2014年04月12日

Reverse508 おまけその四

「犬はいないのか、ジューンリー」
突然かけられた言葉に、ニアは怪訝な表情で振り向いた。声の主はわかっている。よくわざわざ嫌味を言うために話しかけてくる、お馴染みの彼だ。
「犬って何のことですか?」
セントグールズ・エスト准将に尋ね返すと、彼は鼻で笑って言った。
「皆言っているぞ。貴様とインフェリアは、まるで飼い主と飼い犬だと。貴様はよくできたブリーダー、インフェリアは躾の行き届いた犬だとな」
その噂は、ニアも知らないわけではなかった。監視という名目で四六時中一緒にいるニアとカスケードは、そう評されることがある。立場上は上司であるニアの指示にカスケードが部下として従い、よく仕事をこなしているという意味で言われていることだ。
だが、ニアはこれを良く思ってはいなかった。カスケードは自分の飼い犬などではない。れっきとした人間であり、ニアの大切な部下であり、何ものにもかえがたい親友だ。だからそれを、いつもの嫌味な口調で、エスト准将に言われるというのは、良い気分ではない。
「カスケードは犬じゃありませんよ。彼は今、訓練中です。僕には仕事があるので、他の者に彼を見てもらっているんです」
「そうか、犬は預けているのか。いつもいつも面倒を見てやっていて、ご苦労なことだ」
「そんな言い方はやめてください。僕には彼の面倒を見ているつもりはありません。彼とは対等に接しているつもりです」
反論するが、エスト准将はそれをも打ち返す。「対等に?」と鸚鵡返しに呟くと、ずい、とニアに向かって人差し指を突きつけた。
「何が対等だ。貴様は大佐で監視役、奴は大尉で監視される者。この関係のどこが等しいというのだ」
「立場以前に、僕らは親友です」
「その親友という言葉も、軽々しく使いすぎてはいないか? 貴様はインフェリアを連れて喜んでいるだけだろう。愛犬を引きずりまわす子供となんら大差ないということを自覚しろ」
ニアをめいっぱい見下して、エスト准将は去って行く。その背中を、ニアは見えなくなるまで睨み付けていた。こんなに腹立たしいと思うのは、あの背中に対してくらいなものだろう。
言われっぱなしが悔しいのではない。「カスケードを連れまわして喜んでいるだけ」という指摘が、的を射ていると感じたから悔しいのだ。
周囲からの反応や、エスト准将の嫌味から、この頃のニアはカスケードへの接し方を改めるべきかと思い始めていた。上司と部下ならばそれらしく、見張るのならばそうと決め、親友などという言葉でごまかすことなく付き合わなければならない。それが自分たちのけじめなのだと、心の中では思っている。だが、どうしても一緒にいられることの喜びが、行動を共にできることへの嬉しさが、先行してしまっていることは否めなかった。

だが、腹が立つものは仕方がない。エスト准将はニアが中央に戻って以来、事あるごとに嫌味や皮肉をふっかけてくるのだ。一時はこちらの作戦や捜査にも協力してもらい、助言を貰ったこともあり、良い人だと思ったこともあった。彼の助けなしでは、今カスケードと一緒にいることはできなかったかもしれない。しかしそれらの感謝を覆すほどに、彼からの言葉の攻撃は酷くなっていた。カスケードが軍に戻って以降、特にだ。
「どうしてあの人は、僕に対して嫌味ばかり言うんだろう。他にやることないのか、将官のくせに!」
先日の任務の報告書をメリテェアに渡しに行き、そのついでに愚痴をこぼす。将官の非難など部下には絶対に言えないので、こうしてときどき彼女に聞いてもらっている。
それをメリテェアは、くすくすと笑いながら聞いている。ニアにとっては笑いごとではないのだけれども、彼女には些細な、それでいて面白いことらしい。
「エスト准将は、ニアさんたちのことが気になっているのですわ。カスケードさんの帰還を待ち望んでいた一人でもありますし」
「それは建国の英雄御三家としてでしょう? あの人、そのことにすごくこだわっているみたいだからね。でもカスケードは、そういう軍家フィルタを通して自分を見られるのは嫌なんだ。エスト准将にはあんまり会わせたくないな」
ニアの知るカスケードは、家族との絆を再構築したものの、やはり「軍家インフェリアの人間」として見られることをあまり好まない。そしてニアの知るエスト准将は、明らかにカスケードを建国の英雄の末裔で、自らと同類であると認識している。この二人は絶対に合わないと、ニアは思っていた。
たしかに建国の英雄は立派だ。だが、そんなにこだわらなくてはならないものなのだろうか。立場や地位を重んじているようなエスト准将だからこそこのことにこだわっているだけなのではないか。そんなことよりも、カスケードという個人を大切にするべきではないのだろうか。ニアはどうしてもセントグールズ・エストという人物を理解できなかった。
「だいたいにして、カスケードを犬とは何だよ!? 僕を子供だとはどういうことだよ!? たしかに僕はカスケードを好き勝手に引っ張りまわしていたかもしれないけれど……」
「あら、それは認めますのね。付け加えるなら、カスケードさんもニアさんのいうことを聞きすぎですわ」
「メリテェアさんまでそういうことを言う……」
メリテェアに同じようなことを言われても、エスト准将に言われたときよりも素直に受け入れられるのはなぜだろう。彼女相手ならば、すんなりと反省できるのだ。
やはり、エスト准将の口が悪いからだろうか。

銃の訓練を終えたカスケードは、ディアとグレンとともに射撃場から戻ってきていた。裏にいた頃も銃は使っていたので腕は落ちていなかったが、安全性を考えると、やはり扱い方を見直した方がいい。銃の扱いに長けた二人の指導と監視のもと、カスケードは軍人としての銃の使い方を再度学んでいた。
「二人とも、付き合ってくれてサンキューな」
「いつでも相手してやるよ。堂々と書類から逃げられるからな」
「ディアさん、それが目的の大半を占めてますよね。……俺も人のことは言えませんけど」
一度裏の人間として軍に敵対してしまったカスケードは、今でも監視の目が外れない。大抵はニアがその様子をチェックしているのだが、それができないときや、ニアには力不足と思われることには、他の人員がその役目を請け負うことになっている。
今回はその両方に該当していた。ニアには仕事があり、加えて銃はほとんど扱ったことがない。ここは現役で銃を使っている人間の出番だ。同階級であるグレンはともかく、一応上司であるディアなら、万が一のときの責任も負う。
そうして戻ってくる途中で、カスケードは彼と鉢合わせた。いつもニアに意地の悪い言葉をかけていく准将、セントグールズ・エストと。
「軍人然と振る舞っているか、インフェリア」
目が合った瞬間、彼はカスケードを見上げるようにして、しかしずっと大きな態度で、そう話しかけてきた。
「何だよ、文句あんのか」
「貴様には一切話しかけていないぞ、ヴィオラセント。……どうなのだ、インフェリア」
ディアの睨みを受け流し、エスト准将は再度問う。カスケードは、彼が少しだけ苦手だった。自分のことを家名で呼ぶし、何より彼と話をしているときのニアが、いつもムッとしている。普段は笑みを浮かべながらてきぱきと動くニアが、エスト准将を相手にすると、ときどき言葉を詰まらせて悔しそうにするのだ。
そのことを、相手はすっかり見抜いていた。
「毎度ジューンリーに嫌味を言う私を、良くは思っていないか。なるほど、どこまでも飼い主に従順な犬だな」
「お前、いいかげんにしろよ。たしかにこいつは犬っぽいが、わざわざ嫌味ったらしく言わなくてもいいじゃねぇか」
「ディアさん、落ち着いて。今は准将がカスケードさんに話しているんです」
拳を握って身を乗り出そうとしたディアを、グレンが宥めようとする。エスト准将はそれに「話が分かる奴もいるんだな」と、わざとらしく感心してみせた。
「フォースの言う通りだ、ヴィオラセントよ。貴様は引っ込んでいろ」
「ごめん、ディア、グレン。エスト准将は俺と話したいみたいだ。少し離れたところから見張っていてくれないか?」
カスケードも、これでは喧嘩に発展しかねないと察して、頼み込む。ディアは渋々と、グレンに連れられてそこを離れた。カスケードの監視は続けなくてはいけないので、ほんの少しだけ距離をとっただけなのだが、エスト准将はまるでそこにいるのが自分とカスケードだけであるように続けた。
「さて、犬はいつまでジューンリーに付き従っているつもりだ?」
「付き従うって……ニアは上司だし、俺は軍の監視下にある人間だ。いつまでと訊かれたら、きっといつまでもなんだろうな」
「いつまでも? それはありえないだろう。貴様はインフェリアの人間なのだからな」
家名を出され、カスケードは反射的に眉を顰めた。「インフェリアの人間」という理由で特別扱いされることは、あまり好きではない。初めて会ったときからそうしなかったニアや今の仲間たちは、付き合っていて楽だった。
だが、エスト准将は真っ向から自分を「カスケード・インフェリア」として見る。カスケードがずっと避けて通ってきたものを、目の前に差し出してくる。
家族との確執がなくなりつつある今でも、「軍家インフェリア」に縛られるのは嫌だ。名ばかりが先行して、なすべきことを見失うのは違うと思っている。軍人でなくとも、人を助けることは、犯した罪を償うことは、できるのだから。
「インフェリアの人間だからって何だ。俺はニアの部下で親友で、でも罪人で」
「その罪人が軍に戻された理由を、貴様は意識しているのか。貴様がここにいるのは、インフェリアの人間だからだ。この国に大きな影響を及ぼす存在であると認識されているからこそ、貴様はここに置かれている。そうでなければ、裏にいた頃の傷害や反逆の罪で一生牢獄の中だ。あるいは危険人物として処分される。それほどの力を持った者が、軍で犬に甘んじていられるはずがないだろう」
エスト准将の言葉がぐさりと突き刺さる。結局は、インフェリア家という軍家に所属しているからこそ、帰る場所を用意してもらえたのだと彼は言っている。ニアや仲間たちと一緒にいられる現在があるのは、自分がインフェリアの人間だからであるのだと思い知らされる。
どんなに嫌がったところで、この生まれからは逃れられない。この名で生まれたときから、カスケードには軍人としての道しか用意されていないのだ。
「貴様が家名を拒絶しようとする理由は何だ。建国の英雄の末裔という肩書が、そんなに重いか」
「……特別扱いは嫌なんだ」
カスケードが答えると、エスト准将は深く溜息を吐いた。呆れたような、しかしどこか納得したような、そんな表情をしていた。
「特別扱いではない。特別扱いなど、誰もしていない。インフェリアとしての貴様が必要だからこそ、閣下は貴様を軍に置いた。いつかはジューンリーに尻尾を振るのではなく、奴を含むこの国を託そうとしているのだろう」
「ニアを、含む?」
「そうだ。貴様はジューンリーたちに守られる立場ではなく、守る側に立たなければならない。今のようにジューンリーに付き従うばかりでは、貴様は弱いままだ。軍にいるからには軍人になれ、カスケード・インフェリア。ただの愛玩動物で終わるな、同じ犬なら番犬になれ」
国を託すという言葉は大きすぎるし、一度この国に歯向かった自分には到底無理なことだと感じている。だが、すぐ近くにあり、手が届くものならば別だ。
カスケードには、守れるものがある。インフェリアの人間だからこそ成し得ることがある。だから目を背けるなと、同じ軍家出身の男は言う。
軍人じゃなくてもいいというカスケードの考え方とは違うものだが、その志の行き着く先は、きっと限りなく近い。
守る側に立ちたい。そのことは、たしかなのだから。

その夜、ニアはいつものハーブティーではなく酒を出した。穏やかなお茶の時間ではなく、アルコールを選んだのは、ずっとエスト准将の言葉が引っかかっていたからだった。
犬を連れまわして喜ぶ子供――それは腹立たしくも否めない、的確な言葉だった。カスケードといられることがただ嬉しくて、そして彼を部下にできたことにどこか優越感も覚えていた。そんな自分に気付かされたことが、悔しくてたまらない。
腹が立つのは、エスト准将に対してではなかった。そんな思いを無意識にも持っていた、自分自身に対してだ。
「カスケード、お茶が良ければ淹れるけれど。どうする?」
「いや、ニアが酒を飲みたいなら付き合うよ。ソーダ割りで」
「ありがとう。ソーダ水の割合多めに作るよ」
グラスに、二人が好きなリンゴの酒が注がれる。ニアのグラスには氷と琥珀色がなみなみと。カスケードのグラスには氷とほんの少しの琥珀色に、砕けたガラスのような泡のたつソーダ水。
小さく乾杯をすると、透明な音が響いた。
「何か、嫌なことでもあったのか?」
カスケードがニアの顔を覗き込むように尋ねる。ニアは曖昧に笑ったが、それはむしろ、カスケードに答えを教えているようなものだった。
「話せることなら聞くぞ。今度は俺がニアを助ける番だ」
「君にはもう何度も助けられてるよ。……それなのに、僕は君に対して、自分勝手だった」
昔と形は変わったが、結局は甘えていたのだ。傍にいてくれる存在に。味方でいてくれる彼に。
しかし。
「そうか? 俺はそんなふうに感じたことないぞ。ちょっと強引だとは思うけど」
「ちょっとどころじゃなく強引だから、僕はブリーダーで君は犬だって言われるんだよ。君をそんなふうに見せてしまったのは、僕のせいだ」
そう言ってグラスの中身をぐっとあおったニアに、カスケードは自分のグラスを揺らしながら返した。
「俺は犬でもいいけど」
「……犬でもいいって」
「ニアの犬なら本望だ。ただし、愛玩動物じゃないぞ。番犬だ」
ニッと笑って、カスケードも酒を飲んだ。その様子をニアは目を丸くしながら見ていた。
「番犬?」
「そう。今までは立場的にもニアに守られてるだけだったけど、それじゃだめなんだ。今日、そうやって教えられた。俺がここにいられるのは、もちろんニアたちが頑張ってくれたからなんだけど、やっぱり俺がインフェリアの人間だからっていうのは否定できない。だったら建国の英雄の末裔らしく、俺がニアを守らなきゃって思った」
カスケードからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。教えられたということは、誰かが彼にそう言ったのだろう。そんなことを告げるような人物は、一人しかいない。
――ニアさんたちのことが気になっているのですわ。
メリテェアの言葉通り、あの人――セントグールズ・エストは、口の悪い世話焼きなのだ。
「エスト准将に言われたの?」
「ああ、よくわかったな」
「家名とか建国の英雄の末裔とか、そんなことにこだわるのはあの人くらいだから。でも、よくあの人の言うことを聞けたね。カスケードは家のことであれこれ言われるのは好きじゃなかったでしょう」
家名で呼ばれるのを嫌がり、家族と和解してもなお一個人として扱われることを望んだカスケードが、まさかエスト准将と接触して機嫌を損ねないとは。ニアにとってはとても意外なことだった。
「うん、好きじゃなかった。でも、これもニアに出会って、ニアと一緒にここにいるために大切なことだったんだと思ったら、少しは誇りを持っていいかなって」
ニアの名前を出してはいるが、意識を持たせたのはエスト准将だ。かつては八年、さらに五年の間、実家に戻らなかったカスケードに家への誇りを持たせるとは。
「……完敗だな」
エスト准将は、ニアたちよりも二歳年下だ。だが、将官たる素質は、たしかに持っている。だからこそ彼は、軍人であり、軍家を背負い、この国を守るために立っているのだ。
「ニア。エスト准将の名前、何だっけ。長いから覚えられなくて」
「セントグールズ・エスト。たしかに長いよね」
「じゃあ、センちゃんだな!」
「本人には言っちゃだめだよ。絶対怒るから」
怒りっぽく、嫌味がましいが、彼もまた信頼できる上司の一人だ。
そう言ったら、どんな顔をされるだろう。



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posted by 外都ユウマ at 18:54| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする

2014年04月01日

魔法少女アル子新作発表

あの魔法少女(ラブリーアイドル)アル子が帰ってきた!
今度はライバルニア子が、「キャラチェンジ魔法」を駆使して意地悪を仕掛けてくるぞ!
こっちも「キャラチェンジ」で対抗だ!

『魔法少女アル子 マジカルキャラチェンジ!』

「ブラック、お姉ちゃんの本気の力、見せてあげる!」
「いや、別にいらねーよ」

というネタをやりたかったのですが、どうぞ脳内補完でお願いいたします。
キャラチェンジという能力で、あまりにも性格差分の多いアルとニアを生かせればいいのにね。という妄想でした。
白ニア子黒ニア子緑ニア子。アル子と裏アル子。
いろんな意味で激闘を繰り広げそう。
そんなエイプリルフールでした。
posted by 外都ユウマ at 00:00| Comment(0) | 小ネタ | 更新情報をチェックする
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