……色々あるんじゃないか?」
「聴取のときに必要なことは聞いたよ。……僕だって、君のプライベートまで聞き出すつもりはない。君が聞いてほしいなら別だけれど」
しばらく沈黙があった。闇に押し潰されそうで、息苦しい。エンジンが唸る音と、タイヤと地面による振動だけが感じられる。
そのうち、カスケードが口を開いた。
「……新聞で、世の中の出来事は知っていた。ビアンカが不要だと思った記事を切り抜いたあとの、穴だらけの新聞だ」
「うん。前にそう言ってたね」
「記憶のない俺にビアンカが教えてくれたのは、俺に必要なのは軍を嫌悪することと、ビアンカだけだってことだった」
ビアンカはニアに会ったときに、カスケードとのことを話している。外に出したくないというよりは、ニアに会わせたくないがために、彼を隔離していたのだ。そのあいだ、ビアンカが彼に与えた「娯楽」は、きっと彼女自身だけだっただろう。ニアはあまり想像したくないし、できないが。
「ビアンカは俺を求めてくれたけど、俺はだんだんそれに応えなくなって……会話をしても、返事がおざなりになっていった。そして最後には……」
「もしかして、ずっとビアンカちゃんに申し訳ないと思ってる? 君はそうでも、僕は彼女に同情こそすれ、赦しはしないよ」
カスケードの低い声を、ニアはきっぱりと遮った。ビアンカも、最後までニアを赦さなかっただろうから。自分たちの関係は、そこまでなのだ。
「ニアにまでこの気持ちを背負わせる気はない。ただ俺が、もっとビアンカとちゃんと話せば良かったと思ってるだけだ」
「僕は君がそう思い続ける必要もないと思うけれど。……あくまで僕の考えだから、この言葉は忘れてくれていいよ」
それから、また静寂が流れた。闇の中を走る車の中は、二人ともしっかり起きているはずなのに、それ以上の言葉は交わされなかった。
亀裂が入ったような空気は、夏なのに冷たい。首を緩やかに絞められるような心地で、目的地へと進んでいく。

車が止まったのは、予定通りの時間だった。ニアがエンジンをきるのに合わせて、カスケードが車を降りる。空を見上げると、七年前の記憶がどっと押し寄せてきた。
ニアも眼鏡を外し、車から降りて、向かっていたほうとは逆の方向から昇ろうとする太陽と、その薄紅の光に染まる雲を見た。七年前、ここに到着した時と同じ天が広がっていた。
「……変わらないね」
「変わらないな……」
闇が晴れていく。後方からは、懐かしい音が聞こえた。波が寄せてはかえし、砂をさらっていく、あの音が。
七年越しの約束が、とうとう果たされようとしていた。
夜に何を話していたか、どんな気持ちだったか、それを全て洗ってくれるような景色と音。肌に触れる空気と、潮の香り。
短い朝焼けの時間が終わり、雲が晴れれば、向かう先には空の色を映し出すどこまでも大きな水鏡が現れる。それを見るカスケードの瞳と同じ、鮮やかで深い、海の色がある。
七年経った。そのあいだに、別れ、変わり、再会し、さらに変わった。あんなにたくさんのことが合ったのに、この場所は変わらず存在していた。
息をするのも忘れるくらいに、美しい海。二人で見ようと約束していた景色。
「ニア、ちょっと早いけど」
そしてこの言葉は。景色にすっかり晴れた心で、紡がれるそれは、いつかと同じもの。
「誕生日、おめでとう」
今ここにいるのは、あの頃よりもずっと経験を重ねた、二十四歳の二人だ。けれども想いは、景色と同じに変わらなかった。
「カスケードも」
だからニアも返す。十七歳のあの日に、そう言ったように。
「ちょっと遅くなっちゃったけど……誕生日、おめでとう」
ちゃんと憶えている。あの日見た景色も、あの日交わした言葉も。
ちゃんと憶えていよう。今日見た景色も、今日交わした言葉も。
もう二度と、忘れたりなんかしないように。
「こんなときに、話を蒸し返すのもなんだけど。俺はやっぱり、ビアンカのこともちゃんと憶えていようと思うんだ。罪悪感とか、そういうのじゃなくて」
「僕は彼女を忘れてほしいなんてひとことも言ってないよ。それに、僕だって忘れないから」
顔を見合わせ、微笑んだ。これまで越えてきた過去も、今ここにいるということも、これから訪れるであろう未来も、自分たちなら受け止めていける。二人なら、いや、仲間たちとなら、どこまでだって行ける。どんな景色だって見られる。
「カスケード」
「うん?」
「ありがとう。目が見えない僕を心配してくれて。生きていてくれて。また僕に会いに来てくれて。……一緒にここに来てくれて、本当にありがとう」
話したいことはたくさんあった。やりたいことだっていくらでもある。でも、一番伝えるべきは、この言葉だったことを、思い出す。
カスケードはそれを優しく受け止めて、ニアが一番好きな、太陽のような笑顔で返事をくれた。
「さて、十七歳のときにこのやりとりをしたのは、たしか夕方だったはずだけど。カスケード、ちゃんと憶えてた?」
「あ、そうだったな。オレンジ色の綺麗な空を見たんだった。今日も見るんだよな」
「もちろん」
二人は頷きあい、同時に海へ向かって駆けだした。一晩眠っていないことも忘れて、輝く水の中へと踏み出した。太陽の光に飛沫が跳ね上がり、宝石よりも美しく光を放った。



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2014年04月12日

Reverse508 おまけその四

「犬はいないのか、ジューンリー」
突然かけられた言葉に、ニアは怪訝な表情で振り向いた。声の主はわかっている。よくわざわざ嫌味を言うために話しかけてくる、お馴染みの彼だ。
「犬って何のことですか?」
セントグールズ・エスト准将に尋ね返すと、彼は鼻で笑って言った。
「皆言っているぞ。貴様とインフェリアは、まるで飼い主と飼い犬だと。貴様はよくできたブリーダー、インフェリアは躾の行き届いた犬だとな」
その噂は、ニアも知らないわけではなかった。監視という名目で四六時中一緒にいるニアとカスケードは、そう評されることがある。立場上は上司であるニアの指示にカスケードが部下として従い、よく仕事をこなしているという意味で言われていることだ。
だが、ニアはこれを良く思ってはいなかった。カスケードは自分の飼い犬などではない。れっきとした人間であり、ニアの大切な部下であり、何ものにもかえがたい親友だ。だからそれを、いつもの嫌味な口調で、エスト准将に言われるというのは、良い気分ではない。
「カスケードは犬じゃありませんよ。彼は今、訓練中です。僕には仕事があるので、他の者に彼を見てもらっているんです」
「そうか、犬は預けているのか。いつもいつも面倒を見てやっていて、ご苦労なことだ」
「そんな言い方はやめてください。僕には彼の面倒を見ているつもりはありません。彼とは対等に接しているつもりです」
反論するが、エスト准将はそれをも打ち返す。「対等に?」と鸚鵡返しに呟くと、ずい、とニアに向かって人差し指を突きつけた。
「何が対等だ。貴様は大佐で監視役、奴は大尉で監視される者。この関係のどこが等しいというのだ」
「立場以前に、僕らは親友です」
「その親友という言葉も、軽々しく使いすぎてはいないか? 貴様はインフェリアを連れて喜んでいるだけだろう。愛犬を引きずりまわす子供となんら大差ないということを自覚しろ」
ニアをめいっぱい見下して、エスト准将は去って行く。その背中を、ニアは見えなくなるまで睨み付けていた。こんなに腹立たしいと思うのは、あの背中に対してくらいなものだろう。
言われっぱなしが悔しいのではない。「カスケードを連れまわして喜んでいるだけ」という指摘が、的を射ていると感じたから悔しいのだ。
周囲からの反応や、エスト准将の嫌味から、この頃のニアはカスケードへの接し方を改めるべきかと思い始めていた。上司と部下ならばそれらしく、見張るのならばそうと決め、親友などという言葉でごまかすことなく付き合わなければならない。それが自分たちのけじめなのだと、心の中では思っている。だが、どうしても一緒にいられることの喜びが、行動を共にできることへの嬉しさが、先行してしまっていることは否めなかった。

だが、腹が立つものは仕方がない。エスト准将はニアが中央に戻って以来、事あるごとに嫌味や皮肉をふっかけてくるのだ。一時はこちらの作戦や捜査にも協力してもらい、助言を貰ったこともあり、良い人だと思ったこともあった。彼の助けなしでは、今カスケードと一緒にいることはできなかったかもしれない。しかしそれらの感謝を覆すほどに、彼からの言葉の攻撃は酷くなっていた。カスケードが軍に戻って以降、特にだ。
「どうしてあの人は、僕に対して嫌味ばかり言うんだろう。他にやることないのか、将官のくせに!」
先日の任務の報告書をメリテェアに渡しに行き、そのついでに愚痴をこぼす。将官の非難など部下には絶対に言えないので、こうしてときどき彼女に聞いてもらっている。
それをメリテェアは、くすくすと笑いながら聞いている。ニアにとっては笑いごとではないのだけれども、彼女には些細な、それでいて面白いことらしい。
「エスト准将は、ニアさんたちのことが気になっているのですわ。カスケードさんの帰還を待ち望んでいた一人でもありますし」
「それは建国の英雄御三家としてでしょう? あの人、そのことにすごくこだわっているみたいだからね。でもカスケードは、そういう軍家フィルタを通して自分を見られるのは嫌なんだ。エスト准将にはあんまり会わせたくないな」
ニアの知るカスケードは、家族との絆を再構築したものの、やはり「軍家インフェリアの人間」として見られることをあまり好まない。そしてニアの知るエスト准将は、明らかにカスケードを建国の英雄の末裔で、自らと同類であると認識している。この二人は絶対に合わないと、ニアは思っていた。
たしかに建国の英雄は立派だ。だが、そんなにこだわらなくてはならないものなのだろうか。立場や地位を重んじているようなエスト准将だからこそこのことにこだわっているだけなのではないか。そんなことよりも、カスケードという個人を大切にするべきではないのだろうか。ニアはどうしてもセントグールズ・エストという人物を理解できなかった。
「だいたいにして、カスケードを犬とは何だよ!? 僕を子供だとはどういうことだよ!? たしかに僕はカスケードを好き勝手に引っ張りまわしていたかもしれないけれど……」
「あら、それは認めますのね。付け加えるなら、カスケードさんもニアさんのいうことを聞きすぎですわ」
「メリテェアさんまでそういうことを言う……」
メリテェアに同じようなことを言われても、エスト准将に言われたときよりも素直に受け入れられるのはなぜだろう。彼女相手ならば、すんなりと反省できるのだ。
やはり、エスト准将の口が悪いからだろうか。

銃の訓練を終えたカスケードは、ディアとグレンとともに射撃場から戻ってきていた。裏にいた頃も銃は使っていたので腕は落ちていなかったが、安全性を考えると、やはり扱い方を見直した方がいい。銃の扱いに長けた二人の指導と監視のもと、カスケードは軍人としての銃の使い方を再度学んでいた。
「二人とも、付き合ってくれてサンキューな」
「いつでも相手してやるよ。堂々と書類から逃げられるからな」
「ディアさん、それが目的の大半を占めてますよね。……俺も人のことは言えませんけど」
一度裏の人間として軍に敵対してしまったカスケードは、今でも監視の目が外れない。大抵はニアがその様子をチェックしているのだが、それができないときや、ニアには力不足と思われることには、他の人員がその役目を請け負うことになっている。
今回はその両方に該当していた。ニアには仕事があり、加えて銃はほとんど扱ったことがない。ここは現役で銃を使っている人間の出番だ。同階級であるグレンはともかく、一応上司であるディアなら、万が一のときの責任も負う。
そうして戻ってくる途中で、カスケードは彼と鉢合わせた。いつもニアに意地の悪い言葉をかけていく准将、セントグールズ・エストと。
「軍人然と振る舞っているか、インフェリア」
目が合った瞬間、彼はカスケードを見上げるようにして、しかしずっと大きな態度で、そう話しかけてきた。
「何だよ、文句あんのか」
「貴様には一切話しかけていないぞ、ヴィオラセント。……どうなのだ、インフェリア」
ディアの睨みを受け流し、エスト准将は再度問う。カスケードは、彼が少しだけ苦手だった。自分のことを家名で呼ぶし、何より彼と話をしているときのニアが、いつもムッとしている。普段は笑みを浮かべながらてきぱきと動くニアが、エスト准将を相手にすると、ときどき言葉を詰まらせて悔しそうにするのだ。
そのことを、相手はすっかり見抜いていた。
「毎度ジューンリーに嫌味を言う私を、良くは思っていないか。なるほど、どこまでも飼い主に従順な犬だな」
「お前、いいかげんにしろよ。たしかにこいつは犬っぽいが、わざわざ嫌味ったらしく言わなくてもいいじゃねぇか」
「ディアさん、落ち着いて。今は准将がカスケードさんに話しているんです」
拳を握って身を乗り出そうとしたディアを、グレンが宥めようとする。エスト准将はそれに「話が分かる奴もいるんだな」と、わざとらしく感心してみせた。
「フォースの言う通りだ、ヴィオラセントよ。貴様は引っ込んでいろ」
「ごめん、ディア、グレン。エスト准将は俺と話したいみたいだ。少し離れたところから見張っていてくれないか?」
カスケードも、これでは喧嘩に発展しかねないと察して、頼み込む。ディアは渋々と、グレンに連れられてそこを離れた。カスケードの監視は続けなくてはいけないので、ほんの少しだけ距離をとっただけなのだが、エスト准将はまるでそこにいるのが自分とカスケードだけであるように続けた。
「さて、犬はいつまでジューンリーに付き従っているつもりだ?」
「付き従うって……ニアは上司だし、俺は軍の監視下にある人間だ。いつまでと訊かれたら、きっといつまでもなんだろうな」
「いつまでも? それはありえないだろう。貴様はインフェリアの人間なのだからな」
家名を出され、カスケードは反射的に眉を顰めた。「インフェリアの人間」という理由で特別扱いされることは、あまり好きではない。初めて会ったときからそうしなかったニアや今の仲間たちは、付き合っていて楽だった。
だが、エスト准将は真っ向から自分を「カスケード・インフェリア」として見る。カスケードがずっと避けて通ってきたものを、目の前に差し出してくる。
家族との確執がなくなりつつある今でも、「軍家インフェリア」に縛られるのは嫌だ。名ばかりが先行して、なすべきことを見失うのは違うと思っている。軍人でなくとも、人を助けることは、犯した罪を償うことは、できるのだから。
「インフェリアの人間だからって何だ。俺はニアの部下で親友で、でも罪人で」
「その罪人が軍に戻された理由を、貴様は意識しているのか。貴様がここにいるのは、インフェリアの人間だからだ。この国に大きな影響を及ぼす存在であると認識されているからこそ、貴様はここに置かれている。そうでなければ、裏にいた頃の傷害や反逆の罪で一生牢獄の中だ。あるいは危険人物として処分される。それほどの力を持った者が、軍で犬に甘んじていられるはずがないだろう」
エスト准将の言葉がぐさりと突き刺さる。結局は、インフェリア家という軍家に所属しているからこそ、帰る場所を用意してもらえたのだと彼は言っている。ニアや仲間たちと一緒にいられる現在があるのは、自分がインフェリアの人間だからであるのだと思い知らされる。
どんなに嫌がったところで、この生まれからは逃れられない。この名で生まれたときから、カスケードには軍人としての道しか用意されていないのだ。
「貴様が家名を拒絶しようとする理由は何だ。建国の英雄の末裔という肩書が、そんなに重いか」
「……特別扱いは嫌なんだ」
カスケードが答えると、エスト准将は深く溜息を吐いた。呆れたような、しかしどこか納得したような、そんな表情をしていた。
「特別扱いではない。特別扱いなど、誰もしていない。インフェリアとしての貴様が必要だからこそ、閣下は貴様を軍に置いた。いつかはジューンリーに尻尾を振るのではなく、奴を含むこの国を託そうとしているのだろう」
「ニアを、含む?」
「そうだ。貴様はジューンリーたちに守られる立場ではなく、守る側に立たなければならない。今のようにジューンリーに付き従うばかりでは、貴様は弱いままだ。軍にいるからには軍人になれ、カスケード・インフェリア。ただの愛玩動物で終わるな、同じ犬なら番犬になれ」
国を託すという言葉は大きすぎるし、一度この国に歯向かった自分には到底無理なことだと感じている。だが、すぐ近くにあり、手が届くものならば別だ。
カスケードには、守れるものがある。インフェリアの人間だからこそ成し得ることがある。だから目を背けるなと、同じ軍家出身の男は言う。
軍人じゃなくてもいいというカスケードの考え方とは違うものだが、その志の行き着く先は、きっと限りなく近い。
守る側に立ちたい。そのことは、たしかなのだから。

その夜、ニアはいつものハーブティーではなく酒を出した。穏やかなお茶の時間ではなく、アルコールを選んだのは、ずっとエスト准将の言葉が引っかかっていたからだった。
犬を連れまわして喜ぶ子供――それは腹立たしくも否めない、的確な言葉だった。カスケードといられることがただ嬉しくて、そして彼を部下にできたことにどこか優越感も覚えていた。そんな自分に気付かされたことが、悔しくてたまらない。
腹が立つのは、エスト准将に対してではなかった。そんな思いを無意識にも持っていた、自分自身に対してだ。
「カスケード、お茶が良ければ淹れるけれど。どうする?」
「いや、ニアが酒を飲みたいなら付き合うよ。ソーダ割りで」
「ありがとう。ソーダ水の割合多めに作るよ」
グラスに、二人が好きなリンゴの酒が注がれる。ニアのグラスには氷と琥珀色がなみなみと。カスケードのグラスには氷とほんの少しの琥珀色に、砕けたガラスのような泡のたつソーダ水。
小さく乾杯をすると、透明な音が響いた。
「何か、嫌なことでもあったのか?」
カスケードがニアの顔を覗き込むように尋ねる。ニアは曖昧に笑ったが、それはむしろ、カスケードに答えを教えているようなものだった。
「話せることなら聞くぞ。今度は俺がニアを助ける番だ」
「君にはもう何度も助けられてるよ。……それなのに、僕は君に対して、自分勝手だった」
昔と形は変わったが、結局は甘えていたのだ。傍にいてくれる存在に。味方でいてくれる彼に。
しかし。
「そうか? 俺はそんなふうに感じたことないぞ。ちょっと強引だとは思うけど」
「ちょっとどころじゃなく強引だから、僕はブリーダーで君は犬だって言われるんだよ。君をそんなふうに見せてしまったのは、僕のせいだ」
そう言ってグラスの中身をぐっとあおったニアに、カスケードは自分のグラスを揺らしながら返した。
「俺は犬でもいいけど」
「……犬でもいいって」
「ニアの犬なら本望だ。ただし、愛玩動物じゃないぞ。番犬だ」
ニッと笑って、カスケードも酒を飲んだ。その様子をニアは目を丸くしながら見ていた。
「番犬?」
「そう。今までは立場的にもニアに守られてるだけだったけど、それじゃだめなんだ。今日、そうやって教えられた。俺がここにいられるのは、もちろんニアたちが頑張ってくれたからなんだけど、やっぱり俺がインフェリアの人間だからっていうのは否定できない。だったら建国の英雄の末裔らしく、俺がニアを守らなきゃって思った」
カスケードからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。教えられたということは、誰かが彼にそう言ったのだろう。そんなことを告げるような人物は、一人しかいない。
――ニアさんたちのことが気になっているのですわ。
メリテェアの言葉通り、あの人――セントグールズ・エストは、口の悪い世話焼きなのだ。
「エスト准将に言われたの?」
「ああ、よくわかったな」
「家名とか建国の英雄の末裔とか、そんなことにこだわるのはあの人くらいだから。でも、よくあの人の言うことを聞けたね。カスケードは家のことであれこれ言われるのは好きじゃなかったでしょう」
家名で呼ばれるのを嫌がり、家族と和解してもなお一個人として扱われることを望んだカスケードが、まさかエスト准将と接触して機嫌を損ねないとは。ニアにとってはとても意外なことだった。
「うん、好きじゃなかった。でも、これもニアに出会って、ニアと一緒にここにいるために大切なことだったんだと思ったら、少しは誇りを持っていいかなって」
ニアの名前を出してはいるが、意識を持たせたのはエスト准将だ。かつては八年、さらに五年の間、実家に戻らなかったカスケードに家への誇りを持たせるとは。
「……完敗だな」
エスト准将は、ニアたちよりも二歳年下だ。だが、将官たる素質は、たしかに持っている。だからこそ彼は、軍人であり、軍家を背負い、この国を守るために立っているのだ。
「ニア。エスト准将の名前、何だっけ。長いから覚えられなくて」
「セントグールズ・エスト。たしかに長いよね」
「じゃあ、センちゃんだな!」
「本人には言っちゃだめだよ。絶対怒るから」
怒りっぽく、嫌味がましいが、彼もまた信頼できる上司の一人だ。
そう言ったら、どんな顔をされるだろう。



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2014年04月01日

魔法少女アル子新作発表

あの魔法少女(ラブリーアイドル)アル子が帰ってきた!
今度はライバルニア子が、「キャラチェンジ魔法」を駆使して意地悪を仕掛けてくるぞ!
こっちも「キャラチェンジ」で対抗だ!

『魔法少女アル子 マジカルキャラチェンジ!』

「ブラック、お姉ちゃんの本気の力、見せてあげる!」
「いや、別にいらねーよ」

というネタをやりたかったのですが、どうぞ脳内補完でお願いいたします。
キャラチェンジという能力で、あまりにも性格差分の多いアルとニアを生かせればいいのにね。という妄想でした。
白ニア子黒ニア子緑ニア子。アル子と裏アル子。
いろんな意味で激闘を繰り広げそう。
そんなエイプリルフールでした。
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2014年03月30日

Reverse508 おまけその三

ニアが中央に来てから一年、そしてカスケードが軍に戻ってから二か月。冬の一番寒い時期を越えるその頃、司令部内はそわそわし始める。この国の軍人は若者が多く、軍で青春を送る者がほとんどだ。イベントには敏感なのである。
「ニア大佐、ちょっと訊いてもいいですか?」
休憩時間に、シィレーネがニアを呼び止めた。
「どうしたの? 何かわからないことでも?」
「あの、仕事のことじゃないんです。ええと……」
頬をほんのりと染めて口ごもる彼女に、ニアは首を傾げる。出会ってから随分経ち、彼女の人見知りはかなりなくなったと思っていたが、今日はどういうことだろう。
「お茶でも飲んで落ち着こうか?」
「あ、大丈夫です。その、カスケード大尉の好きなものとか苦手なものとか、ええと、食べ物で、ですけど。教えてほしいなって思って」
遠慮がちに切り出されたのは、ニアにとっては「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしてしまうようなことだった。けれども、これはシィレーネにとって、特にこの時期は重要なことだった。
ニアはそれに気づかない。それどころか、周囲が浮足立っていることにさえ気づいていない。
「本人に訊かないの?」
「ほ、本人には訊きにくいというか……ニア大佐なら知ってるだろうなって思って」
「? まあいいか。カスケードは辛いものが好きだよ。ピーマンと甘いものが苦手」
「あ、甘いの苦手なんですか……。どうしよう、困ったなあ……」
彼女が何を困っているのかも、もちろんさっぱりわかっていない。イベントに疎いわけではけっしてないのだが。
見るに見かねたアクトがやってきて、シィレーネの肩を叩く。
「シィレーネちゃん、甘さ控えめのお菓子の作り方教えようか」
「本当ですか? 助かります!」
「え、何? カスケードに何かあげるの? だったら何でも喜ぶと思うけれど」
「……ニアさん、まさか本当にわかってないの?」
溜息を吐きながら、アクトは卓上カレンダーを指先で叩いた。わざわざその日付を指し示すように。けれどもニアはまだ、頭に疑問符を浮かべていた。
「ええと、復帰二か月記念とか?」
「あのさ、ニアさん。この時期にチョコレート菓子をもらった経験、あるいはカスケードさんに渡すように頼まれた経験ない?」
「……カスケードにチョコ……。あ、もしかしてバレンタインデー?」
「もしかしなくてもそうだよ。さっきからどれだけシィレーネちゃんをいじめる気なのかと思って、はらはらしてたんだから」
近づくのは、恋の祭典バレンタインデー。とんとそういうことに興味のなかったニアは、すっかり忘れていた。ここ五年はカスケードへの取次もなかったこともあり、そのことはまったく意識の外だった。
いや、それにしても鈍感すぎるだろう。アクトはもう一度、深い溜息を吐いた。

二か月で環境にも慣れて、カスケードの仕事ぶりは順調だ。ニアの指示と監視が厳しいおかげで、きちんとやるべきことをこなしている。そんな彼らを、多くの人々は「優秀なブリーダーと躾の行き届いた犬」と評する。
さてその犬だが、初めのうちこそ敬遠されることもあったが、今では中央司令部内での人気はとても高いものになっていた。明るい笑顔と、頼もしい働きよう、そして大柄な体格とまだ残る幼さのギャップは、女性陣の心をわし掴みにしていた。
バレンタインデーを、彼と近づくきっかけにしようと考えている女性は多い。かつてカスケードは行方不明前にかなりモテていたが、それは今も変わらないらしい。もともと人を惹きつける才能を持っている彼は、慕われやすいのだ。
「カスケードさん、バレンタインはチョコまみれになりそうですね。紙袋たくさん持ってきたほうがいいですよ」
周囲はその雰囲気を察している。当日に起こるであろうことを想定して、アーレイドなどは早くにそうアドバイスしていた。
「そうかな。そうなると困るんだけど……甘いもの苦手だし……」
「その気持ちはわかります。俺も洋菓子が苦手なので、毎年もらったものをどうするか困ってるんです」
グレンが頷きながら言う。彼の場合、最終的には相方であるカイの胃に収まるらしいが。しかしそのカイももらう量は多いらしく、バレンタイン以降はしばらく糖分過多になるという。
「今年は親しい人が増えたので、手分けして片付けられそうだなとは思ってますけど。そうだ、アクトさんがチョコレートドリンクとかにしてくれないかな」
「どれだけの量になると思ってんだよ。それならあいつに直接食ってもらったほうが早ぇ。チョコ好きだし」
ジューンリー班の人員の多くは、同じような悩みを抱えているらしい。中央に来て初めてこの時期を迎える者にはまだ感覚が掴めないが、なにしろここは人の数が多い。普段、誰に見られているかもわからない。こういうときに自分の立ち位置がわかってしまうのだ。
「食べ物ならいいけれど、そうじゃない物はどうしたらいいのか悩むなあ。ボク、よくお姉さんたちからぬいぐるみとか時計とかもらっちゃうんです」
「ハルは可愛がられてるな」
「意外ともらう量多いんですよ」
ハルはお姉さま方から可愛がられ、アーレイドは同年代や後輩から慕われ、というように、どの層から支持があるかにもよって内容は変わってくる。かと思えば支持層が広すぎて、いったい誰から貰ったものなのかわからなくなることもしばしばだ。お返しのときに苦労する。
貰い物談義で盛り上がる中、ふとツキが思い出した。
「そういえば、ニアが中央に来てから一年だな。この一年でかなり支持を得たんじゃないか?」
「ニアが?」
カスケードはほぼ伝聞でしか知らないが、ニアのこの一年は中央司令部の話題をさらうものだった。指揮に立つこと数回、解決した事件は数知れず。疑われたこともあったが、功績の多くは誰もが認めざるを得ないものだった。
「ニアさんが受け取る量が想像できませんね。もしかしたらとんでもない数になるかもしれません」
「指揮のときのニアさんって、かっこいいですよね。人気あるんじゃないかな」
「いや、それよりさ。折角一年なんだし……」
「そうそう、カスケードさんもいい機会だから、日頃の感謝とか……」
貰う話も華やかだが、時期を気にせずにあげる側にまわるのもいいものだ。当人のいない隙に、男性陣の企画が始まった。

そんなことになっているとはつゆも知らず、ニアは仕事をしながらシィレーネの想いについて考えていた。
これまでカスケードは多くの女性から想いを寄せられてきたが、それを受け入れたことはなかった。しいていうならビアンカが、彼が記憶喪失になったのを良いことに付き合っていたらしい。シィレーネが気持ちを打ち明けたところで、カスケードがそれに応えるかどうかはわからない。
だが、そんなことは抜きにして、ニアは純粋に彼女を応援したかった。カスケードを好きになった女の子を応援したいと思ったのは、これが初めてだ。
彼女になら、安心してカスケードを任せられる。そんな、保護者のような気持ちがある。彼女の人となりを知っていて、彼女が実際にカスケードと再会するための手助けをしてくれたからこそ、そう思えたのかもしれない。
さりげなくカスケードにシィレーネの印象を聞いてみようかとも思ったが、余計なお世話かもしれないと思い直してやめた。この手のことに自分が首を突っ込んで、いい結果になったことがない。
――それにしても、みんなよく恋とかできるな。
ニアは、過去の度重なるカスケードと誰かの仲介を通して、恋心というものがいかに厄介かということを感じていた。ビアンカやマカの例もある。
シィレーネなら応援できると思ったのは、その厄介さが彼女には感じられなかったからか、それとも自分が厄介事に巻き込まれずに済むからなのか。どちらにせよ、自分はあまり良い性格ではないなと、ニアは苦笑する。
――僕にはたぶん、無理だ。人の関係を、外から眺めていることしかできないや。
バレンタインデーというイベントだって、きっと蚊帳の外だろう。できればそうでありたい。巻き込まれたくない。恋愛というものに対してだけは、ニアはきっと、誰よりもひねくれていた。
改めて周囲を見渡してみれば、なるほど、若い軍人たちのほとんどが浮ついているようだ。恋をするというのは、そんなに楽しいものなのだろうか。
「さっきから難しい顔をなさってますわね。どうかしましたの?」
メリテェアに顔を覗き込まれ、ニアは我に返った。そんなに考え込んでいただろうか。慌てて笑顔をつくって、「何でもないです」と答えた。
「それより、何かありました?」
「ええ、担当していただきたい事件がありますの」
事件書類を見たところ、尉官に任せても良さそうな案件だ。むしろこういうものは、よほどのものでないかぎりは積極的に下に任せ、昇進のための足掛かりに使ってもらいたい。今事務室にいる尉官をちらりと確かめてから、ニアはその任務を受けた。
メリテェアがその場を離れてから、先ほど確認した該当人物を呼ぶ。
「シェリアちゃん、一件見てもらいたい任務があるんだ」
「お、尉官向け任務ですか? いいですよ」
こちらへ来て書類を確認するシェリアも、もとはといえばニアが、彼女の想い人について聞いたことがきっかけで班に引き入れた人材だ。シェリアがカイを好きで、けれどもカイにはすでに相方がいることを知っていて、そのうえで班員になってもらった。彼女の恋は、叶わない。けれどもシェリアは何も言わない。余計なことをしてしまったかもしれないニアに対し、ただのひとことも文句など言ったことがない。
「……シェリアちゃんは、この班にいて良かったと思う?」
「なんですか、突然。良かったにきまってるじゃないですか」
こうして問えば、そう即答する。
「任務、アタシが受けていいんですか?」
「尉官組に任せようと思って。今ここにいるの、シェリアちゃんとカスケードだけだったから。カスケードはまだ僕の監視が必要だから任務には出せない」
「それじゃ、グレン大尉が外から戻ってきたら要確認ですね。カイさんと仕事できるといいな」
一緒に仕事ができれば、それでいいのだろうか。彼女はそれで満足なのだろうか。彼女の恋も、ニアが厄介だと思っている恋愛とは違うように思う。
「ねえ、シェリアちゃん。カイのことが好きなんだよね。彼とどうなりたいの?」
頭に浮かんだ疑問を、そのまま、しかし小声で口にする。
「え?! 何その質問……。どうなりたいとか、そういうんじゃないですよ。アタシは、アタシが好きなあの笑顔を見ていられるだけで幸せなんですから」
変なこと訊かないで下さいよ、とシェリアは笑う。笑っている。頬を染めて、明るく。
「ごめんね。僕にはいまいち、そういうのがわからなくて。ほら、好意も行き過ぎると、厄介なことになるじゃない?」
「ああ、そういうのもたまにありますよね。でも、恋愛の全部が全部そういうものってわけじゃないと思うな。アタシみたいに、見てるだけで満足というか、そういうことにしてなくちゃいけないパターンもある。幸せそうで微笑ましい二人もいる。アタシたちの周りにだって、そういう人たちはたくさんいるじゃないですか」
任務の書類を揃えて、シェリアは言う。
「意外に融通きかないんですね、ニア大佐」
「うん、そうみたいだ。変な話してごめん」
「謝るのなし。アタシは優秀な大佐殿にもわからないことがあるってわかって、ちょっと安心しました」
ニアから見て、いやきっと誰もがそう思うのではないかというくらいに、彼女の笑顔は魅力的だった。

バレンタイン前日の夜、ニアはいつものように温かい茶を淹れながらカスケードの様子を窺っていた。
どうも先日から、彼の様子がおかしい。まるでバレンタインデーに様々な期待を抱いている人々のようだ。彼らと同じようにそわそわしている。
「カスケード、お茶」
「え、あ、サンキューな、ニア!」
声をかけると、なぜかうわずった声で返事をする。何か隠し事をしているのは明らかなのだが、あのカスケードがニアに話さないようなこととはいったい何なのだろう。もしかして、カスケードにもバレンタインデーへの期待というものがあるのだろうか。誰か好きな子でもできて、その相手のことでも考えているのだろうか。
だとしたら、教えてくれてもいいのに。
「ねえ、カスケード。何か僕に内緒にしてることがあるでしょう」
「な、ないぞ、そんなの」
尋ねてみても、ばればれの嘘でごまかされる。――なんだか、面白くない。彼の全てを把握していなくてはならないというわけではないが、一応は監視下にある人間のことだ。また何か面倒なことに関わっていては困る。
「……僕には言えないことなんだ。ふーん……」
「いや、そんなことじゃないけどまだ言えなくて、じゃない、何でもないんだ、うん」
問い詰めても口を割りそうにない。それに今、カスケードは「まだ」と言った。時が来たら教えてくれるということだろう。それが手遅れにさえならなければ、放っておいてもいいのだが。
ニアはしばらく、こちらから目を逸らそうとするカスケードを眺めていた。このまま彼の困り顔を見ていても仕方がないと思って「わかった」と返してやると、あからさまにホッとしたような表情をされた。
追及したいのを我慢して、ティーカップに口をつける。近頃、変だ。カスケードも、周囲も、それからニア自身も。

そうして迎えたバレンタインデー当日、カスケードは朝から蒼い顔をしていた。司令部中に甘い匂いが充満していて、特にカスケードにはそれが大量に手渡されたために、すっかり参ってしまっていたのだ。
「カスケード大尉が甘いもの苦手なのは聞いてたけど、かなりつらそうだな」
「受け取るときはちゃんと笑顔だから、どんどん溜まっていくんだよね。いなくなる前のバレンタインと一緒だ」
呆れながらカスケードを見ているニアの机にも、可愛らしい箱が積み重ねられている。クライスも施設内を移動する間に手渡されるのか、資料と一緒に荷物をたくさん抱えていた。この状況は、もちろん自分や彼だけではない。ジューンリー班の男性陣はほぼ似たような状況だ。その中でも特にカスケードが貰っている量が多いのは、やはり彼の持つカリスマ性ゆえか。
「ニア大佐も結構な数で」
「意外に貰っちゃった。昔中央にいたときとは大違い」
「北方ではどうだったんですか?」
「顔見知りと、サクラちゃんからちょっと。知らない人からもこんなに貰うのは、人生で初めてだね」
ニアの場合は、それだけ一年間の働きが注目されたということだろう。中には本気で想いを寄せているらしいものもあって、返答に困る。だが、新鮮だ。こういうのはカスケードの専売特許だと思っていた。
「ニアさん、それ返事どうするの?」
「ごめんなさいするしかないかな」
まさか自分が恋愛ごとに巻き込まれるとは思わなかった。今までカスケードはどのように対処してきたのだったか。本人がすぐ傍にいるのに、「もしもカスケードなら」を考えることになるとは。
「そうだよな、恋愛音痴のまま受け入れたらどうしようかと思った」
「アクトは最近、僕に対して辛辣だよね。否定はできないけど」
時間が経つにつれて、男性陣の荷物は増えていく。カスケードなどは数回寮と司令部を往復することになった。あれを全部処理して、なおかつ、お返しのことも考えなきゃいけないのかと思うと、ニアも今から気が滅入る。
「ニア、俺なんかいっぱい貰ったんだけど、どうしよう……。確実に甘味で死ぬ自信ある……」
「そうだね、困ったね。それで、目当ての子からは貰えたの?」
カスケードが何でもほいほい貰ってしまうことと、そのせいで涙目になっていること、さらには仕事が進められないことに少しだけ苛立っていたニアは、特に意識もせずについそんなことを言ってしまった。口にして、頭の中でそれを繰り返してみて、はじめてとんでもないことを口走ったことに気が付いた。
やっぱり今のなし、と言おうとしたところで、先に返事があった。
「え? なんだ、目当てって?」
「……違うの? 最近、君がなんかそわそわしてるから、誰かからの贈り物を期待しているのかと思ってた」
「そりゃ貰えるのは嬉しいけど。期待はしてなかったぞ。もっと大事なことがあったからな」
時計が昼休みを報せる。それを待っていたかのように、カスケードがニアの手をとった。突然のことに驚くニアに、カスケードは満面の笑みを見せる。
「今から、それを教える。第三休憩室で、みんなが待ってるんだ。急ごう」

ニアは確かに恋愛音痴だ。というよりは、人間関係に対する向き合い方が極端なのだ。人の気持ちをよく考えるほうではあるが、それに気付くということに関しては、よほどわかりやすくなければできない。
だから人間関係を築くことや、慎重に修復していくことはできる。だが、バランスを崩してしまうことや危うくしてしまうこともしばしばだ。
そんな彼だからこそ、今この光景を見ることができる。人間関係は、恋愛だけでも仲間意識だけでもない。もっと深く、広いものだ。
そのことを、改めて思い知らされた。

「ニアさん、中央着任一周年おめでとう!」

連れられて来た第三休憩室には、いつもの仲間たちがいて。紅茶の良い香りと、温かな空気が満ちていて。何よりも大切な笑顔たちが、ニアを迎えてくれた。
「い、一周年って……」
「ニアが俺を捜すために中央に来てから、今月で一年だったんだよな。そのお祝いをしようと思って、準備してたんだ。俺からも、ニアに色々と礼をしなくちゃならないし」
カスケードがそう言って、ニアの背中を押す。彼が最近妙にそわそわしていたのは、このことを内緒にしていたかったからなのだろう。それを今、やっとわかった。
「ニアにはバレンタインデーよりこっちのほうが嬉しいんじゃないかと思って。だから今日はそのお祝いと、それからグレンの誕生日会も一緒に。な?」
「あ、グレン誕生日か! おめでとう!」
「ありがとうございます。……これは、誕生日を祝ってもらったからだけじゃないですよ。これまで俺たちを引っ張ってきてくれたことへの感謝です」
どんなに不器用でも、鈍くても、はっきりとわかることがただ一つある。ニアは、仲間に恵まれた。短所を補ってくれ、あまり広くない背中をずっと支えてくれる、仲間たちに。この光景が何よりの証拠だ。
「せっかくだからバレンタインデーもちゃんと意識してます。これは私たち女子チームから」
男性陣から話を聞いて、この企画に女性陣も乗った。リアから差し出された包みは素朴だが、可愛らしいもので、かかっているリボンは、ニアをイメージした緑色。それは彼女らが見てきた、いつも真っ直ぐに頑張るニアの髪と眼の色であり、そしてリアがいつか見た優しい救いの色だった。
「それから、男から貰うのもどうかなとも思ったんだけど、俺たちからも。カスケード、こっち来て開けろ」
ツキに呼ばれ、カスケードがニアから離れる。机の上に置いてあった大きな箱――よく見るとそれはクーラーボックスだったらしい――を、ニアに中身が見えるようにして、開いた。
「ニアの大好物、もう忘れないから。俺、もう絶対に、ニアのこと忘れたりなんかしないから。その証明みたいなものだと思ってほしい」
中身は、冬には寒いかもしれないが、けれどもニアならば絶対に喜ぶ品だ。
「もしかして、これ全部、アイスクリーム? こんなにたくさん、どうやって……」
「数日前から手配、運ぶのに車出して、他の客もいたから並んだ。手配組は電話だけだったからいいけどよ、この真冬にアイスクリーム引き取るのに並んだ俺をまず褒め称えろ」
「ディアさん、北国生まれだから平気じゃないですか」
みんながニアを想って用意してくれたものだ。好物ではなくても、たとえ何であろうと、きっと嬉しかった。
「みんな、ありがとう。僕、ここでみんなに会えて本当に良かった」
ニアがふわりと笑う。ここにいるみんなが好きな、ニアの笑顔だ。

昼休みも終わりに近づいたころ、ニアは他の女の子たちと談笑するシィレーネに近づいた。彼女はもう、カスケードに贈り物を渡したのだろうか。それが気になっていた。
それに気づいたシィレーネは、困ったように笑った。
「あ、ニアさん……もしかして、私がちゃんとカスケード大尉にプレゼントあげられたかなって思ってます?」
「ごめん、余計なお世話かなって思ったんだけど」
「気になりますよね。実は、まだです。大尉、いっぱい貰ってたから、私があげてもいいのかなって……」
あれだけの量を見れば、いつも一歩引いているシィレーネが躊躇してしまってもおかしくない。けれども、引け目を感じる必要はない。彼女はニアを助け、カスケードの傍にいると誓ってくれた人だ。堂々としていてほしい。
「行っておいでよ。きっとカスケードは、すごく喜ぶよ」
「……はい。でも、その前に、ニア大佐に」
シィレーネは持っていた手提げから、可愛らしい包みを取り出し、ニアに渡した。目を丸くするニアに微笑みながら、「約束ですから」と彼女は言う。
「私、大佐と約束しましたよね。ニア大佐とカスケード大尉、お二人の傍にいるって。忘れてませんよ」
彼女を、これまでカスケードを好きになったどの女性よりも応援したくなったのは、きっとこういう人物だからだ。彼女は、カスケードとよく似ている。
「ありがとう。……いっておいで」
「はいっ!」
二人がうまくいけば、ニアは独りにならない。結局はいつでも、それが怖かった。もう恐れる必要はないのに。ニアは、孤独にはならないのに。
もう、大丈夫だ。笑顔で、親友の、仲間の、幸せを願える。それを望める。
それが今のニアの、願いであり希望なのだから。

仕事を終えて寮に戻ると、北方から荷物が届いていた。
『お兄ちゃんと二人で分けてね』
サクラからのメッセージカードを、カスケードと二人で読みながら、ニアは結んできた絆が強いものであることを感じる。きっとこれからもそれは続き、増えてもいくのだろう。
「カスケード、貰ったのどうしようか?」
「食べる。せっかく貰ったんだから、感謝しなくちゃな」
「そうだね。……うん、そうだ」
甘いものが苦手なカスケードがそう言うのだから、ニアも我儘を言っていられない。誰かが想ってくれているということは、ここに存在していてもいいということなのだから。
「ところでサクラからのメッセージ、俺にはないんだな。お兄ちゃんはちょっと寂しい」
「二人で分けてって書いてあるじゃない」
「お兄ちゃんと、だろ。明らかにニアに宛てて書いてある。……まあ、うん。そういうことならいいか」
「?」
いつか絆の形は変わるかもしれない。けれども、それが大切なものであることには違いない。その日まで、大切にしていよう。



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