2014年03月30日

Reverse508 おまけその三

ニアが中央に来てから一年、そしてカスケードが軍に戻ってから二か月。冬の一番寒い時期を越えるその頃、司令部内はそわそわし始める。この国の軍人は若者が多く、軍で青春を送る者がほとんどだ。イベントには敏感なのである。
「ニア大佐、ちょっと訊いてもいいですか?」
休憩時間に、シィレーネがニアを呼び止めた。
「どうしたの? 何かわからないことでも?」
「あの、仕事のことじゃないんです。ええと……」
頬をほんのりと染めて口ごもる彼女に、ニアは首を傾げる。出会ってから随分経ち、彼女の人見知りはかなりなくなったと思っていたが、今日はどういうことだろう。
「お茶でも飲んで落ち着こうか?」
「あ、大丈夫です。その、カスケード大尉の好きなものとか苦手なものとか、ええと、食べ物で、ですけど。教えてほしいなって思って」
遠慮がちに切り出されたのは、ニアにとっては「なんだ、そんなことか」と拍子抜けしてしまうようなことだった。けれども、これはシィレーネにとって、特にこの時期は重要なことだった。
ニアはそれに気づかない。それどころか、周囲が浮足立っていることにさえ気づいていない。
「本人に訊かないの?」
「ほ、本人には訊きにくいというか……ニア大佐なら知ってるだろうなって思って」
「? まあいいか。カスケードは辛いものが好きだよ。ピーマンと甘いものが苦手」
「あ、甘いの苦手なんですか……。どうしよう、困ったなあ……」
彼女が何を困っているのかも、もちろんさっぱりわかっていない。イベントに疎いわけではけっしてないのだが。
見るに見かねたアクトがやってきて、シィレーネの肩を叩く。
「シィレーネちゃん、甘さ控えめのお菓子の作り方教えようか」
「本当ですか? 助かります!」
「え、何? カスケードに何かあげるの? だったら何でも喜ぶと思うけれど」
「……ニアさん、まさか本当にわかってないの?」
溜息を吐きながら、アクトは卓上カレンダーを指先で叩いた。わざわざその日付を指し示すように。けれどもニアはまだ、頭に疑問符を浮かべていた。
「ええと、復帰二か月記念とか?」
「あのさ、ニアさん。この時期にチョコレート菓子をもらった経験、あるいはカスケードさんに渡すように頼まれた経験ない?」
「……カスケードにチョコ……。あ、もしかしてバレンタインデー?」
「もしかしなくてもそうだよ。さっきからどれだけシィレーネちゃんをいじめる気なのかと思って、はらはらしてたんだから」
近づくのは、恋の祭典バレンタインデー。とんとそういうことに興味のなかったニアは、すっかり忘れていた。ここ五年はカスケードへの取次もなかったこともあり、そのことはまったく意識の外だった。
いや、それにしても鈍感すぎるだろう。アクトはもう一度、深い溜息を吐いた。

二か月で環境にも慣れて、カスケードの仕事ぶりは順調だ。ニアの指示と監視が厳しいおかげで、きちんとやるべきことをこなしている。そんな彼らを、多くの人々は「優秀なブリーダーと躾の行き届いた犬」と評する。
さてその犬だが、初めのうちこそ敬遠されることもあったが、今では中央司令部内での人気はとても高いものになっていた。明るい笑顔と、頼もしい働きよう、そして大柄な体格とまだ残る幼さのギャップは、女性陣の心をわし掴みにしていた。
バレンタインデーを、彼と近づくきっかけにしようと考えている女性は多い。かつてカスケードは行方不明前にかなりモテていたが、それは今も変わらないらしい。もともと人を惹きつける才能を持っている彼は、慕われやすいのだ。
「カスケードさん、バレンタインはチョコまみれになりそうですね。紙袋たくさん持ってきたほうがいいですよ」
周囲はその雰囲気を察している。当日に起こるであろうことを想定して、アーレイドなどは早くにそうアドバイスしていた。
「そうかな。そうなると困るんだけど……甘いもの苦手だし……」
「その気持ちはわかります。俺も洋菓子が苦手なので、毎年もらったものをどうするか困ってるんです」
グレンが頷きながら言う。彼の場合、最終的には相方であるカイの胃に収まるらしいが。しかしそのカイももらう量は多いらしく、バレンタイン以降はしばらく糖分過多になるという。
「今年は親しい人が増えたので、手分けして片付けられそうだなとは思ってますけど。そうだ、アクトさんがチョコレートドリンクとかにしてくれないかな」
「どれだけの量になると思ってんだよ。それならあいつに直接食ってもらったほうが早ぇ。チョコ好きだし」
ジューンリー班の人員の多くは、同じような悩みを抱えているらしい。中央に来て初めてこの時期を迎える者にはまだ感覚が掴めないが、なにしろここは人の数が多い。普段、誰に見られているかもわからない。こういうときに自分の立ち位置がわかってしまうのだ。
「食べ物ならいいけれど、そうじゃない物はどうしたらいいのか悩むなあ。ボク、よくお姉さんたちからぬいぐるみとか時計とかもらっちゃうんです」
「ハルは可愛がられてるな」
「意外ともらう量多いんですよ」
ハルはお姉さま方から可愛がられ、アーレイドは同年代や後輩から慕われ、というように、どの層から支持があるかにもよって内容は変わってくる。かと思えば支持層が広すぎて、いったい誰から貰ったものなのかわからなくなることもしばしばだ。お返しのときに苦労する。
貰い物談義で盛り上がる中、ふとツキが思い出した。
「そういえば、ニアが中央に来てから一年だな。この一年でかなり支持を得たんじゃないか?」
「ニアが?」
カスケードはほぼ伝聞でしか知らないが、ニアのこの一年は中央司令部の話題をさらうものだった。指揮に立つこと数回、解決した事件は数知れず。疑われたこともあったが、功績の多くは誰もが認めざるを得ないものだった。
「ニアさんが受け取る量が想像できませんね。もしかしたらとんでもない数になるかもしれません」
「指揮のときのニアさんって、かっこいいですよね。人気あるんじゃないかな」
「いや、それよりさ。折角一年なんだし……」
「そうそう、カスケードさんもいい機会だから、日頃の感謝とか……」
貰う話も華やかだが、時期を気にせずにあげる側にまわるのもいいものだ。当人のいない隙に、男性陣の企画が始まった。

そんなことになっているとはつゆも知らず、ニアは仕事をしながらシィレーネの想いについて考えていた。
これまでカスケードは多くの女性から想いを寄せられてきたが、それを受け入れたことはなかった。しいていうならビアンカが、彼が記憶喪失になったのを良いことに付き合っていたらしい。シィレーネが気持ちを打ち明けたところで、カスケードがそれに応えるかどうかはわからない。
だが、そんなことは抜きにして、ニアは純粋に彼女を応援したかった。カスケードを好きになった女の子を応援したいと思ったのは、これが初めてだ。
彼女になら、安心してカスケードを任せられる。そんな、保護者のような気持ちがある。彼女の人となりを知っていて、彼女が実際にカスケードと再会するための手助けをしてくれたからこそ、そう思えたのかもしれない。
さりげなくカスケードにシィレーネの印象を聞いてみようかとも思ったが、余計なお世話かもしれないと思い直してやめた。この手のことに自分が首を突っ込んで、いい結果になったことがない。
――それにしても、みんなよく恋とかできるな。
ニアは、過去の度重なるカスケードと誰かの仲介を通して、恋心というものがいかに厄介かということを感じていた。ビアンカやマカの例もある。
シィレーネなら応援できると思ったのは、その厄介さが彼女には感じられなかったからか、それとも自分が厄介事に巻き込まれずに済むからなのか。どちらにせよ、自分はあまり良い性格ではないなと、ニアは苦笑する。
――僕にはたぶん、無理だ。人の関係を、外から眺めていることしかできないや。
バレンタインデーというイベントだって、きっと蚊帳の外だろう。できればそうでありたい。巻き込まれたくない。恋愛というものに対してだけは、ニアはきっと、誰よりもひねくれていた。
改めて周囲を見渡してみれば、なるほど、若い軍人たちのほとんどが浮ついているようだ。恋をするというのは、そんなに楽しいものなのだろうか。
「さっきから難しい顔をなさってますわね。どうかしましたの?」
メリテェアに顔を覗き込まれ、ニアは我に返った。そんなに考え込んでいただろうか。慌てて笑顔をつくって、「何でもないです」と答えた。
「それより、何かありました?」
「ええ、担当していただきたい事件がありますの」
事件書類を見たところ、尉官に任せても良さそうな案件だ。むしろこういうものは、よほどのものでないかぎりは積極的に下に任せ、昇進のための足掛かりに使ってもらいたい。今事務室にいる尉官をちらりと確かめてから、ニアはその任務を受けた。
メリテェアがその場を離れてから、先ほど確認した該当人物を呼ぶ。
「シェリアちゃん、一件見てもらいたい任務があるんだ」
「お、尉官向け任務ですか? いいですよ」
こちらへ来て書類を確認するシェリアも、もとはといえばニアが、彼女の想い人について聞いたことがきっかけで班に引き入れた人材だ。シェリアがカイを好きで、けれどもカイにはすでに相方がいることを知っていて、そのうえで班員になってもらった。彼女の恋は、叶わない。けれどもシェリアは何も言わない。余計なことをしてしまったかもしれないニアに対し、ただのひとことも文句など言ったことがない。
「……シェリアちゃんは、この班にいて良かったと思う?」
「なんですか、突然。良かったにきまってるじゃないですか」
こうして問えば、そう即答する。
「任務、アタシが受けていいんですか?」
「尉官組に任せようと思って。今ここにいるの、シェリアちゃんとカスケードだけだったから。カスケードはまだ僕の監視が必要だから任務には出せない」
「それじゃ、グレン大尉が外から戻ってきたら要確認ですね。カイさんと仕事できるといいな」
一緒に仕事ができれば、それでいいのだろうか。彼女はそれで満足なのだろうか。彼女の恋も、ニアが厄介だと思っている恋愛とは違うように思う。
「ねえ、シェリアちゃん。カイのことが好きなんだよね。彼とどうなりたいの?」
頭に浮かんだ疑問を、そのまま、しかし小声で口にする。
「え?! 何その質問……。どうなりたいとか、そういうんじゃないですよ。アタシは、アタシが好きなあの笑顔を見ていられるだけで幸せなんですから」
変なこと訊かないで下さいよ、とシェリアは笑う。笑っている。頬を染めて、明るく。
「ごめんね。僕にはいまいち、そういうのがわからなくて。ほら、好意も行き過ぎると、厄介なことになるじゃない?」
「ああ、そういうのもたまにありますよね。でも、恋愛の全部が全部そういうものってわけじゃないと思うな。アタシみたいに、見てるだけで満足というか、そういうことにしてなくちゃいけないパターンもある。幸せそうで微笑ましい二人もいる。アタシたちの周りにだって、そういう人たちはたくさんいるじゃないですか」
任務の書類を揃えて、シェリアは言う。
「意外に融通きかないんですね、ニア大佐」
「うん、そうみたいだ。変な話してごめん」
「謝るのなし。アタシは優秀な大佐殿にもわからないことがあるってわかって、ちょっと安心しました」
ニアから見て、いやきっと誰もがそう思うのではないかというくらいに、彼女の笑顔は魅力的だった。

バレンタイン前日の夜、ニアはいつものように温かい茶を淹れながらカスケードの様子を窺っていた。
どうも先日から、彼の様子がおかしい。まるでバレンタインデーに様々な期待を抱いている人々のようだ。彼らと同じようにそわそわしている。
「カスケード、お茶」
「え、あ、サンキューな、ニア!」
声をかけると、なぜかうわずった声で返事をする。何か隠し事をしているのは明らかなのだが、あのカスケードがニアに話さないようなこととはいったい何なのだろう。もしかして、カスケードにもバレンタインデーへの期待というものがあるのだろうか。誰か好きな子でもできて、その相手のことでも考えているのだろうか。
だとしたら、教えてくれてもいいのに。
「ねえ、カスケード。何か僕に内緒にしてることがあるでしょう」
「な、ないぞ、そんなの」
尋ねてみても、ばればれの嘘でごまかされる。――なんだか、面白くない。彼の全てを把握していなくてはならないというわけではないが、一応は監視下にある人間のことだ。また何か面倒なことに関わっていては困る。
「……僕には言えないことなんだ。ふーん……」
「いや、そんなことじゃないけどまだ言えなくて、じゃない、何でもないんだ、うん」
問い詰めても口を割りそうにない。それに今、カスケードは「まだ」と言った。時が来たら教えてくれるということだろう。それが手遅れにさえならなければ、放っておいてもいいのだが。
ニアはしばらく、こちらから目を逸らそうとするカスケードを眺めていた。このまま彼の困り顔を見ていても仕方がないと思って「わかった」と返してやると、あからさまにホッとしたような表情をされた。
追及したいのを我慢して、ティーカップに口をつける。近頃、変だ。カスケードも、周囲も、それからニア自身も。

そうして迎えたバレンタインデー当日、カスケードは朝から蒼い顔をしていた。司令部中に甘い匂いが充満していて、特にカスケードにはそれが大量に手渡されたために、すっかり参ってしまっていたのだ。
「カスケード大尉が甘いもの苦手なのは聞いてたけど、かなりつらそうだな」
「受け取るときはちゃんと笑顔だから、どんどん溜まっていくんだよね。いなくなる前のバレンタインと一緒だ」
呆れながらカスケードを見ているニアの机にも、可愛らしい箱が積み重ねられている。クライスも施設内を移動する間に手渡されるのか、資料と一緒に荷物をたくさん抱えていた。この状況は、もちろん自分や彼だけではない。ジューンリー班の男性陣はほぼ似たような状況だ。その中でも特にカスケードが貰っている量が多いのは、やはり彼の持つカリスマ性ゆえか。
「ニア大佐も結構な数で」
「意外に貰っちゃった。昔中央にいたときとは大違い」
「北方ではどうだったんですか?」
「顔見知りと、サクラちゃんからちょっと。知らない人からもこんなに貰うのは、人生で初めてだね」
ニアの場合は、それだけ一年間の働きが注目されたということだろう。中には本気で想いを寄せているらしいものもあって、返答に困る。だが、新鮮だ。こういうのはカスケードの専売特許だと思っていた。
「ニアさん、それ返事どうするの?」
「ごめんなさいするしかないかな」
まさか自分が恋愛ごとに巻き込まれるとは思わなかった。今までカスケードはどのように対処してきたのだったか。本人がすぐ傍にいるのに、「もしもカスケードなら」を考えることになるとは。
「そうだよな、恋愛音痴のまま受け入れたらどうしようかと思った」
「アクトは最近、僕に対して辛辣だよね。否定はできないけど」
時間が経つにつれて、男性陣の荷物は増えていく。カスケードなどは数回寮と司令部を往復することになった。あれを全部処理して、なおかつ、お返しのことも考えなきゃいけないのかと思うと、ニアも今から気が滅入る。
「ニア、俺なんかいっぱい貰ったんだけど、どうしよう……。確実に甘味で死ぬ自信ある……」
「そうだね、困ったね。それで、目当ての子からは貰えたの?」
カスケードが何でもほいほい貰ってしまうことと、そのせいで涙目になっていること、さらには仕事が進められないことに少しだけ苛立っていたニアは、特に意識もせずについそんなことを言ってしまった。口にして、頭の中でそれを繰り返してみて、はじめてとんでもないことを口走ったことに気が付いた。
やっぱり今のなし、と言おうとしたところで、先に返事があった。
「え? なんだ、目当てって?」
「……違うの? 最近、君がなんかそわそわしてるから、誰かからの贈り物を期待しているのかと思ってた」
「そりゃ貰えるのは嬉しいけど。期待はしてなかったぞ。もっと大事なことがあったからな」
時計が昼休みを報せる。それを待っていたかのように、カスケードがニアの手をとった。突然のことに驚くニアに、カスケードは満面の笑みを見せる。
「今から、それを教える。第三休憩室で、みんなが待ってるんだ。急ごう」

ニアは確かに恋愛音痴だ。というよりは、人間関係に対する向き合い方が極端なのだ。人の気持ちをよく考えるほうではあるが、それに気付くということに関しては、よほどわかりやすくなければできない。
だから人間関係を築くことや、慎重に修復していくことはできる。だが、バランスを崩してしまうことや危うくしてしまうこともしばしばだ。
そんな彼だからこそ、今この光景を見ることができる。人間関係は、恋愛だけでも仲間意識だけでもない。もっと深く、広いものだ。
そのことを、改めて思い知らされた。

「ニアさん、中央着任一周年おめでとう!」

連れられて来た第三休憩室には、いつもの仲間たちがいて。紅茶の良い香りと、温かな空気が満ちていて。何よりも大切な笑顔たちが、ニアを迎えてくれた。
「い、一周年って……」
「ニアが俺を捜すために中央に来てから、今月で一年だったんだよな。そのお祝いをしようと思って、準備してたんだ。俺からも、ニアに色々と礼をしなくちゃならないし」
カスケードがそう言って、ニアの背中を押す。彼が最近妙にそわそわしていたのは、このことを内緒にしていたかったからなのだろう。それを今、やっとわかった。
「ニアにはバレンタインデーよりこっちのほうが嬉しいんじゃないかと思って。だから今日はそのお祝いと、それからグレンの誕生日会も一緒に。な?」
「あ、グレン誕生日か! おめでとう!」
「ありがとうございます。……これは、誕生日を祝ってもらったからだけじゃないですよ。これまで俺たちを引っ張ってきてくれたことへの感謝です」
どんなに不器用でも、鈍くても、はっきりとわかることがただ一つある。ニアは、仲間に恵まれた。短所を補ってくれ、あまり広くない背中をずっと支えてくれる、仲間たちに。この光景が何よりの証拠だ。
「せっかくだからバレンタインデーもちゃんと意識してます。これは私たち女子チームから」
男性陣から話を聞いて、この企画に女性陣も乗った。リアから差し出された包みは素朴だが、可愛らしいもので、かかっているリボンは、ニアをイメージした緑色。それは彼女らが見てきた、いつも真っ直ぐに頑張るニアの髪と眼の色であり、そしてリアがいつか見た優しい救いの色だった。
「それから、男から貰うのもどうかなとも思ったんだけど、俺たちからも。カスケード、こっち来て開けろ」
ツキに呼ばれ、カスケードがニアから離れる。机の上に置いてあった大きな箱――よく見るとそれはクーラーボックスだったらしい――を、ニアに中身が見えるようにして、開いた。
「ニアの大好物、もう忘れないから。俺、もう絶対に、ニアのこと忘れたりなんかしないから。その証明みたいなものだと思ってほしい」
中身は、冬には寒いかもしれないが、けれどもニアならば絶対に喜ぶ品だ。
「もしかして、これ全部、アイスクリーム? こんなにたくさん、どうやって……」
「数日前から手配、運ぶのに車出して、他の客もいたから並んだ。手配組は電話だけだったからいいけどよ、この真冬にアイスクリーム引き取るのに並んだ俺をまず褒め称えろ」
「ディアさん、北国生まれだから平気じゃないですか」
みんながニアを想って用意してくれたものだ。好物ではなくても、たとえ何であろうと、きっと嬉しかった。
「みんな、ありがとう。僕、ここでみんなに会えて本当に良かった」
ニアがふわりと笑う。ここにいるみんなが好きな、ニアの笑顔だ。

昼休みも終わりに近づいたころ、ニアは他の女の子たちと談笑するシィレーネに近づいた。彼女はもう、カスケードに贈り物を渡したのだろうか。それが気になっていた。
それに気づいたシィレーネは、困ったように笑った。
「あ、ニアさん……もしかして、私がちゃんとカスケード大尉にプレゼントあげられたかなって思ってます?」
「ごめん、余計なお世話かなって思ったんだけど」
「気になりますよね。実は、まだです。大尉、いっぱい貰ってたから、私があげてもいいのかなって……」
あれだけの量を見れば、いつも一歩引いているシィレーネが躊躇してしまってもおかしくない。けれども、引け目を感じる必要はない。彼女はニアを助け、カスケードの傍にいると誓ってくれた人だ。堂々としていてほしい。
「行っておいでよ。きっとカスケードは、すごく喜ぶよ」
「……はい。でも、その前に、ニア大佐に」
シィレーネは持っていた手提げから、可愛らしい包みを取り出し、ニアに渡した。目を丸くするニアに微笑みながら、「約束ですから」と彼女は言う。
「私、大佐と約束しましたよね。ニア大佐とカスケード大尉、お二人の傍にいるって。忘れてませんよ」
彼女を、これまでカスケードを好きになったどの女性よりも応援したくなったのは、きっとこういう人物だからだ。彼女は、カスケードとよく似ている。
「ありがとう。……いっておいで」
「はいっ!」
二人がうまくいけば、ニアは独りにならない。結局はいつでも、それが怖かった。もう恐れる必要はないのに。ニアは、孤独にはならないのに。
もう、大丈夫だ。笑顔で、親友の、仲間の、幸せを願える。それを望める。
それが今のニアの、願いであり希望なのだから。

仕事を終えて寮に戻ると、北方から荷物が届いていた。
『お兄ちゃんと二人で分けてね』
サクラからのメッセージカードを、カスケードと二人で読みながら、ニアは結んできた絆が強いものであることを感じる。きっとこれからもそれは続き、増えてもいくのだろう。
「カスケード、貰ったのどうしようか?」
「食べる。せっかく貰ったんだから、感謝しなくちゃな」
「そうだね。……うん、そうだ」
甘いものが苦手なカスケードがそう言うのだから、ニアも我儘を言っていられない。誰かが想ってくれているということは、ここに存在していてもいいということなのだから。
「ところでサクラからのメッセージ、俺にはないんだな。お兄ちゃんはちょっと寂しい」
「二人で分けてって書いてあるじゃない」
「お兄ちゃんと、だろ。明らかにニアに宛てて書いてある。……まあ、うん。そういうことならいいか」
「?」
いつか絆の形は変わるかもしれない。けれども、それが大切なものであることには違いない。その日まで、大切にしていよう。



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posted by 外都ユウマ at 20:55| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする

2014年03月21日

Reverse508 おまけその二

慌ただしかった一年も終わろうとしている。北方から中央に戻り、親友を捜すための仲間集めをし、ついに彼と再会した。忙しくも、幸せを手に入れることができたのだと思う。色々あったが、良い年だった。
それを振り返る場所、つまり今いるここは、その親友の実家だ。ニアの親友であるカスケードは、十三年もの間、実家に戻ることがなかった。こうして年末を家族揃って過ごすのは、久しぶりなんて言葉では足りないくらい貴重なことだった。
はたして、そこに自分がいても良かったのだろうか――ニアは、年越しをインフェリア一家とともにすることになっていた。カスケードと、その妹サクラ、そして彼らの両親が、ニアを招待してくれたのだ。だが、十三年越しの一家団欒に加わって良いものなのか、こうしてここに来てしまった今でも思っていた。

しかしきっかけは、ニア自身の一言だった。北方にいるサクラが年末年始を実家で過ごすという連絡を受けて、カスケードに進言したのだ。
「ねえ、年越しくらい家族でしなよ。長いこと、そんな機会なかったでしょう?」
その言葉に、カスケードは眉を寄せ、口をへの字に曲げた。彼が苦手なピーマンを食べるよう、説得しようとしたときの顔と同じだった。つまりは、嫌なのだろう。
「帰ったら、父さんと喧嘩になる……」
留置所を出て以降、カスケードはニアとサクラに言われて、ときどきは実家に帰るようになっていた。だが、そのたびに父親と衝突するようで、帰ってくるころにはいつも難しい顔をしていた。
数回はニアも同行したのだが、そのときは「客がいる」という意識があったのか、さほど空気は悪くならなかった。いや、実際は一緒にいるのがニアだからというのが大きかった。カスケードはもちろんのこと、その父アーサーも、ニアのことは気に入っているのだ。だからニアの前では、二人は険悪な雰囲気にはならないようにしていた。
もしも年末にカスケードが一人で帰って、父とぶつかることになったら。心がもやもやとする、気分の重い新年を迎えることになるだろう。
「サクラちゃんも帰ってくるんだから大丈夫だよ」
「サクラの前で喧嘩になったら、もっと嫌だ。それに、俺が実家に帰ったら……」
「帰ったら?」
カスケードは一瞬言い淀んで、それから、ぽつりとそれを口にした。
「ニアが、独りになるだろ」
それがカスケードが実家に帰ることを躊躇う、第二の理由。ニアには家族がいないため、年越しも軍の寮で行なう。軍人には、そういう人間も多い。だからニア自身は特に気にしてはいなかったのだが、カスケードはそうではない。彼が記憶をなくす前も実家に帰らなかったのは、父との確執があったためだけではなく、身寄りのないニアを置いていきたくないという気持ちが常にあったからだった。
「僕のことは気にしないで。いつもと同じだよ」
「そういうわけにはいかないだろ。せっかくまた一緒に過ごせるのに、ニアだけを残していくなんて……」
そこまで言って、カスケードははたと黙った。それから、さっきまでの表情が嘘のように、明るい笑顔になった。
「そうだ、ニアも来ればいいんだ! それなら父さんと喧嘩になることもないし、サクラもきっと喜ぶ! 俺も安心だ!」
「え、僕も? でも、僕は君の家の人間じゃないし……」
「それがなんだよ。気が引けるっていうなら、サクラと親に言っておく。きっとニアを歓迎するはずだ」
はたして、その通りだった。カスケードはすぐに北方にいるサクラに連絡をとり、それから苦手なはずの実家にも電話をした。「年末にはニアも一緒に帰るから」と、すでに決まっているような言い方で。それを聞いたインフェリア家の人々の喜びようといったらなかった。ニアはたしかに、大歓迎を受けていた。

以上の経緯で、ニアはインフェリア一家に混ざっている。カスケードは実家にいるというのに上機嫌で、サクラも嬉しそうだ。なにより兄妹の両親であるアーサーとガーネットが、まるでニアも自分たちの子供であるかのように接してくれた。
「ニアさん、今日のお茶はどうかしら?」
「美味しいです。ガーネットさんはお茶を淹れる達人ですね」
「茶もいいが、手が空いたらチェスの相手をしてくれないか、ニア君。カスケードじゃ弱くて相手にならん」
「父さん、無理やりやらせておいてそれはないだろ。ニア、俺の仇とってくれ!」
「お兄ちゃんの手は読みやすいのよ。お父さん、あとでチェス盤貸してくれる? 私もお兄ちゃんやニアさんとやってみたいから」
まだ雰囲気がぎすぎすしがちなインフェリア家が、ニアという存在を得ることによって、家族としての態を取り戻していく。十三年という溝を埋めるように、関係を深め、強固なものにしていく。それなら自分がいてもいいか、とニアは思い直し、紅茶のカップをそっと置いた。
「お手柔らかに。僕もあまり得意ではないので」
それに、ニア自身も救われる。すでに失ってしまったはずの「家族」を、ここにいれば得ることができるのだから。独りではないのだと、思えるのだから。

今年最後の日も、あと二時間ほどで終わろうかという頃。ゲームも一段落し、一家とニアはおそらく今年最後になるであろうお茶会を始めた。このまま新年を迎えるつもりだった。
そんな折に、サクラがしみじみと言った。
「それにしても、お兄ちゃんとニアさん、良い顔するようになったわね。お兄ちゃんはお父さんと普通に会話してるし、ニアさんは本当に明るくなったわ」
ニアはその言葉に頷き、カスケードは首をかしげる。
「明るくなった? ニアはもともと明るいぞ」
「すごく暗かった時期があったのよ。お兄ちゃんのせいでね」
「カスケードのせいじゃないよ。あれは、もとはといえば僕が……」
サクラが言っているのは、ニアがカスケードと一度別れたあと、北方で過ごしていた五年間のことだ。特にサクラと出会った頃のニアは、いつ死んでしまってもおかしくないくらいに心を痛めていた。
だが、ニアがその話をカスケードにしたことはない。これからもすることはないだろうと思っていた。こうしてカスケードが戻ってきた以上は、もう過ぎたことなのだから。しかし、カスケードにとっては、とても流してしまえるようなことではなかった。
「サクラ、当時のニアのことを教えてくれないか? 俺のせいで、ニアが暗かったんだろ?」
「カスケード、その話はいいよ。聞いてもどうしようもないし、つまらないよ」
ニアはカスケードを止めようとしたが、彼以外にもこの話に興味を持った人間がいた。この家では誰も逆らうことのできない存在である、その人物だ。
「詳しく聞かせてもらいたいものだな。ニア君がこの愚息のために、どれだけの苦労をしてきたのか。私たちは、それを知らなければならない。恩人のことを知らずして、適切な礼はできまい」
アーサーがそう言うと、ガーネットも頷いた。サクラが「話してもいい?」と尋ねるので、ニアは少しだけ迷った後、答えを出した。
「僕が話せることは、今となってはもうない。だから、サクラちゃんから見て、僕がどうだったかを話して。僕はそれを、反省しながら聞いているから」
「……わかった。じゃあ、私から見たニアさんについて話すわ。五年前の春、ニアさんが北方司令部にやってきたときから、中央に戻るまで」
紅茶の芳香と湯気が、室内の温かな空気に揺れた。

* * *

兄が失踪したという連絡を受けたのは、十五歳の誕生日を迎えてからそれほど経っていない、春の日のことだった。任務へ赴き、その先で姿をくらませたそうだ。しかし八年も会っていないせいか、なかなか実感はわかなかった。
けれどもそれから一週間ほどして、私の意識を変える出来事が起こった。つまりは、長いこと会っていなかった兄の存在を、はっきりと認識し、そして彼が行方知れずになってしまったのだということを、心に刻むこととなる出会いがあったのだ。
「サクラ・インフェリア軍医。君に紹介したい人間がいる」
私はエルニーニャ王国軍の北方司令部に在籍し、そこで簡易な訓練と深い医療知識を学んでいた。子供のための医者になりたいという夢を父に認めてもらえず、軍医という道で妥協していた。
そうして五年の歳月が過ぎ、その頃には時折、怪我を負った者や病に伏した者の診療を、わずかながらではあるが任されるようになっていた。北方は軍医が多いので、教育もサポートも充実していた。そういう意味では、私は一度軍医になって良かったのかもしれない。
彼を紹介されたのは、こんな日々も悪くはないと思っていた、そんなときだった。
「中央から異動になった大尉だ。視力に異常がみられるために中央での仕事が困難だと判断され、北にまわされてきた。……本来なら、そんな人物は軍を辞めさせられるところだが、彼には身寄りがない。居場所が軍にしかないうえに、とある事情があって、除籍を免れている」
「はあ、視力に……。眼鏡などで矯正できるようなものではないんですか? 任務中の事故で怪我をしたとか?」
「原因は不明らしいが、任務中に発症したらしいな。インフェリア軍医、彼の抱える事情は、君にも関係があるんだよ」
「私に?」
彼を紹介してくれたのは、当時の北方司令部長だった。連れられて来た大将執務室の扉の前で、その人は私に告げた。
「彼――ニア・ジューンリー大尉は、君のお兄さんを最後に見た人物だ。共に任地に赴き、しかしながらそこで一時的に失明状態に陥ったせいで、状況を把握できなかったんだそうだ」
あのときの感情は、何と表現したらいいのだろう。驚きもしたし、辛さもあった。兄の失踪には実感こそなかったものの心配はしていたから。その兄と一緒にいたという人物は、大将執務室の客用ソファに座っていた。
横顔しか見えなくても、すぐにわかった。鬱蒼とした森のような色の瞳に映るのは、絶望だと。顔色もわるく、光に透けて緑色をしている髪にはつやがなかった。もしもかける言葉を間違えたのなら、そのまま死んでしまうのではないかというくらいに、暗い人。それが私の、ニア・ジューンリーに対する第一印象だった。
「ジューンリー大尉。こちらはサクラ・インフェリア軍医だ。これからは彼女が、君の目を診ることになる」
大将の言葉に、彼は顔を上げた。それから私を見ると、目を丸くした。唇が小さく「そっくりだ」と動いた。
「はじめまして、ジューンリー大尉。サクラ・インフェリアです」
「……はじめまして。大尉の、ニア・ジューンリーです」
暗く沈んだ声は、しかし、とても柔らかく穏やかな響きをもって、私の耳に入ってきた。同時に、聞き取れたのは、そこにある深い悲しみ。彼の抱える心の悲鳴だった。

「カスケードに、よく似ているね」
その日中に行なった初回の診察中に、彼は私にそう言った。私の向こう側に、私によく似ているというその人を見ながら。
「そうですか? たしかに幼い頃は、そう言う人もいましたけれど。私は今の兄を知らないので……」
「うん。カスケードは八年、実家に帰らなかったからね。僕のせいだ、ごめん」
なぜ謝られるのか、なぜこの人のせいなのか、私には理解できなかった。だからそれをそのまま返事にした。
「意味が分かりません。兄は父との折り合いが悪かったし、家には帰ってきたくなかったんだと思ってましたが」
「お父さんと顔を合わせ辛いというのは聞いていたけれど、たぶん僕のせいでもあったんだ。僕には家族がいないから、彼はきっと、気を遣ってくれていたんだと思う」
そういえば、大将もそう言っていた。この人には身寄りがないから軍に居続けるしかないのだと。実際、この国の軍は、親を亡くした子供たちが適齢期になってから働き、生きていく場所となる役割も備えていた。彼もその類の人間なのかもしれない。
そして兄は、少なくとも私の知る兄のままならば、そんな人に寄り添うことを選ぶだろうと、私は納得した。確執のある実家に帰るよりは、ずっと寂しい気持ちを抱えている人の傍にいようとするだろうと。
「兄とは、仲が良かったんですか」
「僕らは親友といっていい関係だよ。少なくとも僕は、そう思っている」
彼はそう言って、一瞬だけふわりと微笑んだ。けれどもすぐに暗い表情に戻ると、「それなのに」と続けた。
「それなのに僕は、彼を助けられなかった。どこにいったのかわからないんだ。どうなってしまったのかすら。……ごめんね。君のお兄さんを行方不明にしたのは、僕だ」

診察は毎日行なった。けれども当時は、どうして任務中に彼の目が見えなくなったのか、そして今でも視界のぼやけや暗転が発生するのはなぜなのか、わからなかった。ただ一つ、次第にわかってきたのは、彼が一時的に失明し、兄が失踪した、あの任務の話をしようとすると具合が悪くなるらしいことだった。
先輩軍医に相談し、彼に精神安定剤を処方すると、少しだけ状態が良くなった。彼を蝕んでいたのは、親友である私の兄を失踪させてしまったことへの後悔と罪の意識なのだろうと、私でもわかった。
彼は――ニアさんはそれほどまでに、兄を想っていた。私が知らない兄の八年間を、彼は知っていて、だからこそこうして苦しんでいる。たった一人で。
私は、私の兄のことなのに、何も知らない。知らないから、未だに兄の失踪を信じられずにいる。だからダメージが少ないのだ。負いようがなかったのだ。
もしも、ニアさんと思い出を共有できたのなら。私が兄の八年間をちゃんと知っていたのなら。私はこの心を痛めた人を、救うことができるだろうか。
「ニアさん、薬は効いていますか? 夜はしっかり眠れている?」
「うん、薬はよく効いてるよ。ありがとう。睡眠もとれているし……」
「夜中に目が覚めることがあるんじゃないの? うなされて、汗をかいて着替えることは? 目の下にくまができて、真っ黒になってるわよ」
こんな状態になるまでに、兄を想っているこの人が、私は羨ましかったのかもしれないと、あとで思った。不謹慎ではあるけれど、彼は私の知らない兄を知っているのだから。
「ニアさん、思ったのだけれど。お兄ちゃんについて、なんでもいいから私に話してみない? 楽しかった思い出でも、苦しく思うことでも。私は全部聞くわ。私だって、お兄ちゃんのことが知りたいの。八年も別れているとね、心の中で、その存在すら危うくなってくる。大好きなはずのお兄ちゃんがいなくなっても、こうしてほぼ無感情になってしまうのよ。だから、おねがい」
まくしたてるように言う私に、ニアさんは戸惑っていたと思う。けれどもしばらく考えて、頷いてくれた。
「わかった、話すよ。僕と彼が過ごした八年のこと。……もしかしたら、僕もずっと聞いてもらいたかったのかもしれない」
それから何日もかけて、私はニアさんとお兄ちゃんの話を聞き出した。初めは別れた日のことを、とても辛そうに、視界のぐらつきに耐えながら、語っていた。ずっと懺悔ばかりだった。けれどもそれを越えると、徐々に明るい話も増えてきた。
たとえば、彼らが出会った日のこと。それはつまり、私にとっては兄と別れてから間もなくのことだったのだけれど、この話にはとても運命的なものを感じた。お兄ちゃんは、望まない形ではあったけれど、軍人になるべくしてなったのだと思わされた。
それからの彼らの日々は、とても楽しそうだった。きっと幸せだったから、今の不幸があるのだ。晴れた日も、雨の日も。春も、夏も、秋も、冬も。彼らの過ごした八年は、素晴らしいものに違いなかった。
お兄ちゃんがニアさんを何度も助けてくれたそうだけれど、私にはニアさんも十分にお兄ちゃんを助けているように思えた。二人は支えあってやってきたのだ。別れの日すらも。
ニアさんの話を聞いているだけで、最初の一年が過ぎた。北方の厳しい冬も乗り越え、またお兄ちゃんがいなくなった春の日が巡ってきた。
その頃には、私の中にもちゃんとお兄ちゃんとの思い出が戻ってきていた。ニアさんに話してもらった分、私も私の知っているだけのお兄ちゃんのことを話した。
ニアさんはそれを聞くたびに、ふわりと微笑んでいた。それは私が、きっとお兄ちゃんも、一番好きな表情だった。
どうにかして、この笑顔を常なるものにしたい。彼の心の傷を癒したい。それができるのはおそらく、私ではなく、お兄ちゃんだ。そう感じたのは、ニアさんと私が出会ってから一年と数か月が経ってからのことだった。
「ニアさん、お兄ちゃんを捜しましょう」
中央から資料のコピーを取り寄せ、ニアさんに見せながら、私はそう提案した。それはニアさんのためにも、私のためにも、そしてお兄ちゃんのためにもなることだった。それしか、できることが、すべきことが、見当たらなかった。
「カスケードを、捜す?」
「そうよ。ニアさんの目は、お兄ちゃんがいないと治らないわ。お兄ちゃんがニアさんのところに戻ってきて、大丈夫だって言ってくれなきゃ、ずっと視界は不安定なままよ」
それに、と続けた私を、ニアさんは唇をぎゅっと結んで見ていた。
「それに、私だってお兄ちゃんに会いたいもの」
こんな人を親友に持った、私の知らないお兄ちゃん。繊細で、けれどもしっかり自分というものを確立していて、だからこそ誰よりも苦しみやすいニアさんに、八年ずっと寄り添っていたお兄ちゃん。私はそんなお兄ちゃんに、会いたかった。ニアさんをお兄ちゃんに会わせてあげたかった。そのために動いていることが、辛いことも忘れるくらい前に進むことが、今の私たちに必要なことだと思ったのだ。
「……そうだね。いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。僕たちにできることをやろう。カスケードを、迎えに行かなくちゃ」
私の言葉で、ニアさんはやっと、強気な笑みを見せてくれた。きっとお兄ちゃんにはよく見せていたであろう表情を、やっと見ることができた。
それからは二人で、関係のありそうな事件を調べ、同時にニアさんの体調管理をしっかりとして、私たちは未来を見るようになった。私たちと一緒に、お兄ちゃんが傍にいる未来を。
捜査にはなかなか進展がなかったけれど、どうやら私もニアさんも確たる物事に集中して取り組むことが性にあっているようだった。その間は、前を向いていられる。顔をあげて、遠くを見ていられる。それが私たちにとっての救いだった。

そうしているうちにニアさんは、北方での功績が認められ、昇進し、ついに大佐になった。私も軍医として一人前になったと思う。北方司令部では、ニアさんと私のコンビはそれなりに名の通ったものになっていた。
ニアさんに中央から呼び出しがかかったのは、そんな折だった。
「大総統閣下直々の命令だそうだよ。もしかしたら、カスケードについての情報が何か掴めたのかもしれない。僕は、中央に行くよ」
過去を背負いながらも、未来にその目を向けたニアさんに、五年前の陰鬱な雰囲気はなかった。そこにあったのは、お兄ちゃんと再会したいという願いと、それが叶うかもしれないという希望だった。長く伸びた髪はつややかで、頭の高い位置で結われている。森のような色をした瞳には光が差していた。表情は、笑顔。私と、お兄ちゃんが、一番好きなその顔で、ニアさんは中央に戻っていった。
「中央に行っても、サクラちゃんとのコンビを解消するつもりはないよ。僕らはいつだって、カスケードを好きな者同士だ」
「そうね。私たちは、……同志だわ」
私たちは固く手を握りあい、それから離した。ここからきっとなにかが動き出すと、信じて。

* * *

「……それが、私とニアさんの五年間。お兄ちゃんの行方は全然わからなかったけれど、私とニアさんが心の整理をした、大切な五年よ」
サクラが話を終えた頃には、もう日付が変わろうとしていた。新しい年がやってくる。カスケードがこの場所にいる、新たな日々が始まる。
ここに至るまでの道のりは、けっして平坦なものではなかった。独りではきっと、乗り越えられなかった。ニアとサクラが出会い、二人の心に常にカスケードの存在があったからこそ、現在があるのだ。
「そっか。ニアもサクラも、俺のために頑張ってくれたんだよな。ずっと、そうして、待っていてくれたんだ。それなのに俺は全部忘れてしまっていた」
「まったく、しかたのない愚息だ。ニア君、サクラ。よくやってくれた」
父に小突かれ、カスケードはばつが悪そうに、けれども笑顔を浮かべていた。大切な人たちがずっと自分を想っていてくれたことが、嬉しかった。
そしてニアとサクラは、その光景を見られることが嬉しかった。そうしてこの年を締めくくることができるということが、心の底から喜ばしかった。
「良い話で年を越せるわね。……私たち家族がやり直せたのは、ニアさんとサクラ、他にもたくさんの人たちがいてくれたから。本当に、幸せなことだわ」
母が温かいお茶を淹れ直してくれた。時計の針が、一年の終わりと始まりを告げる。
「もう、始まっていますよ。インフェリア家の全員が揃って、新年を迎えることができて、僕も嬉しいです」
ニアがそうしてふわりと微笑むと、カスケードがその手をとった。
「ニアだって、俺たちの家族だ。ここも自分の家だと思ってくれていいんだぞ」
喪ったものは取り戻せない。けれども、新たな場所を、仲間を、得ることはできる。つくりだすことはできる。まだ失っていないものなら、手をのばせば届くこともある。それを、ニアたちは長い時間をかけて証明した。
「……ずっと実家に帰らなかった人が、何を言っているんだ。でも、うん。嬉しいよ。とてもとても、嬉しい」
そして、道はそれで終わりではない。これからもずっと続いている。続けていける。背負うものはあるけれど、その荷物を持つのは、独りではない。
ずっと、独りなんかじゃなかった。ニアも、サクラも、カスケードも。
「今年も、それ以降も、ずっとずっとよろしくな。ニア」
「うん、よろしく。サクラちゃんも、お父さんとお母さんも」
「当然よ。私たちは同志でしょう」
あの日がなければ、この時はなかったかもしれない。きっとそう思えることが、これからもあるのだろう。積み重ねる一つ一つが、結びつき、繋がり、未来を手繰り寄せる。だから日々を大切に、慈しみながら、生きていこう。
この目に映るものの全てが、素晴らしいもので満たされるように。



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2014年03月16日

Reverse508 おまけその一

仕事終わりの一杯が格別なのは、いつのときも同じこと。仲間が増えても、変わらない。むしろ楽しみが広がるというものだ。
事務仕事が多く、体を動かす方が得意な面々がストレスを溜めていたその日、ニアはぽつりと言った。
「よし、今夜はみんなで食事でもしようか」
我らが大佐は、真面目な見た目と仕事への取り組み方からは容易に想像がつかないのだが、食事会と酒が好きである。あるときはキルアウェート邸で、フォークの作るつまみとともにツキたちとの会話に興じ。またあるときは軍人寮のディアとアクトの部屋へ行き、部屋の主(の片方)が作る料理に舌鼓を打ちながら、みんなでわいわいと愉快な時間を過ごす。
それぞれに都合があることや、支度の手間、ニア自身の体調や仕事量などによって、それができる日は限られている。特にカスケードが帰ってきてからというもの、そんな暇はなかなかなかった。
というわけで、今夜がカスケードの宴会初体験になる。ニアの何気ない一言に、目を輝かせて飛びついてきた。
「みんなで食事するのか? 寮の食堂で、って意味じゃないよな?」
ニアに駆け寄って、期待いっぱいに声をかける彼は、まるで尻尾をぶんぶんと振る犬のようだ。同じ班の人間だけではなく、事務室にいた誰もが同じことを考えていた。
「誰かの部屋に集まって、みんなでご飯を食べながらお酒を飲もうかって話だよ。僕らの班ではたまにやるんだけれど、カスケードはまだやったことなかったよね」
「大抵はおれとディアの部屋でやるよ。料理するのにも都合がいいし、酒もジュースも用意できてるから。今日もそうしようか」
ニアのところに書類をとりに来たアクトが、言葉を添える。そういえば、カスケードはアクトの作る料理も食べたことがなかった。歓迎の意味も込めて、今回のような場を持つのもいいかもしれない。
ニアとアクト、そして周囲も加わって、今夜の予定について盛り上がる。楽しみができれば、退屈なデスクワークも乗り切ることができるというものだ。
しかしそんな中、カスケードが少し困った顔をして切り出した。
「ニア、酒飲むのか?」
「飲むよ。蒸留酒も果実酒も、わりと何でもいけるかな。そうか、カスケードとは飲んだことなかったよね」
「うん、俺、酒自体飲んだことないんだ」
飲まなきゃダメかな、と苦笑するカスケードに、ニアは、そして周囲は、一斉に固まった。それからやっと、彼の時間が十八歳のままで止まっていたことを思い出したのだった。どうやら彼を五年間外界から隔離していたビアンカ・ミラジナは、酒の味すらも覚えさせていなかったらしい。覚えなくてはいけないものでもないが、全く知らないというのももったいない気がする。
「……それじゃ、飲んでみようか? あまり強くないものから少しずつ。たぶんカスケードはそんなに弱くないと思うけれど」
サクラからインフェリア家の食事情は聞いている。カスケードらの両親は、どちらも人並み程度に酒を嗜むことができるはずだった。その血を継いでいるカスケードが、極端に酒に弱いということはないだろう。たぶん。
「酒かあ……。なんか大人な感じで、ドキドキするな!」
まるで成人したてのようなことを言う二十三歳の彼に、ニアはくすりと笑った。微笑ましいと同時に、五年という溝をほんの少しだけ切なくも思っていたが、それは顔に出さなかった。

業務終了後、ニアとカスケードはアクトとディアについて買い物に出かけた。なにしろ大人数で飲食を共にするのだから、たくさんの材料が要る。資金提供と荷物持ちが必須だ。
買い物が好きなカスケードは、それだけでわくわくしていた。ディアに「お前はガキか」と呆れられるくらいには。
「そういえばクリスマスだったな。ここぞとばかりにメインの肉類が高騰してる……」
「資金は僕が出すから、気にしないで買っちゃって。美味しいワインには美味しい食事がなくちゃね」
大きな子供の相手をひとまずディアに任せ、ニアとアクトで買い物を進める。
酒はワインとシャンパンにした。他の果実酒は部屋にストックがあるので、あまり買い足さない。強めの酒はツキがギャンブルで勝ち取ってきたものがあるというので、そちらに頼むことにする。料理も一部はフォークが作ってくれるらしい。だからそれほどの負担はない。
みんなで協力して、ガッツリ飲もうという算段である。
「アクトって、何でも作れるのか? すごいな!」
買い物かごを見ながら、カスケードが感嘆する。すると珍しくアクトが顔を赤くし、「何でもってわけじゃないけど……」と返した。普段冷静な彼も、素直に尊敬を向けられると弱いらしい。それが面白くなかったのかディアが舌打ちしたが、ニアになだめられた。
そうして買い物を終えて寮に戻ると、すでに部屋の前には人が集まっていた。その中には、昼間はいなかった人物の姿もあった。
「アルベルト、来られたの? 手は大丈夫?」
手を怪我して入院しているはずのアルベルトが、ブラックに連れられて来ていた。驚きながらも喜ぶニアに、アルベルトも嬉しそうに返す。
「ブラックが迎えに来てくれて、一時的に外出の許可が下りたんです」
「具合が悪くなったら即送還だけどな」
久しぶりに、いや、初めて全員が揃っての食事会ができる。ニアの夢の一つが、ようやく叶う。感極まって、ニアはアルベルトに抱きついた。
「みんなが一緒にいられるなんて、すごく幸せだよ。ずっとずっと、こんな日が来るのを待ってたんだ」
「ニアさん、苦しいですよ。……良かったですね、この日に辿り着くことができて」
言いながら、アルベルトはカスケードに目配せした。彼にも「良かったですね」を送ったのだ。それを受け取って、カスケードも頷いた。
さて、ここからは宴の準備だ。アクトが台所に立ち、そのアシストをカイとクリス、女の子たちが行なう。ニアとブラックがディアを手伝って部屋を片付ける。アルベルトとカスケードは他愛もない話をしながら、その様子を見守っていた。
ツキがフォークとともに料理と酒を持って来る頃には、宴の準備はほぼ整っていた。テーブルの上には彩りの良い皿が並び、飲み物がグラスに注がれていく。
ことが運んでいくにつれ、カスケードがわくわくそわそわしているのを、ニアは笑顔を浮かべて見ていた。――こんなことは、彼にとっては初めてだろう。大勢で集まって、賑やかに食事をするなんて。それがどんなに素晴らしいことか、今日はたっぷり教えてあげたい。
全てが揃ったとき、乾杯の合図が、高らかに響いた。

さて、カスケードにとっては初めての酒である。リンゴ酒を炭酸水で割ったものをニアから受け取った彼は、まずその匂いをかいでいた。
「りんごの良い匂いがする……でも、ちょっとアルコールっぽい」
「そりゃあ、お酒だからね。飲みやすくなってるはずだから、まずは一口どうぞ」
そう言ってカスケードにソーダ割りを勧めるニアの手には、爽やかな芳香の白ワイン。このあと徐々にアルコール度数の強いものへとシフトしていくつもりだ。けれども、今日はカスケードに合わせて、ゆっくり飲むことにする。
ニアの視線を受けながら、カスケードはそっとグラスに口をつける。そして舐めるようにして、その味を確かめた。
「甘い……いや、ちょっと苦い? 少しつんとする感じだな」
「それが大人の味だよ、カスケード」
同い年のはずなのに、まるで弟でもできたかのような気分だ。カスケードが成長したような気がして、ニアは目を細めた。そしてその勢いで、自分もワインをあおった。「ゆっくり飲む」という最初の思いは、もうどこかへいってしまっていた。嬉しければ、楽しければ、ニアは飲む。
「良い飲みっぷりだな……」
「いつもの僕だよ。カスケードには意外だった?」
「そもそも、ニアは酒とか飲まないかと思ってた」
そう言いながら、カスケードはちびりちびりとりんご酒ソーダ割りを飲む。だがそこへ、ここぞとばかりに、いつもニアと酒を飲む成人組が口々に真実を告げた。
「ニアは飲むぞ。俺とツキよりな」
「アクトと飲んでも潰れないからな。うわばみだぞ、こいつ」
「強めのにも付き合ってくれるから、おれとしては嬉しいんだけどね」
「美味しいものが好きなだけだよ。うわばみだなんて失礼な」
その間にもニアはどんどんグラスに注がれる酒を飲む。「いつものことだな」とグレン、「悪酔いしないからいいですよね」とカイ。未成年組にもこの事実は認識されているのだ。
カスケードは驚きながらも、自分も飲むペースを上げていた。ニアに影響されて、無意識に一口分が多くなっていた。グラスが空になると、「作りましょうか」とクリスが手を差し出してくる。彼も未成年のはずなのだが、アルコールには慣れているといって、さっきから隙を見て酒を飲んでいるようだった。
「あ、ありがとう、クリス……。あ、あ、そんなに注がなくていいから」
「どうせ飲むでしょう。ニアさんがあの調子ですからね、きっとカスケードさんも、気が付けばお酒に慣れていますよ」
並べられた料理と酒はどちらも美味しくて、よく合っていた。アクトやフォークの作った料理はどれも出来が良く、カスケードがこれまでに食べたどんなものよりも美味しく感じた。会話も弾み、食と酒は進む。
いつの間にかクリスの言う通り、カスケードもすっかり酒に慣れていた。
「結構飲んでるみたいだね。これからはカスケードとも晩酌できるかな」
さっきからいったい何杯飲んだかはわからないが、全く顔色を変えていないニアが言う。グラスの中身は強い蒸留酒に変わっていた。
「ニア、みんなで食事をするのって楽しいな。こんなに大勢で、賑やかに過ごすなんて、少し前までは考えられなかった」
「これからは何度だってあるよ。僕たちが、楽しいことをたくさん教えてあげる。君がそれを受け入れるのも拒否するのも自由だ」
「拒否なんかしない。こんなに楽しいのに、拒めるわけないだろ」
二人は肩を組んで、グラス同士をぶつけあった。きん、という涼しい音がした。

翌日、カスケードは激しい頭痛と嘔気に悩まされることとなった。「うわばみ」であるニアと一緒に飲んでいたせいだ。
「ええと、ごめんね?」
それを介抱しながら、ニアが申し訳なさそうに言う。カスケードは弱々しく笑って応えた。
「俺が調子に乗ったからだよ」
「そうさせたのは僕だよ。……今度からは、気をつけるから」
「ニアはニアの好きなように飲めよ。俺は自分の限界がわかったから、もう大丈夫……」
やっぱり、ときどきは拒むことも我慢も必要だ。翌日まで楽しんでこそ、宴なのだから。
「また、みんなで飯食おうな。……また今度」
「うん、だから今は寝てなよ」
残ったのは楽しい思い出と、ちょっぴりの後悔。



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posted by 外都ユウマ at 21:20| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする

2014年03月09日

Reverse508 あとがきにかえて。

リバース振り返りと裏話です。
まず本作の正式タイトルは『Dependence Reverse508』で、大筋はディペ(と、原作のお話)をなぞったものになります。
「裏返しの物語」と銘打っていましたが、内容は「もしもニアが生きていて、主人公ポジションをつとめていたら」というIfでした。
お遊びから始まって、最終的に27話構成という、他のシリーズとさほど大差ないお話になったのは、書いた当人もびっくりしています。
そんなリバースでしたが、途中で「これはキルハではなくディペだ」と思い直したりして、先の正式タイトルに落ち着きました。

本作の主人公はニア・ジューンリーでした。ディペ本筋では、設定当初から故人というなんとも酷い立ち位置でしたが、その役割は重要なものでした。
その彼が生存しており、かつディペ本筋で主人公(当初はディアが主人公だったけれどその立場をくった人)だったカスケードが「行方不明」というかたちになっていたのが、「リバース」です。
本筋では優しく儚いイメージであり、クローンとして復活した「LastMission」では憎悪と悲しみと執着の象徴だったニアが「主人公」となったとき、どのような一面が見えるのか。書いていて楽しい要素の一つでありました。
まず「23歳大佐のニア・ジューンリー」の組み立てから始まったわけですが。当初(何年か前に書いていたリバース原案のメモより)決まっていたのは、目に後遺症があることと、カスケードに守られて生きていたということくらいでした。
親友との別れや目の後遺症と向き合って成長したニアは、本筋とはまた違う面をもって描かれました。根本は基ニアもクローンニアもリバースニアも一緒なんですけれどね。だから本筋で描けなかったニアだった、というほうが正しいのかもしれません。
一本通った信念を持ち、ちょっと頑固なところがある。それが我儘になることも。笑顔は人を癒し、けれども自身はトラウマが多くて情緒不安定。それがニア・ジューンリーの人間像です。
一度は北方に左遷され、大佐になって再び中央に呼び戻されたという設定でしたが、北方にいたのはもちろんサクラとの関わりを持たせるため。大佐という階級を与えたのは、カスケードと対にするため。このあたりは非常にシンプルです。
仕事が仲間集めから始まったのは、「もしかしたらカスケードが大佐として負っていた役割にもこんな意味があったかもしれない」という想像からきたものです。でなきゃ、あんなに問題ありの優秀人材が集まるなんてことあるかな、という考えで。
書いていくうちに、ニアだから得られた展開、カスケードだから得られた展開、二人に共通するもの、が見えてきました。カスケードのような「生粋のカリスマリーダー」だからできたこともあれば、ニアのように「ひたすらの努力と執念」でクリアできたこともあります。共通するのは「かつて大切な人を助けられなかった後悔」。そこへの依存が、本筋でもリバースでもポイントになっていたのではと思います。
仕事の仕方の違いは顕著でしたね。カスケードはわりと事務仕事は避けて溜めこんでしまって、結果的にみんなを巻き込んで片付ける、ということが多かったです。ニアは自分でやろうとするがあまりに、部下への配分がなかなかうまくいかず、そこを周囲にカバーしてもらうということがしばしば見られました。吹っ切れるとがんがん仕事下ろして、事務仕事の鬼と化していましたが。

他のキャラクターはどうでしょうか。先述の通り、カスケードには人を惹きつけるカリスマ性があったようで、どんな無茶をしてもみんな「カスケードだから」でついてきてくれました。が、ニアは普通の人でした。地道に関係を築いていくしかありません。
ただし、積み上げてきたものはありました。それがディアの養父に助けられたという過去であり、リアやハルとの関係であり、カスケードという大きな後ろ盾です。これを利用しない手はないでしょう。
ニアのキャラクターがあって、他の人々の立ち位置は少し変わりました。それが顕著なのはやはりディペのキャラでしょう。
ディアは時々、カスケードの役をしていました。情緒不安定で、けれどもリーダーとして相応しい振る舞いをしなければならないというニアに、年下ながらも「しっかりしろ」と言えるくらいには兄貴でした。ディペ初期の立ち位置を取り戻したようで、私はこっそり感動していました。
アクトは本筋よりしっかりしていたと思います。不安定さはニアにほとんど持っていかれた感じでした。彼がリバースで人との関わりに臆さない子であれたのは、ニアがいい意味で「頼りなかった」からでしょう。
アルベルトは違いが最もわかりやすかったと思います。カスケードのような「超お人好し」が相手なら、彼はうまく自分を隠して振る舞えていました。それが本筋です。しかしニアのように「真面目に物事に執着している」タイプの、つまりはアルベルトの本質とよく似た人間には、ごまかしがききませんでした。
ブラックは「アルベルトタイプの人間が二人もいる」という状況になって、緩衝材の役割を果たすこととなりました。ニアとアルベルトの間にいたからこそ、本筋よりも立ち位置と考え方がソフトになっています。おそらく、リバースの苦労人ポジションは彼だったかと。
ディペのメインメンバーの他にも、クリスのポジションが上司を補佐する重要なものになっていたり、メリテェアがいろんな意味で強化されていたりしました。本筋でほとんど出ていないシィレーネの立場は、リバースでは物語の行方を左右するものになりましたし。
そして、カスケード。記憶を失うことに加え、五年間外の世界にほとんど触れてこなかったことによって、彼の成長は18歳で止まりました。リバースでは純粋な存在として、キャラクターが作られていました。親友を失わなかったということが、彼に与えられた大きな影響だったのではないでしょうか。
その代わりに五年という時間と、その間にあったはずの自由を失いました。けれども、彼もニアと同じく本質は変わっていません。記憶と知識を頼りにし、「拠り所」に依存し、生きていました。本筋と大きく違うのは、この「生きていた」という部分です。
生きている可能性があったからこそニアが動けたわけで、すでに親友の死を見てしまっていた本筋のカスケードとは状況が違いました。
本筋のようにニアを戦いに出すという選択をせず、自分一人で敵に立ち向かっていったカスケード。一方で記憶を失った後は、戦いを楽しむ面も見せたり、かと思えば命を奪わなければいけないという状況に立たされて怖れを抱いたり。不安定なようで、勇敢な臆病者という性格は変わっていないなあと思いました。
イリーを殺した後に引きこもったのが、子世代のニアの行動と似ていることに気づいたのは指摘されてからです。無意識にそっくり親子を作りだしていました。
色は完全に遊んでいました。エストカラーやりたかったなあ……やってたらアクトとも色かぶってたけど。
あ、本筋ではほとんど出なかったけれどリバースでは活躍していたキャラクターに、セントグールズ・エストとサクラ・インフェリアがいます。ニアを通してインフェリア家を書きたかった、という目的が最終話にはありました。

リバースは、ニアの物語であり、カスケードの物語でもあります。カスケードの希望が、ニアの願いが、ほぼ叶えられた世界線です。最終話にはタイトルをつけようかとも思っていました。「Blue hope Green wish」と。
本筋で出来なかったことを、今思うとこんなエピソードがあっても良かったんじゃないか、これはこういうことだったんじゃないのか、という可能性を込めて書いたものです。これは私の希望で、願いでもありました。
無意識に「こんなところに本筋との共通点が!」と思うようなことがかかれているかもしれません。書いてみて、「彼らはたしかにこの世界に生きているのだ」と感じました。物語中で失われてしまった命もありますが、彼らにも、また人生があり、描かれていないこともおこっているかもしれません。
私の書いたこと以上に、それを想像していただければ幸いです。
それでは二カ月間ありがとうございました。まだ書き足りないので、エピソードは増えるかもです。目下書きたいのは、北方時代のニアの話や、最終話後のニアたちのことです。いつになるかはわかりませんが。


おまけ。私のある日のツイートより。
十五話でなぜカスケードは、記憶の声を一瞬アクトのものだと思ったか。真相をアクトがカスケードに訊いてみました。
「そんなに低くなくて、柔らかい声だったからな。女の子かなーと思ってて」
「それ、初見でおれのこと女だと思ったってこと? おれ、軍服着てたよね? カスケードさんの仕事、今から倍にしていい?」
結果、カスケードは仕事配分担当のアクトによって仕事を増やされました。
おまけその二。二十七話のニアの台詞を聞いていたサクラの証言。
「お兄ちゃんに対しての台詞とか、うちのお父さんに言ったこととか、総合するとプロポーズに聞こえて仕方なかったわ」
「え? そんなこと言ったかな?」
「もういや、この無自覚……」
あくまでニアの感情は「何が何でも守りたい親友」に対するものです。それと、本筋では23歳カスケードが「ニアのことが好きだ」と一生片思い宣言してましたが、リバースのカスケードはそこまで到達していません。なかよしこよしで。
でもニアの台詞が「どう聞いてもプロポーズだった」ことについては、その後の話でやりたいです。こういう話が好きそうな人に思い切りつついてもらいたい。カスケードとシィレーネのフラグも立てっぱなしですし。回収したい……!
想像にお任せするのも楽しみ方だと思いますけれど。
posted by 外都ユウマ at 22:55| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする
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