2014年02月26日

Reverse508 第二十五話

司令部内の環境は、基本的に自動調節システムによって保たれている。外気温に合わせて心地よい室内温度をつくりだしている。だが、それが一旦暴走すれば、どうなるか。たとえば室内の、特に武器庫など火気のある場所の温度が急激に上昇すればどうなるか。あるいは空調に使用しているガス類が、引火しやすいものに変わったらどうなるか。システムを少しばかりいじれば、丈夫にできているこの建物をも、一瞬で崩壊させることができる。
「爆弾の中にいる」――それは、そのままの意味だった。司令部の施設そのものが巨大な時限爆弾となって、内部の人間たちを包み込んでいる。それを解除するためには、軍のシステムに入り込み、爆発物として働く要素を見つけ出し、書き換えなければならない。
まず、軍のシステムに入り込むことからして困難だった。だが、一度裏組織関連のアクセス記録に入り込むことのできたクレインになら、それもクリアできる。あとは原因部分の発見とその書き換えだけだ。空調関係か、暖房を過剰に動かすのか、あらゆる可能性を潰していかなければならない。どのくらい残っているのかわからないが、確実に近づいている、制限時間内に。
いや、アルベルトが軍側についたことが判明すれば、その時点でもうなす術はなくなるのだ。この広く複雑な建物に、逃げ場などない。外に出られたとしても、これだけ大きなものが大爆発を起こすのであれば、近隣にも被害が出る。
「……あった、たぶんこれだわ。これを書き換えさえすれば、司令部の爆破は止められる!」
極限状態の中、ついにクレインはその個所を見つけた。途中からクライスが駆け付けてくれたおかげで、作業効率が良くなったことも救いだった。
「よっしゃ、どう書き換えればいい?」
「時限装置を解除して、本来の数値に戻さなくちゃ。クライス、資料!」
「それも探さなくちゃならないのか。急がなきゃな」
クレインの見たところ、残り時間はおよそ一時間。間に合うだろうか。間に合わせなくてはならない。それが自分たちの戦いだ。

情報処理室の外では、アルベルトとブラックが闘っていた。銃声と金属音の響く廊下で、二人は全力でぶつかりあう。
「ブラック。僕はね、少しだけ嬉しいんだよ」
手際よく、隙を与えないように再装填しながら、アルベルトは言った。
「嬉しい? こんな状況の何が嬉しいんだよ」
ブラックが怪訝な表情で、刀を握り直す。手が汗ばんで、柄がうまく握れなくなっていた。それほどまでに緊迫した状況の何が嬉しいと、兄はいうのだろうか。
「本気の君と闘えること。僕ら、口喧嘩こそするけれど、こんなことは初めてだろう。……最初で最後の大喧嘩だと思えば、これもまた一興かなって」
殺し合いを演じることの、何が一興だ。ブラックは舌打ちして、しかし、ほんの少しだけは同意していた。嬉しくはない。だが、昂揚感はあった。
「最初で最後? 馬鹿言うな。これからも何度だって喧嘩してやるよ」
「……君に会えて良かった。君が弟で、本当に良かった」
アルベルトは目を伏せる。父ラインザー・ヘルゲインに一つだけ感謝していることが、ブラックの存在だった。その彼を殺せと、“あの方”は言う。そんなこと、できるはずがない。
――もしも、どうしても元仲間を殺せず、司令部を爆破させることも避けたいと思うなら、一つだけそれが可能な方法を教えよう。
それは誰にも話していないこと。アルベルトと“あの方”だけが知る、司令部爆破の阻止の仕方。だが、それをしてしまうと、大切な弟の心に深い傷を残してしまうことになる。
だから選択したくなかった。選択できないと思っていた。けれども情報処理室から「あと一時間」という声が聞こえてしまったとき、その選択も視野に入れ始めた。
大切な人の心は傷つくが、この一時は誰も死ぬことなく済む方法。それをアルベルトは知っている。だから本気で闘うことにした。
反応が一歩遅れたことにすれば、それは達成できるのだ。
タイムリミットまで、あと、少し。

同じ顔をした二人の闘いは、どちらがどちらかわからない。だから誰にも手出しはできない。どうやって手に入れたのか、軍人ではない方も軍服を着用しているからだ。唯一ナイフがぶつかる瞬間に、事情を知っている者だけが、判別することができる。大切なものを奪われた方が味方。奪った方が敵。わかるのは、一瞬だけ。
「ほら、僕たち、動きまでよく似ている。お前がいなくなっても、僕が代わりをする。僕が代わりに生きてあげる。だから早く死んじゃってよ!」
金属同士が当たって軋む音がする。だが、軍支給のナイフよりも、銀色の特別なナイフの方が、澄んだ音をたてていた。その音を自分の手に取り返すために、アクト・ロストートは闘っている。どっちが本物だとか、代わりをするとか。そんなことはどうでもいい。
「カッサス、お前はお前、おれはおれだ。代わりなんてないんだよ。似ているだけで、全然違う。生き方も、考え方も、大切なものもまるで違う」
今のアクトをアクトたらしめるものは、それぞれ異なる。アクト・ロストートには苦難の日々と仲間たち、そして唯一無二の相方が必要だった。アクト・カッサスには、おそらくは両親が。互いに持っていないものを持っていて、持っているものを持っていない。こんなにも違うのに、代わりになんかなれるはずがない。
だが「ただ一人のアクトになる」というそれだけを目的に生きてきたアクト・カッサスには、アクト・ロストートの言い分が理解できない。
「違うなら、奪ってしまえばいいよね。このナイフだけじゃない。もっとたくさん奪ってあげるよ。たとえば、君がとても大切にしている人とかさ。……たぶん今頃は、ボトマージュが連れて行ったクローンに殺されているだろうけれど」
銀のナイフを踊らせて、アクト・カッサスは嘲笑する。だが、アクト・ロストートはまったく動じない。目の前の闘いだけに集中する。それが自分の役目だから。
「殺されないよ。……あいつは、強いから」
カッサスの攻撃を避け、ロストートは足払いをかける。わずかでも引っかかれば、それが勝負の分かれ目。床に押し倒し、ナイフを突き立てる。その身にではなく、床に。
だが距離が近づくということは、相手にとっても有利になる。倒されたカッサスは、右手に握ったナイフの刃を、ロストートの首にあてがう。
「甘さを見せたら負けるよ。負けた方はアクトじゃなくなるんだから、もっと慎重になったら?」
ひやりとした刃が、首をつうと滑る。ゆっくりと引くので、血もじわじわと滲む。
「両方、アクトでいいんじゃないの? お前は今まで通り、オレガノさんと、お前の母さんと、生きたらいいよ。こんなことしなくても、生きられるよ」
それでも、ロストートは笑みを浮かべた。カッサスは困惑した。どうして笑っていられるんだ。痛いはずなのに、苦しみの表情を浮かべないんだ。
それを読み取ったように、血を滴らせる方は言う。
「おれ、痛いのには慣れてるから。……お前は、どう?」
「……僕は、痛いのは、いやだ」
「ほらね、おれたちは全然違う。なり替わることなんて、できないんだよ」
カッサスは目を見開いて、ナイフの刃をそっと、ロストートの首から離した。

闘うため。ただそれだけのために、少女はよみがえった。そうさせられた。その動きも、呟く言葉――どうして、わたしを、ころすの――も、ボトマージュがディアを苦しめるために彼女に教え込んだものだ。
ここで動揺してしまっては、相手の思うつぼ。わかっていても、苦しい。ディアが少女を誤って撃ち殺すようなことがなければ、いつかはこのように成長し、明るい笑顔を浮かべて走り回っていたかもしれない。そんな思いが、捨てられない。
もう、どうしようもないのに。過ぎてしまったことなのに。ああ、どうして、自分たちは人を殺してしまっても裁かれないのだろう。いっそ刑罰を与えてくれた方が楽なのに。
それとも、彼女を再び死の世界に戻してやることが、与えられた罰なのか。
ゆらりと揺れながら、けれども俊敏に自分を斬りつける少女に、ディアは何の反撃もできていなかった。
「そうだ、アスカ! もっと、もっとヴィオラセントを苦しませてやれ!」
ボトマージュは愉快そうに笑う。それが耳障りで、ディアは顔をしかめた。この男の目的は、ディアが、かつて偶然にも自分を牢獄へ閉じ込めることとなった人間が、苦しむのを見たいだけだ。ずっとそう思っていたが、はたしてそれだけなのだろうか。どうしてこうにも、彼はディア・ヴィオラセントという人間にこだわり続けるのだろうか。
裂けてぼろぼろになった傷口からは、血があふれている。全身を赤く染めながら、さらに傷が増えていく。
ライフルを少女に突きつけ、引き金を引きだけで済むのに。それがディアにはできなかった。ボトマージュはそれを知っていて、わざとアスカと闘うよう仕向けている。
「わけわかんねぇ……」
壁に追い詰められながら、呟いた。目の前には少女の持つナイフの切っ先が迫っている。それを反射的に素手で掴み、少女の動きを止める。
「ボトマージュ。お前、いつからこんなばかげたことをしようって考えてた? 南方も、この襲撃も。兄貴と姉貴のことだって。お前には聞きたいことが山ほどある」
刃が手を傷つけるのも厭わず、ディアは少女の向こうにいる男に尋ねる。訊かれたほうは下卑た笑みのまま答えた。
「私が南方司令部長に任命されたのは六年前だ。そこに転がっている大総統閣下が決めた。奴はこの私を地方に追いやり、中央での立場を奪った上で、あろうことか北国の子ザルを受け入れた。憎くて仕方なかったよ。大総統も。ヴィオラセント、貴様も! “あの方”が声をかけてくれたのは、そんな折だった。軍が憎いなら潰せばいいと、私に文書を送ってくれた。そうだ、私を、私の力を認めぬ軍など潰してしまい、裏の人間としてこの国を乗っ取ってしまうほうが、私の理想に近かったと、そのとき気づいたのだ。貴様の家族のことを知ったのは“あの方”がこちらにクローンの資料を送ってよこしたことで、偶然知った。実に幸運な偶然だったよ。貴様も、大総統も、両方苦しめることができる。私は今こそ、復讐を遂げるのだ!」
「むちゃくちゃなこと言いやがって……」
ボトマージュが配置に納得していないことは、軍にいたスパイが“あの方”とやらに知らせたのだろう。結局彼は、まだ他者の手のひらの上なのだ。それに気づかず、自分の力を誇示しようと躍起になっている。なんてちっぽけな自尊心だろうと、ディアは呆れるばかりだった。
そんなくだらない理由で、目の前の少女は死してなお闘わなければならなくなったのだ。
掴んだ刃をそのまま押し返す。ぐらついた少女の体に、ライフルの銃口を突きつける。どんなに残酷でも、一生苛まれようとも、受け入れなければならない。その覚悟が、やっと、できた。
「あんな奴に振り回されるのはもうごめんだろ、アスカ。……二度も殺しちまって、ごめんな」
ディアが倒さなければならない真の敵は、彼女ではない。その向こうの人間だ。そこに届くためには、こうするより他はなかった。

狙いの甘い銃撃など、大剣で簡単に防ぐことができる。やはり、彼は人を殺すことを迷っている。スパイだった中将が言っていたように「一人殺せば二人も三人も同じ」とは、彼は考えていないようだった。カスケードのその気持ちがわかればニアは十分だった。
カスケードが所持している軍支給の銃は、弾数に制限がある。六発。それを全て凌ぎきれば、こちらの番だ。すでに何発か使用していたらしく、それまで待つことはなかったが。
その銃が弾丸を切らしたところで、ニアは大剣を振りかぶった。その広い面をカスケードに当てられれば、体勢を崩すことができる。大抵の相手ならば、その戦法が通用するはずだった。
だが、振った大剣を、カスケードは腕で止めた。銃を捨てて、彼はすぐに肉弾戦に切り替えてきた。大剣はリーチが長いが、その分近距離の相手には通用しにくい。一瞬にして目の前に迫った拳を、ニアは大剣を捨て、とっさに屈むことでかわした。そう、こんなことは、武器を大剣に切り替えたときから経験でわかっている。カスケードと何度も訓練をして、体で覚えた。
彼のやり方も、自分がどうするべきかも、全て解っていた。だからこの勝負は、当時の記憶が残っているニアにこそ有利なのだ。――カスケードが、その感覚を失っていなければ。
ニアが屈んだところへ、カスケードはすぐさまローキックを叩き込んでくる。五年前よりも強くなった脚は、屈んだニアのわき腹に入った。その攻撃で床に倒れるが、ただ寝転んではいられない。こちらも足をのばし、カスケードへ足払いをくらわせる。バランスを崩したところで生まれたその隙を、大剣を再び回収するために利用する。
何度も、何度も、同じようなことをしてきた。ニアは、そしてきっとカスケードも、その体に互いの手口を染み込ませていた。共に過ごした八年分に、別れていた五年を足して。二人は声なき言葉を交わしていた。
倒れたカスケードに、ニアは大剣の切っ先を突きつける。訓練ならばこれが勝利の合図だ。だが、今のこの戦いは練習ではない。向けられた剣を、カスケードは手で掴み、自分の脇へと引き寄せた。引っ張られたニアは、体勢を崩し、前のめりになる。「あ」と思った瞬間に、カスケードの顔が目の前にきていた。
どうしてこんなときにでも、海色の瞳はきれいに見えるのだろう。
バランスを失ったニアの体を、カスケードは空いていた片手で受け止めた。そして、力を込めて押し戻した。視界がぐるりと反転する。形勢も逆転だ。一瞬のうちに、倒れたニアを、立ち上がったカスケードが見下ろしていた。
「……何か思い出した?」
それでもニアは笑みを浮かべていた。カスケードは怪訝な表情で首を横に振った。
「わからない。けど、闘い方はすぐにわかった。お前の手段が見えてた。……痛くないのか、ニア?」
「痛いよ。……前より強くなったね、カスケード」
懐かしさが嬉しくて、負けても悔しいと思えない。彼があの頃とほとんど同じ闘い方をして、加えて強くなっているということが、ニアにはむしろ喜ばしいことだった。記憶を戻せるかもしれないという、確信ができたから。
一方のカスケードは、混乱しながらも、このあとどうすればいいのかわかっていた。倒れた相手には、手を差し伸べる。そうすることが、一番自然だと思った。相手は軍人、敵なのに。
手を出しかけては引っ込めるカスケードを見てニアはくすりと笑った。それから自分で立ち上がると、まっすぐに相手の目を見た。
海色と、深い森の色。五年前までは、互いの視線を合わせれば、言いたいことがすぐに分かった。最も気の合う相方として、やってこられた。
「今の闘いでわかった。やっぱり君は、カスケード・インフェリアだ。僕たちが捜していた人間だ」
カスケードも、ニアの目を見ていた。驚いているような、けれども少し泣きそうな、海色で。
「カスケード、戻っておいでよ。昔を思い出すのはいつでもいい。軍人にならなくてもいい。でも、組織からは抜けよう? 何があっても大丈夫だよ。今の僕なら君を守れる。今度こそ、君を助けてみせる。約束するから」
だから彼を怯えさせないよう、優しく、柔らかな声色で、ニアは言う。カスケードが唯一憶えていた、その声で。そして手を伸ばして、微笑みかける。揺れた髪の隙間から、銀色のカフスが光った。
「……ニアは、俺を嫌わないのか? 記憶がなくて、軍を襲ったのに、それでも俺に戻れって言うのか」
震える声が返ってくる。それを包み込むように、ニアは頷く。
「僕には、君のいない世界はぼやけてしまうんだ。僕の、僕らの世界には、君が必要なんだよ、カスケード」
――帰るべきです。
アルベルトの言葉が、カスケードの頭の中に響く。この場所こそが、帰るべき場所なのだろうか。ニアの傍にいることが、カスケードにとっての最善なのだろうか。
けれどもそれを選んでしまったら。全てが、崩壊してしまう。今ここで選ぶことはできない。じゃあ、いつ、選べばいい? これがきっと、最後のチャンスなのに。
「俺、は」
――何があっても大丈夫だよ。今の僕なら君を守れる。
ニアのその言葉を、信じてもいいのだろうか。信じた瞬間に壊れてしまわないだろうか。それが怖いということは、きっともう、信じようとしているのだ。ニアを死なせたくないから、光の差すほうを選べない。
それならいっそ、他の選択をしてしまおうか。この身が滅んでしまえば、もう何も考えなくていいのではないか。記憶も、命も、何もかも捨ててしまえば、苦しまなくて済むのではないか。
「俺は、お前に殺されたいよ、ニア」
絞り出した答えを、口にした。手を差し出したままのニアが、笑顔をなくした。
「どうして、そういうことを言うの」
「だって、俺には選べないんだ。組織を裏切れば司令部が爆発する。組織の言う通りにすれば、お前を殺さなくちゃいけない。……どっちを選んでも、お前が死ぬんだ。ニアを、死なせちゃいけないのに。死なせたくなくて、一人で戦ったはずなのに。……だったら、俺一人がいなくなれば」
差し出されていた手が、不意にカスケードの視界から消えた。振りかぶったのだとわかったときには、もう、平手がカスケードの頬を打っていた。じん、とする痛みが、なぜか温かいと思った。
「だから! そんなのは僕が求めているものじゃない!」
ニアは力の限り叫んだ。親友を叩いた手の痛みをこらえながら、喉がかれるのも厭わずに、誰かに聞かれるのもかまわずに。そうだ、“あの方”とやらに聞かれていたってかまわない。司令部が爆発するなんて、信じない。たとえ真実だとしても、親友は、仲間は、この手で救ってやる。だって、ニアの求めるものは。
「僕が求めているのは、君との、君たちとの未来だ! カスケードがいないなんて、僕の手でそれを断ち切るなんて、絶対にしない。するものか!」
ここで終わらせてしまったら、これまでの全てがなくなってしまう。そんなのは駄目だ。これまでを無駄になんかさせない。それがニアの大佐としての責任であり、カスケードの親友としての務めだ。
「僕を死なせたくないなら、君が生きろ。僕がどれだけ君に執着し、依存してきたか。それを知ってもらうために、思い出してもらうために、もっともっと生きてもらわないと困るんだよ!」

迫るタイムリミット。あと一つだけ、足りない鍵。それがどうしても見つからない。
資料を捲る手。全てを頭に叩き込もうとする目。けれども、どれだけ頑張っても、あと一つが見つからない。わからない。
残り時間は、あと四十分。時間の経過が恨めしい。
「正しい数値は打ち込んだ。でも、入力できない。入力するためのパスが足りない。もう少しなのに……!」
エラーを起こす画面を、クレインは忌々しげに見つめる。クライスは自分も資料を捲りながら、思いつく限りの提案をしていた。
「可能性があるもの、全部打ち込んでみたらどうだ? ここに爆発の細工ができた人間は、あの中将しかいない。あいつが設定しそうなものを片っ端から入れていけば」
「やってるわよ! やってるのに、どれも当てはまらない。もしかしたら、あの中将が考えたんじゃないのかもしれない。パスワードらしく、まったく意味のない言葉かもしれない。全てを試すことは不可能だわ。……せっかく、ここまで来たのに!」
この扉だけが開けない。これさえ開けば、司令部の危機は乗り越えられるのに。そうこうしているうちに、時間はどんどん過ぎていく。焦るほどに、エラーは増える。そして、もう、何回目だっただろう。
規定回数のエラーを起こすと、自動的に全てをシャットアウトするようになっていたのだろう。エラー表示の後、これまで解いてきた部分までもがリセットされた。初めから、解除し直しだ。しかも、このシャットアウト状態を解除するところから。
「……時間が、ない。もう、あと、三十分……無理があるわ」
絶体絶命だった。キーを叩く指が、資料を捲る手が、震える。それでも最後まで諦めたくなくて、ベルドルード兄妹は動き続けた。あと十分だけ勝負しよう。あと十分で駄目なら、屋内の人間を避難させよう。でも、どこへ?
あらゆる考えを巡らせながら、減っていく数字を見る。画面の端に表示されたそれが、おそらくは起爆までの残り時間を示していた。そのカウントが、一つ、二つと減っていき、ついに。
ぴたりと、止まった。
「……え?」
まだカウントはゼロになっていない。では、これは全く関係のないものだったのだろうか。そう思った直後、廊下から叫び声が聞こえた。その主が誰なのかは、すぐにわかった。

――もしも、どうしても元仲間を殺せず、司令部を爆破させることも避けたいと思うなら、一つだけそれが可能な方法を教えよう。
――それは、君が、弟に自分の手か足を切り落とさせることだ。
ちょっとだけ反応が遅れたふりをすれば、とても自然にできることだった。なにしろ、互いに本気で闘っているのだから。
アルベルトの右手は、ブラックの攻撃を避けそこなったふりをして、体から切り離されて床に転がった。手首から先が、実にきれいな切り口で、落ちていた。
「……おい、お前」
「ごめん、しくじった。君のせいじゃないよ、ブラック」
すでに残り時間が少ないこと、起爆装置の解除ができないことを、アルベルトはわかっていた。止めるには、こうするしかなかった。そうすれば“あの方”が装置を止めてくれるかもしれない。それにかけるしか、方法が見つからなかった。
「馬鹿、今すぐ止血!」
「いいよ、いらない。これは軍を裏切った僕への罰だから」
「ふざけたこと言ってんじゃねーよ!」
ブラックが必死になって手当てをしてくれる。その光景だけで、アルベルトには十分だった。これが最期に見るものになってもいいくらいだった。
情報処理室からクライスとクレインが飛び出してくる。何かを言おうとして、こちらを見、それをやめた。
「アルベルト少佐、その手!」
「大丈夫。もともと左利きだから、右手がなくなったくらいで不自由はしないよ」
「そういう問題じゃないでしょう! せっかく起爆装置が止まったのに、こんなことになるなんて……」
クレインの言葉に、アルベルトは安堵した。“あの方”の言っていたことは、本当だったらしい。アルベルトが最も大切な人に罪を擦り付けることで成立する、爆破装置の解除。残酷だが確実な方法だったのだ。
倒れたふりをしていたツキが起き上がって、アルベルトを担ぎ上げる。起爆装置が解除されたなら、もう動いていいはずだと判断した。それに、こんなときに倒れてなんかいられない。
「医務室が無事ならいいんだが……」
斬られた腕は上に挙げさせ、無事な場所を探した。いまや、そんな場所があるのかどうかもわからないが、とにかく行くしかない。アルベルトを救わなければ。
だが、前へ進もうとした足は、阻まれた。立ちはだかった、たった一人の人物によって。

なり替われ、と言われ続けてきた。両方アクトで良いなんて、初めて言われた。アクト・カッサスにとって全てであった「ただ一人のアクトになる」という考え方が、覆される。
「何、それ。だって、僕はアクトになるために……」
「もうなってるじゃん。おれとお前は違うんだから。戦う必要なんて、一人になる必要なんて、ない。おれにはおれの生き方があって、お前にはお前の生き方がある。それじゃ、だめなの?」
「そんなこと、考えたこともなかった……」
もしもそれでいいのなら、これまでしてきたことは何だったのだろう。その意味付けのためにも、アクト・カッサスはアクト・ロストートになり替わらなければならないのだと思い込んできた。
「おれは、それでいいと思う。お前は、オレガノさんをお父さんとして、お前の人生を送ればいい。お前は、おれにはなれないよ。おれが、お前になれないように」
「……父さん」
アクト・カッサスの気持ちはぐらついていた。このまま説得できれば、二人とも死なずに済む。どちらのアクトも消えることなく、幸せな人生を掴むことができる。
その瞬間まで、そう思っていた。
その方向にはグレンたちがいたはずだった。ラインザーのクローンたちを倒し、アクトたちの闘いを妨害しないようにしていた。それなのに、破裂音はその方向から聞こえた。グレンの銃の音ではない。メリテェアが持っていた銃の音でもない。まったく別の種類の音が、アクト・カッサスの頭を後ろから貫いた。
飛び散った赤。倒れてくる体。ついさっきまで話していたはずの彼は、一瞬でその命を奪われた。
「おい、アクト! アクト!!」
倒れたアクト・カッサスの下から這い出して、アクト・ロストートはぐったりした肢体を支えようとした。どれだけ呼んでも、返事はない。彼の家族との未来は、完全に奪われてしまった。
「今の、誰が?」
「俺じゃない。クローンか?」
「でも、クローンはみんなナイフを持ってるんじゃ……」
クローンたちに紛れて動いていた者に、アクトは気づかない。グレンたちも、状況がすぐには掴めない。
それを背に、銃を手にした人物が去って行く。次に目指すは、大総統室。

倒れたアスカを、ディアはただただ見ていた。泣くことも、詫びることも、これ以上は無意味だと思っていた。だから、何も言わない。
「まさか本当に撃つとはな……貴様はこれで、我々の仲間入りだ。我々を責めることなどできないぞ」
ボトマージュは引き攣った笑みを浮かべながら言った。大総統が、「すまないな」と呟いた。両方聞こえていたが、ディアは返事をしなかった。どちらも無言で受け止めた。
心の中に、言葉を沈めて、受け入れて。目の前にある事実を認めて。ようやく、顔をあげた。
「そうだな、俺はお前を責められねえ。それは他の奴に任せる。俺がやらなきゃいけないのは、他の奴がお前を裁けるよう、ここで決着をつけることだ」
一歩一歩、ボトマージュに近づいていく。兵隊を失った彼に、もうなす術はない。自分では戦おうとしなかった彼は今、完全に無防備だった。
「来るな、来るんじゃない。貴様、私に何をする気だ!」
「安心しろ。個人的な恨みで、一発ぶん殴らせてもらうだけだからよ」
それ以上のことはしない。できない。それはディアのすべきことではないからだ。この手でボトマージュを裁くことはできない。ボトマージュの言う通り、自分の意思で命を奪ったのだから、すでに彼と同じなのだ。少なくともディアはそう思っていた。
傷ついた手を握りしめ、大きく振りかぶる。ボトマージュの顔は、それだけで恐怖に歪んだ。なんて弱い。これが、村を一つ潰した人間の顔なのか。
ディアが拳をボトマージュにあびせようとした、そのときだった。
「ヴィオラセント中佐、避けろ!」
大総統の声が響いた。反射的にディアはその場所から飛び退いたが、ボトマージュはそこに立ちつくしていた。破裂音が響いても、その頭に穴が開いても、彼は何が起こったかわからないまま、直立して絶命していた。足の力を失って倒れるまでの時間が、妙に長く感じた。
「……ボトマージュ? おい、何が起こった?! 大総統、何か見たのか?!」
額にあいた穴から血を流すボトマージュを見てから、ディアは大総統を問い詰めた。だが、彼は首を横に振った。
「気配は感じたが、何も見えなかった。だが、おそらくは軍人ではない。……処分、されたというのか」
その言葉に、ディアは立ち上がって廊下へ出た。しかしそこにはクローンの亡骸が転がるばかりで、生きている人間は誰一人として存在していなかった。
「どういうことだよ、これ……」
ボトマージュを撃った主は、とうにそこを離れ次の場所を目指していた。
軍も組織も裏切った、情報処理室前にいる人物のもとへ。

ニアはカスケードを引っ張って、監視室にやってきた。ここは敵の親玉がいるかもしれない場所だが、弱気になった親友を一人で置いてくるわけにはいかなかった。何があっても彼を守る。そう誓って、ここまで来たのだ。
だが、中には誰もいなかった。軍施設内の状況を見るにはここが一番都合が良いはずなのに、隠れている気配すらない。ということは、もうここで見張りの真似事をしなくてもよくなったということだ。
「カスケード、司令部爆破の条件を確認していい?」
嫌な予感にかられ、ニアは後ろにいた彼の目を見上げる。カスケードは頷いて、答えた。
「アルが、軍側につくことだ。それを確認したら、“あの方”が司令部を爆発させる」
「アルってアルベルトのことでいいんだよね。……ということは、アルベルトの行動が確認できたのかも。司令部が今のところ無事だということは、軍側についたってわけでなさそうだ」
「じゃあ、アルが誰か殺したってことか? 軍で仲間だった人間を殺すことが、アルに課された条件だった。それが達成されたんだとしたら……」
「いや、それは達成できないよ。アルベルトにそんなことができるはずがない。何か理由があったんだ。たとえば、爆発物がすでに処理されてしまったとか」
爆発させる予定のものが処理されてしまったとしたら、“あの方”はどんな行動にでるだろう。そもそもその爆発物の存在や処理の仕方を、軍に教えられるのはアルベルトだけだ。その通りに爆発物を解除されてしまったのだとしたら、“あの方”は自らの手で全てに決着をつけなければならなくなるはずだ。狙いは、組織を裏切り爆発物の処理方法を伝えた、アルベルト。
「カスケード、さっき君はアルベルトのことをアルって呼んだよね。ということは、組織で仲良くなったの?」
「ああ、落ち込んでた俺に話しかけてくれた、良い奴だ」
「なら、彼を助けたいと思わない?」
カスケードならきっとこう答える。そんな確信を持って、ニアは尋ねる。ニアの知っているカスケード・インフェリアならば、必ず頷くはずだと。
「それとも、まだ“あの方”とやらに従って、自分の気持ちをごまかす?」
まっすぐに、真剣に。ニアは海色の瞳をじっと見た。昔からこの眼は、嘘を吐くのが下手だ。ごまかそうものなら、すぐにわかる。
だが、ニアがそこに迷いを見ることはなかった。カスケードはニアを見返すと、こくりと頷いた。
「助けたい。アルを助けに行く」
「決まりだね。じゃあ、一緒に行こうか」
ニアはにっこりと笑うと、すぐに真剣な表情に戻って、監視室に並ぶモニターを見た。その姿はすぐに見つけられた。倒れているアルベルトと、それを支えようとするツキ、ブラック、クレイン、クライス。なるほど、情報部隊に爆発物を任せたらしい。そして彼らは、爆破を阻止することができたのだろう。だから“あの方”が動き出したのだ。
「ここは情報処理室前だね。様子からいって、アルベルトが怪我をしたみたいだ。……あれ?」
映像の中に、見知らぬ人物が入ってくる。見たところ、十代後半から二十代ほどの女性のようだ。その手には、銃が握られている。――彼女は、軍の人間ではない。では、組織の者だろうか。カスケードに振り返るが、彼は首を横に振った。どうやら、彼女のことは知らないらしい。
「そういえばカスケードは、“あの方”と会ったことがあるの?」
「いや。いつもスピーカーから指示をする声を聴くだけだったから、会ったことはない。変な声だったから、年齢も性別も知らない」
“あの方”は“あの方”、それしか知らない。以前、カスケードはそう言っていた。だが、このタイミングでアルベルトに近づく部外者がいるとすれば、それはこれまで組織をまとめていた人物以外にありえるだろうか。あまりに若すぎるように思えるが、可能性は大いにある。
「カスケード、この子が“あの方”かもしれない。情報処理室前に急ごう!」
早くしなければ、ニアはまた大切なものを失うことになる。そんなのはいやだ。
何かを得る代わりに何かを失うというのは、確かに道理かもしれない。だが、ニアは欲張りで、我儘だ。そういう自覚がある。何もとりこぼさず、取り戻して、未来へ繋ぎたい。大切な人たちだけでも救いたい。それはどんどん増えてしまったけれど、増えるたびに守れるかどうか不安になったけれど、やるしかない。だってニアは、そのために軍人として生きているのだから。
束ねた緑の髪を揺らして走る後姿に、カスケードは既視感を覚えた。昔も、こんな光景を見た気がする。誰かのために、誰かを助けようと、必死で走る姿。緑色の髪が動くたびに揺れて、自分はそれを追いかけていた。追いかけて、並んだ。
そして、誰かを助けたときに、緑の髪の少年は言うのだ。
――もう大丈夫。僕たちと一緒に行こう。
そう、「僕たち」だった。彼一人ではない。隣にいた自分も、たしかにその数に入っていた。人を助ける者の数に。
「……俺は、」
カスケードは、たしかに、約束した。そうなろうとした。「人を助ける」何かに。
五年間見えなかったものが、見え始めた。

首をかしげながらにっこりと笑う少女は、何も知らない人から見れば、どこかから迷い込んでしまった無関係な人間だっただろう。この状況下で、すぐに彼女を守らなければと手を差し伸べたことだろう。
だが、彼女が手にしているものがそうさせない。右手には、軍支給のものではない銃があった。そして愛らしく微笑むその顔は、情報部隊が知っているものだった。
「おいおい……随分と若作りしたな」
ツキが呟く。すると、少女は目だけを冷たく光らせた。
「失礼ね、若作りだなんて。私は不老不死なのよ」
その顔を、ここにいる者では、ツキとクレインが知っていた。五十三年前、当時の大佐によって捕まえられた殺人犯。
彼女の名は、マカ・ブラディアナ。裏社会でその頭脳を発揮してきた、天才科学者だ。




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2014年02月24日

Reverse508 第二十四話

四方から次々に襲いくるクローンを、レイピアで突き、鉄扇で防ぎ、銃で撃ち抜く。自分の周り全てが見えているかのように、感覚を研ぎ澄ませ、反射的に有効な武器を選ぶ。ただの軍人にはできないような神業を、彼女はやってのけていた。
それができるからこそ、彼女はこの若さで将官となった。天才の名は、彼女のためにこそある。それを誰もが認めざるを得なかった。
メリテェア・リルリアは、一人で何人分もの働きをこなすことのできる、まさしく天賦の才を持った人物だった。
室内を占拠していたクローンが彼女の手で倒されていくさまを、他の将官たちは呆然と見ていた。これまで彼女を「若いくせに」「貴族の戯れで」と下に見ていた者たちも、その認識が誤りであったことを知る。
そうして最後の一体が倒れても、メリテェアはほとんど息を乱していなかった。怪我を負った将官に真っ白なハンカチを手渡すと、それまで状況を見ているだけだったアクト・カッサスに目を向けた。
彼は、面白いものを見たというように、拍手をしていた。
「すごいね、ちゃんとこんなふうに闘える将官がいたんだ。これは想定外だったな」
「そんなことを言っている場合ですの? 次はあなたの番でしてよ」
メリテェアはレイピアの先をアクト・カッサスに向けた。クローンたちを使わず、正々堂々と自分の力で勝負をしろと、彼に語りかけていた。
だが、彼は口元だけで笑って、首を横に振った。
「……僕は闘わないよ。まだ、闘う必要はない。だって、まだそれ、動けるからね?」
その声に合わせたように、再び倒れたクローンが立ち上がる。ゆらりと体を起こすそのさまは、まるで眠りから目覚めた死者だ。いや、実際その通りだった。
「甘いよ、准将さん。ちゃんと殺してあげないと、クローン兵は本能に従って、何度でも標的を切り刻もうとする。ここにいる約二十体、全て心臓を貫くか、頭を撃ち抜いてあげないと、いつまでも止まらない。殺さないようになんて考えは捨てないとね」
アクト・カッサスの嘲笑を、メリテェアは苦々しく受け止めた。それしか方法がないというのなら、そうするしかない。その決断ができるのも、彼女が准将たる所以だ。
「そうですわね。生ける屍たちですもの。きちんとあるべきところへ送ってあげませんと。……わたくしは何度でも、お相手いたしますわよ」
レイピアと鉄扇を傍にいた将官に預け、代わりに銃を受け取る。銃弾を装填している暇はないだろう。ここにいる将官たちのうち、銃を使っている者の数を確認する。――正確に撃ち抜いていけば、十分だ。いざとなればナイフと短剣もある。
「みなさんに闘えない事情があるのは承知ですわ。ですからここは、わたくし一人で切り抜けて差し上げます。ご覧あれ」
一瞬だけ天使のように微笑んだ後、メリテェアは死にぞこなった哀れな者たちに向けて、銃弾を放った。

大総統室ではボトマージュが、クローンと闘う大総統ダリアウェイドを見物していた。肉体改造を施され、俊敏に動く三体のクローンに、ダリアウェイドはついていくので精一杯のようだった。その軍服は切り刻まれ、頬や手などの露出部分には血がにじんでいる。大総統のその姿に、ボトマージュは言いようのない悦楽を覚えていた。
闘っているのは自分の手下だ。つまり、彼らが大総統を殺せば自分の手柄だ。自分こそが、この国の頂点なのだ。そんな考えが、ボトマージュの脳内を満たしていた。
「大総統閣下とあろうものが、そんな人間もどきにてこずっているとは。話にならないな」
嘲笑まじりに声をかけても、大総統は何の反応もしない。そんな余裕はないというのか。ああ、なんて滑稽な姿だろう。これがこの国を治める者の正体なのだ。作り物の人間になすすべもない、哀れな男。それを見ていることの、なんと楽しいことか!
そればかりに気をとられていて、ボトマージュは気づいていない。ダリアウェイドの状態が、「軍服が切り刻まれ、露出部分に血がにじんでいる」だけだということに。彼が俊敏なクローン三体を相手に、それだけのダメージしか受けていないということに。
ダリアウェイドは攻撃のほとんどをかわし、剣で止めていた。三体を相手に、自分へのダメージを最小限にし、かつ相手に対して致命的な攻撃を行なわないというやりかたを貫いていた。
ここにボトマージュがいて、使用しているクローンはディア・ヴィオラセントの関係者。おそらく彼らの本当の相手は、ディアなのだ。ダリアウェイドはそれに気づいていて、あえて本気を出していなかった。真に闘う相手がいるのなら、彼が帰ってくるまでを繋ごう。それが自分の役目だと思い、攻撃を止めるまでに留めていた。
それが残酷な結末を生むかもしれないとわかっていながら、ディアが彼らと決着をつけるべきだと考えて、剣を楯にし続けていた。
――南区画から人員が戻ってくるまで、手こずっていたとしても一時間。それまでなんとかしてみせよう。自分は、この国の大総統なのだから。この国の人間となった者のため、全力でこの場を凌いでみせよう。自分では闘おうとしない卑怯な人間に、この大総統ダリアウェイドが負けるわけにはいかないのだ。
「ボトマージュ、確認しておこう。このクローンとやらを止める方法はあるのか?」
ようやく口を開いたダリアウェイドに、ボトマージュは得意げに返した。
「あるとも。確実に殺せばいい。もっとも、貴様にそんなことはできないだろうがな」
技術的な面でも、「人間の形をしたものを殺す」ということへの嫌悪的な意味でも。ダリアウェイドにも、そしてディアにも、そんなことはできるまいとボトマージュは考えている。だからこそ、連れてきたクローンは彼らなのだ。
「……ふむ、それではヴィオラセントにとってはつらい戦いになってしまうだろうな。ならば」
ダリアウェイドは、攻撃を防いでいた剣を反した。そして、その刃に一番近かった女性型クローン――ボトマージュが「ラヴィッシア」と呼んでいたそれに、初めて反撃した。鮮血が飛び散り、ダリアウェイドの頬にかかる。それが一層、彼の目を冷酷なものに見せた。
「……ダリアウェイド。貴様、人間の形をしたそれを殺すつもりか」
笑みを引き攣らせたボトマージュが問う。ダリアウェイドは、それに無表情で返した。
「私は常に、国を、そしてそれを支える軍人を含む国民たちの大多数に有利になるようことを運ぶ。たとえ自分が恨まれようとも、それが国のために、国民のためになると判断したならば、そうしよう。ヴィオラセントに軽蔑され、殺されたって構わない。それで彼が君を追い詰めることができるというのなら、私は悪になろう」
選択すべきものを決めた大総統が、この国を動かす大きな力が、どんなものであるかを知らしめよう。この矮小で卑怯な人間に、国一つを抱えるということがどれほどのことかを教えてやる。
ボトマージュの肌が粟立ったのを、ダリアウェイドは見逃さなかった。

銃は狙いを定めて弾を放つまでに、わずかなタイムロスがある。その一瞬を狙って、ツキはアルベルトの放つ銃弾の方向を見極め、ぎりぎりのところでかわしていた。とはいえ、銃弾の走るスピードに追い付けるはずもなく、徐々に体は傷ついていった。加えて、ラインザーのクローンたちと闘ったときに体力を消耗している。本気で戦い続けるには、限界があった。
チャンスは銃弾が切れて、新たに装填し直さなければならないそのタイミング。そこでアルベルトに近づくことができれば、彼の動きを止められる。
そのことはアルベルト自身もわかっていた。わかっていて、手を休めることをしなかった。こちらが弾切れになり、ツキが接近してくるであろう瞬間を、待っていた。
軍支給四十五口径リボルバーの弾数限界は六。それを全て放ち終わる頃、ツキはアルベルトに向かって猛ダッシュしてきた。右手にはナイフ。左手はアルベルトの腕を掴み、壁にその身を叩きつける。そして、ナイフをその耳の真横に突き立てた。銃を持っている右手は封じている。
「……アルベルト。あと何分稼げばいい」
小声で確認する。誰がどこで聞いているかもわからない。追い詰めているふりをしながら、問うしかなかった。答える方も同様だ。
「爆弾はおそらく、司令部内の自動環境調節システムを利用したものです。クレインさんがそれに気づいて、解除にかかってくれているのなら、こんな茶番はそう長く続けなくてもいいでしょう。……ブラックたちが戻ってきてくれた時点で、あなたは死んだふりをしてくれてもかまいません。そのあとは、彼らと闘いますから」
「クレインさえ守れればいいってことだな。了解、引き続き抵抗をどうぞ」
「ありがとうございます」
ツキの腕を払い、アルベルトは素早く弾を再装填した。そして再び銃口をツキに向け、その胸を狙う。狙ったふりをする。わずかに致命傷になる部分を外して、発射した。
ツキはナイフから手を離し、それを避ける。アルベルトが隙を見せてくれたその間に、壁に刺さったナイフを取り返して、アルベルトに向ける。
あまりにも長く続ければ、これが本気を含めた演技であるとばれてしまう。だからこそ、早く他の人員が戻ってくることを祈る。ツキを殺せば、クレインに手をかけなければなならなくなるのだから。情報処理室に逃げ込んだふりをして、「爆弾」の解除に必死になってくれているはずの彼女を、どうしても守らなければならない。

カスケードに銃口を向けられても、シィレーネは一歩も引かなかった。ただ、彼の海色の瞳をじっと見つめていた。
そこに浮かんでいるのは、困惑と恐怖。その感情を、シィレーネは的確に読み取ることができる。その赤い瞳で、相手がどのような思いを抱いている人物なのかを探ることができるのだ。だからこそこの瞳は気味悪がられ、実の親にすら嫌われた。彼女には常に悪意が突きつけられてきた。
だが、叔父は、シェリアは、ニアは、……仲間たちは、そうではなかった。彼女を受け入れ、居場所を作ってくれた。人からの悪意と自分の瞳が持つ力に怯えていた彼女を、仲間たちは救ってくれた。
今こそ、その恩を返す時だ。自分たちがいつか受け入れるはずの、目の前の彼に、手を差し伸べること。それがニアと約束した、シィレーネの役割だ。――ずっと、傍にいてあげる。そう誓ったのだ。
「……なんで、逃げないんだ? 俺は、君を殺すんだぞ?」
震える声が言う。その奥に見える、「助けて」の言葉。それをシィレーネは信じた。
「逃げません。あなたと一緒にいるって、ニア大佐と約束しましたから。……それに、その先に外部情報取扱係の部屋があるんです。ツキ曹長に、外にいる人たちと連絡を取るように頼まれています。私、自分の役割を果たさなきゃ」
組織とクローンが司令部を襲撃したそのとき、ツキとシィレーネは事務室にいた。そのあとすぐに、ツキは自分の持ち場である外部情報取扱係室に戻り、ニアたちとの連絡中継をするはずだった。だが、組織が乗り込んできたことにより、状況が変わってしまった。
クレインが一人で取り残されている情報処理室を守りに、ツキは走った。シィレーネに連絡役を託して。
メリテェアがここまでの道を拓いてくれた。クローンを倒し、シィレーネを助けながら、自らも将官や下級兵たちを救いに行った。
彼らの行動を無駄にせず、託されたことを果たすため、シィレーネは引くわけにはいかなかった。この先に進まなければならなかった。――その途中で、カスケードに出会ってしまったのだ。
「早くしないと、みんなに連絡ができません。ここであなたに殺されちゃ、だめなんです。……そんなに怯えたあなたに、私が殺せるとも思えませんけれど」
「そんなことない! 俺は、俺はやらなくちゃならないんだ。君を殺して、ニアも……」
「だから無理です。あなたはニアさんの親友なので、そんなことはできません! たとえ記憶がなくたって、思いはどこかに残ってるはずです。本当に大切なものは、どんなことがあったって、捨てられないんですよ。自分で、守っているから。何が何でも守ろうとしているから!」
背後に、何かが近づいてくる気配がする。メリテェアが逃してしまったクローンだろうか。ここで立ち止まっている時間はなさそうだった。
それでも、伝えたい。ニアが何よりも大切にしている人に、彼がずっと抱いてきた思いを。シィレーネが、彼から学んだことを。自分を助けてくれた、本当はとても優しく頼もしいに違いない、その人に。
海色の瞳は、まだ困惑に揺れている。けれども、少しずつその「かたち」が変わってきたようだった。シィレーネの言葉を聞いてくれている。その言葉に、感情が変化してきている。本質は人を殺すことなんてとてもできないような、優しくて、臆病で、何かに縋りたいと思っている人なのだろう。ニアと、シィレーネと、多くの人と同じように。
だったら縋れるものはある。ニアが用意した場所がある。シィレーネさえも救ってくれた、とても温かな場所が。彼をそこに、導きたい。その思いが、銃口への恐怖を超えていた。
「思い出せなくても、きっとあなたは大切な心を守っている。だから私を助けてくれた。今もこうして、手を震わせている。……私と一緒に来てください。ニアさんの声を聴いて、ちゃんとその気持ちを、守っている心を、呼び覚ましてください!」
赤い瞳に訴えられ、カスケードは感じた。この眼には、逆らえないと。この眼を持つ少女の言う通りにすれば、答えが得られるのではないかと。ずっと迷っていた場所から抜け出して、本当の居場所に辿り着けるのではないかと。
だが、今は悠長に考えている暇はなかった。カスケードは気を取り直し、手の震えを止めた。銃口の狙いをぴたりと定め、引き金を引いた。
響く破裂音。飛び散った赤い色。二度目になるが、この感触はやはり、吐き気がするほど恐ろしい。


第一班がごろつきを全て確保し縛り上げ、第二班がラインザーのクローンたちをシャッターの向こう側に封じ込め、第三班が司令部へ向かおうとしている頃だった。
それまで何の応答もなかった無線が、突如司令部からの声を受信した。
『外に出ている軍人たちに告ぐ。中央司令部全施設は、我々組織が占拠した!』
クリスたちにとっては初めて聞く声だ。アクトたちにとっては三回目だった。そしてニアにとっては、もう何度も聞いて、捜し求め、ついに辿り着いたものだった。
「カスケード?! どうして……」
ニアはとっさに無線に応答する。だが、声はそれを無視して続けた。
『こちらは多くのクローン兵を利用し、人質をとっている。また、司令部には爆発物も仕掛けている。早く来なければ、彼らがどうなるか、わからないお前たちではないだろう!』
それは現在、中央司令部に起きているできごとの詳細だった。無線の応答がこれまでなかったのは、情報部隊がこの緊急事態にあたっていたからだったのだ。
それを理解した全班の人間が、司令部へ向かって動き出した。すでに司令部を目指していた第三班は、より急いだ。
「カスケード……君は、どうしてこんなことを……」
こうして無線で連絡が来るということは、カスケードが外部情報取扱係を占拠しているということになる。そうしてわざわざ、状況を外にいた部隊に知らせているのだ。
ニアには、大きな不安と、かすかな期待があった。外部情報取扱係にいるはずのツキはどうしているのか。将官たちは、メリテェアは、大総統は無事なのか。クレインは、シィレーネは、どうなっただろう。
カスケードは重要な情報を、なぜ自分たちにもたらしてくれたのだろう。
とにかく司令部へ辿り着かなければならないことだけは確かだ。


ほんの少しだけ、時は遡る。
銃弾に倒れた影を、カスケードは確認した。軍人の少女の背後に迫っていた、ラインザーのクローンたちだ。それらの頭を全て撃ち抜いて、カスケードは彼らの動きを止めた。
「……また、助けてくれたんですね」
自分の背後を振り返りながら、少女は言った。だが、カスケードは首を横に振る。今は、そうすることしかできなかった。どこで“あの方”が見ているかわからない。カスケードが軍の人間の味方をすれば、“あの方”は仕掛けた爆発物を作動させるかもしれない。アルベルトの裏切りが発覚した場合と同じようなことが、カスケードにも起こりうる可能性があった。
「助けたわけじゃない。外部情報取扱係に、一緒に行ってもらわないと困るんだ。俺はニアを殺さなくちゃいけない。ニアがここにいないなら、呼び出してでも」
「……わかりました。一緒に行きましょう」
そうしてカスケードは、少女とともに外部情報取扱係室へやってきた。まずは彼女に、各班の無線へ連絡をとってもらわなければならない。だが、どうやら階級の低いらしい彼女には、無線の扱い方がよくわかっていなかった。
「ええと……外にいる全班と通信するには、どうするんだったかな……ツキさんに教えてもらったはずなのに、どうしよう……」
焦って泣きそうな彼女の背後から、無線の送信機を覗き込む。この機械を扱った記憶はない。だが、憶えていない時間の中で、触ったことがあるのだろう。カスケードは一目見て、その構造を、使い方を、理解した。
「貸してくれ。俺がやる。……その方が、都合がいい」
彼女の目的を達成させるのは、軍に手を貸したことになる。それでは“あの方”の邪魔をしてしまうことになる。そうしないためには、カスケードが自ら全軍に通信を送り、組織の人間らしく振る舞うことが必要だった。
言うべきことは、頭の中で整理されていた。不思議なほどに操作は手馴れていて、その言葉もすらすらと出てきた。
「外に出ている軍人たちに告ぐ。中央司令部全施設は、我々組織が占拠した!」
本来ならば、軍人の少女がSOSとして送るべき言葉を、組織の立場で宣言する。少女が息を呑むのがわかったが、かまわずに続けようとした。
そこへ、その声が帰ってくる。
『カスケード?! どうして……』
ニアの声だ。カスケードには、すぐにそれがわかる。どんなに音が悪くても、それだけははっきりとわかってしまうのだ。たった一つ、忘れられなかったもの。五年より前のことがどんなに思い出せなくても、これだけは憶えていた、柔らかな響き。
だが、今はそれに返事をしている余裕はない。惜しみながら、言葉を継いだ。
「こちらは多くのクローン兵を利用し、人質をとっている。また、司令部には爆発物も仕掛けている。早く来なければ、彼らがどうなるか、わからないお前たちではないだろう!」
これで、外にいる部隊は全て帰ってくるだろう。ニアもきっと、ここに来る。来れば対峙しなくてはならないが、これでいい。これで、司令部内のクローンは帰ってきた軍人たちに排除される。爆発物だって、きっと手分けして見つけてくれる。ボトマージュやカッサス親子のことも、止めてくれるだろう。
「アル……これで、いいんだよな……」
無線を切って、呟く。少女にはそれが聞こえたらしく、すぐに反応した。
「アルって、もしかしてアルベルト少佐のことですか? ここに来てるんですか?!」
「来てる。俺が行動に出るまで時間を稼いでくれているんだ。今度は司令部内の爆発物を探さなくちゃならない。ニアを待ちながらだから、まずはこの部屋だな」
「それ、私も一緒に」
「だめだ。一緒にいることが“あの方”に知れたら、司令部は爆破されるかもしれない。君には、ここでしばらく眠っていてもらう」
カスケードが“あの方”から命じられたのは、「ニア・ジューンリーを殺すこと」だ。彼女を殺すのは、自分でなくてもいい。厳密にいえばアルベルトの仕事だ。そう解釈したことにして、カスケードは彼女を気絶させようと手を振り上げた。
「……そうだ。君、名前は?」
「シィレーネ。シィレーネ・モンテスキューです。……記憶を取り戻しても、憶えていてくれると嬉しいです」
気絶させられる瞬間まで、シィレーネは微笑んでいた。カスケードを信じてくれているかのように。いや、きっと、信じてくれていた。
その彼女を、忘れるわけがない。親友であるニアの声だって、憶えていたのだから。


真っ先に司令部へ到着したのは、何の邪魔もなかった第三班だった。ニアは着くなり、班員全体に指示を出した。
「司令部内にはクローンが多数いる可能性がある! 慎重に、かつ迅速に人質となった恐れのある下級兵、情報部隊、将官たちを救出する! エスト准将、あとをよろしくお願いします。僕はカスケードに接触します」
「引き受けてやろう。全体、進め!」
エスト准将の号令に合わせ、第三班のほとんどは司令部施設内に突入した。カイが倒れた門番を見つけ、その容体を確認する。
「ニアさん。この人、体中傷だらけです。ラディアがいれば治せるんでしょうが、今は応急処置しかできません」
「仕方ないね。ハル、彼を安全な場所に運びたい。力を貸して。シェリアちゃん、カイの処置が終わったら、ハルと一緒に軍病院へこの人を連れて行って」
「わかりました。すぐに車を用意します」
「ニアさんはカスケードさんのところに行くんだよね。……気をつけてね」
「大丈夫。……きっと彼を取り戻すから」
ニアはハルの頭を一撫でし、ふわりと微笑んだ。それから真剣なまなざしで司令部を見、その中へ飛び込んでいった。
内部にはふらふらと歩き回るラインザーのクローンたちがいた。すでに誰かがダメージを与えてくれていたのか、その体はボロボロだ。だが、それでもなお彼らは動いていた。それを大剣で叩きながら、ニアは外部情報取扱係室へ向かった。そこにまだ、カスケードはいるだろうか。
廊下を走る途中、悲鳴が聞こえた。先に司令部内に入っていた、第三班の者の声だ。向かう先とは逆の方向だったが、ニアは迷わずそちらへ向かった。
そこには、まだ体力の有り余っている様子のクローンたちがいた。それに襲われ、軍の者たちは叫んでいたのだ。どうやらこの廊下の向こうから、まだまだ送り込まれているらしい。この先は、軍が倉庫に使っている地下室だ。
「……まさか」
ニアはクローンを斬り払い、襲われていた軍人を助け出すと、そのまま地下室の方へ向かった。スパイがいたのなら、連絡通路があってもおかしくはない。例の中将には、密かにそれをつくることが可能だった。地下倉庫は、将官権限で利用されていたのだから。
大剣はクローンを一掃するのにちょうどいい武器だった。ただし、溢れるほどに湧いてこなければの話だが。逃がしてしまった分は、司令部にいる他の人間に倒してもらうしかない。
しかもクローンは、ただ溢れてくるだけではない。傷ついただけでは、またふらりと立ち上がって襲いかかってくる。彼らを止める方法は、ないものか。
「そんな攻撃では止められないよ。完全に息の根を止めてやらなければ、彼らの行進は続く。南区画の倉庫からここまで、どんどん送られて来る」
生気のない声が、地下倉庫へ続く階段から聞こえた。クローンを斬り払って視界を広げると、その声の主が見えた。とても疲れた顔をした、初老の男性だった。
「あなたも、裏組織の人間ですか」
「ああ、クローンをつくっている。今は交通整理かな」
クローンを作る者――ニアに思い当たる人物は、一人だけだ。アクトが会ったという人物、オレガノ・カッサス。
「あなた、オレガノさんですね。なぜ、こんなにクローンを? そもそもあなたは、クローンをつくって何をしようというんですか?」
「用途はさまざまだね。こうして兵士として利用することもできるし、致命的な損傷を負った人間のスペアにもなる。……大切な人を、よみがえらせることだってできる」
「そんなことのために死者を目覚めさせているんですか?! 終わった命に、さらに鞭打つようなことを?!」
クローンたちを掻き分け、ニアはオレガノのもとに辿り着いた。彼は全く表情を変えることなく、答えた。
「君がどう解釈しようと勝手だが、僕にはそれしか愛する人を手に入れる方法がなかったんだ。ビアンカ・ミラジナのおかげで、簡単には死なないクローンをつくることができた。このヘルゲイン型は、首を刎ねるか、心臓を貫くかして、確実に息の根を止めてやらないと動き続ける」
「……あなたたちは、命を何だと思ってるんだ。人を殺すために、死なせるために、命をつくるなんて!」
「殺すのは君だよ、ニア・ジューンリー。……名前、合っているかな?」
この手でラインザーのクローンたちを確実に殺せと、彼は言う。生んだ罪を裁くために、殺す罪を背負えと言う。ニアは躊躇する。ビアンカの作ったキメラを殺したときと同じ気持ちが、湧き上がってくる。
「あなたは、そんなことをしていて、むなしくならないんですか」
「終わりの見えない研究というのは、どれもそんなものだよ」
この感情を殺してしまった人を憐れみながら、ニアは大剣を握りなおした。終わらせなければならないというのなら、それが残酷なことであっても、成し遂げなければならない。
でなければ、軍の人間が、クローンたちが市街に出れば町の人たちが、死んでしまうかもしれないのだから。
「うわあああああああっ!!!」
叫びながら、涙をこらえながら、ニアは大剣の刃をクローンたちに叩きつけた。どれだけ周りが赤く染まろうとも、オレガノは泣きも笑いもしなかった。

戻ってきた第一班がまず目にしたのは、門番を軍病院に送り届けようとするシェリアとハル、そして門番の応急処置を終えたカイだった。
「カイ、今の状況は?!」
「ニアさんたちが司令部内に乗り込みました。俺も今から行くところです」
グレンの問いに的確に答えたカイに、クリスが頷いた。
「では、カイ君はこれから第一班に加わってもらいましょう。……どうせ、混戦状態でしょうから、班なんて意味のないものになるでしょうけれど」
門番をシェリアとハルに任せ、クリスたちは司令部に足を踏み入れた。しかし、そこはすでに地獄絵図だった。至る所に同じ顔の死体が転がり、怪我をした軍の人間たちが壁に寄り掛かっていた。どうやら必死になって、このクローンたちを倒したらしい。
「大丈夫ですか? 傷、治しますね」
ラディアが軍人に駆け寄って、手を傷口にそっとかざす。徐々に塞がっていく傷を見ながら、彼はクリスに報告をしてくれた。
「エイゼル中佐。このクローンたちは、完全に殺さなければ動きを止めないようです。……俺、人を、殺してしまいました……」
「ご報告、ありがとうございます。あなた方が頑張ってくれたおかげで、ここのクローンはもう動かないようですね。どうか休んでいてください」
この惨状にそわそわし始めたのは、クライスだった。こんな場所にずっといた妹は、はたして無事なのだろうか。情報処理室は、襲われていないだろうか。
「クリス中佐、オレ……」
「ええ、クライス君はクレインさんのところへ行ってください。途中、クローンが現れると思いますが、どうか躊躇せずに倒してください」
「はい。……畜生、本当に損な仕事だな、軍人って!」
それでも彼は、国に尽くすため、妹をはじめとする家族を守るため、この仕事を続けていくのだろう。この地獄の中を駆け、時に情報を集め、時に槍を振い、進んでいくのだ。それしか道がないのだから。
「ボクの武器では、クローンを確実に止めることは難しいですね。せいぜい脳震盪を起こさせて気絶させるくらいが関の山でしょう。グレン君、カイ君、ラディアさん。相手を止めることができるのは、あなたたちですよ」
「わかりました。カイ、ラディア。行くぞ!」
「はい!」
まだ動いているクローンを掃除しに、三人は走る。第一班の人間が、次々に戦いに身を投じていく。クリスも現れたクローンと対峙しなければならなかった。

最後に到着した第二班も、司令部内の状況には息を呑んだ。嘔気に口を押さえる者もいる。出入り口付近はすっかり死体と怪我人だらけになっており、進めばさっき倒したばかりのラインザーのクローンが現れる。ここでも闘わなければならないらしい。
「ったく、うんざりするぜ。アクト、さっきの無線、カスケードからだったよな?」
「たぶんね。だとすると、ここにボトマージュたちも来ている可能性が高い。アルベルトも、きっといる」
「じゃあ、やることは決まりだな。オレはあの馬鹿兄貴を捜す。ディアはボトマージュを、アクトはカッサスとかいうのを捜せ」
因縁の相手がいるディア、アクト、ブラックはそれを捜すことにした。司令部内に、まず間違いなくいるだろう。彼らも待っているはずだ。
「アーレイド、リアを守れ。この状況はあんまり良くない」
「わかりました」
アクトの指示に、アーレイドは頷く。だが、リアは首を横に振った。
「守られてばかりじゃいられません。今確認したら、グレンさんたちがもうここに来ているみたいです。私だけ、守られてるなんて嫌です。私だって軍人です!」
「……そうだね。ただ、リアの武器じゃクローンには対抗できないから、グレンたちと合流するまではアーレイドと協力すること。いいな?」
「はい!」
やるべきことは二つ。味方を見つけて状況を確認すること。敵を見つけて決着をつけること。成すべきことは、生きてまた合流すること。
第二班は情報を集めながら、それぞれの行くべき場所を目指した。

「すごいな、在庫切れだ」
オレガノが呟いた。かなりの数を取り逃がしてしまってはいたが、地下室前には多くのクローンの死体が転がっていた。血で全身をべっとりと染めたニアの目は、ひどく霞んでいた。
胸ポケットから薬を取り出し、飲み込む。いつもの苦味に加え、鉄さびのような味がした。眼鏡をかけて、オレガノに向き直る。
「人を、ものみたいに言うんですね」
「君こそ、人の形をしたものを切り刻んだじゃないか。……ともかく、僕の用意したクローンはこれで全部だ。僕もこれで、お役御免かな」
ふ、と自嘲気味に笑って、オレガノはその場に座り込んだ。
「あとは司令部が爆発するのを待つばかり、か。きっと妻も処分されてしまっているだろうし、息子と心中するしかないな」
「そうだ、爆発物! オレガノさん、それがどこに仕掛けられているものか、知っているんですか?!」
ニアはカスケードの言葉を思い出す。「司令部には爆発物も仕掛けている」と、彼は言っていた。それがどこにあるのか、裏組織の人間ならば知っているかもしれない。
しかし、オレガノは首を横に振った。
「どこにあるのか、どんなものなのか、僕たちは知らない。ただ一つはっきりしているのは、それがアルベルト・リーガルの裏切りによって起爆するものだということだ。きっと彼は軍に味方するだろう。“あの方”がそれを見届け、起爆スイッチを押すんだ」
「アルベルトが? ……そんなことって……」
どうやって“あの方”がアルベルトの裏切りを見極めるというのか。それこそ、内部に侵入でもしていない限り、わからないのではないだろうか。
他人の行動がわかる場所が、軍内にはある。監視カメラの映像を確認することができる、監視室だ。そこに“あの方”がいるかもしれない。しかし、カスケードのことも気になる。
「君はカスケードのところに行くべきだ。彼には、君を殺すように命令が下っている。“あの方”よりもまず、そっちを気にした方がいいんじゃないか?」
「カスケードが、僕を……」
それなら、きっと待っている。いつまでも待たせていてはいけない。ニアは無線のスイッチを入れ、受話部に声をかけた。
「カスケード、そこにいる?」
間もなくして、返事があった。
『ニアか? 今、どこだ?』
「地下倉庫前。オレガノさんと一緒にいるよ。……君が僕を殺さなきゃいけないって、本当?」
少しの間、沈黙があった。けれども、声はそれを肯定した。
『本当だ。“あの方”からそう言われている』
「わかった。……すぐにそっちに行くよ。決着をつけよう」
『ああ、待ってる』
これでいい。互いに傷つけあうことになるかもしれないけれど、これで会える。もう一度話ができる。
今度こそ思い出させてやろう。自分と彼との、全ての記憶を。

アクトはクローンを切り裂きながら、将官事務室に辿り着いた。ここにアクトによく似た人物がいるということを、隠れていた下級兵から聞いたのだ。メリテェアが、ここで一人で戦っているということも。
ドアは開いていた。隅には将官たちがかたまって、縮こまっている。侵入してくるクローン全ての相手をしていたらしいメリテェアは、ふらつきながらも立っていた。
「アクトさん! ここまで辿り着けましたのね」
「メリー、大丈夫? ここで、ずっと一人で? ……誰も、助けなかったのか」
アクトは将官たちを睨む。だが、メリテェアは首を横に振った。
「今気にすべきは、そちらではありません。あなたを待っていた相手がいますわ」
「そうそう。すごく待ったよ。その准将さん、よくここまで頑張ったね」
全てをクローンたちに任せていたのだろうか。まったく無傷のアクト・カッサスが、壁に寄り掛かって、ナイフを弄んでいた。
「……決着つけようか、アクト・カッサス」
「そうだね。ちょっとは僕も動いておかないと。……じゃあ、始めよっか」
二人のアクトが対峙する。その間にも、まだラインザーのクローンたちは部屋に入ってこようとしていた。メリテェアは疲れ切っている。これ以上、一人で戦わせるわけにはいかない。そう思ったアクトが、そちらを気にしかけたときだった。
「アクトさんは自分の相手に集中していてください。こっちは俺たちが片付けます」
大きな助けが、やってきた。
「グレン! カイに、ラディアも!」
「私も追いつきましたよ」
「リア、ここまで無事だったか!」
最強の四人組が揃えば、この場は大丈夫だ。アクトは安心して、目の前の相手だけに集中できる。
「さあ、どっちのアクトが生き残るかな。もちろん、僕のつもりだけれど」
アクト・カッサスが、銀色に光るナイフを構えた。アクト・ロストートは、彼に向き直り、その姿を見据えた。

ディアは大総統室に到着した。目撃情報から、ボトマージュがここにいることを突き止めたのだ。他の部屋よりも重厚な扉を開けると、そこには三人の人間が倒れていて、二人がディアを待っていた。
「遅かったな、ヴィオラセント。貴様の兄と姉は、すでに閣下が殺してしまったぞ。もっとも、その閣下ももう動けないようだがね。ちょうどとどめをさしてやろうと思っていたところだ」
「ボトマージュ、てめぇ……」
ディアの兄と姉のクローンは、すでにこと切れていて、ぴくりとも動かなかった。大総統は呼吸こそしているが、大怪我をしてぼろぼろだった。せめて大総統補佐官がいれば、ここまでの傷は免れたかもしれない。だが、彼は大総統命令で、下級兵たちの身の安全を確保するために動いていた。
「さて、残るはとっておき。貴様が南方で殺した、アスカ・クレイダーのクローンだ。貴様が殺さなければ、数年後にはこのように成長しているはずだった」
唯一立っているクローンは、南方殲滅事件の際に、ディアが誤って殺してしまった少女のものだった。九歳ほどの子供だったはずだが、ここにいる彼女はそれよりももっと成長している。何もなければそうなるはずだった、十五、六歳ほどの姿だ。
「死肉から生前の姿を再生し、さらに成長させるという奇跡を拝ませてやったのだ。感激しながら殺されろ」
「誰が殺されるか。……悪ぃな、アスカ。お前を二度も死なせちまうことになる」
ディアはライフルを構える。他のクローンと同じなら、彼女もまた、確実に殺さなければならないのだろう。どんなに、苦しくて、つらくても。

破裂音が聞こえた情報処理室前で、ブラックは倒れているツキと、銃を手にしているアルベルトを見つけた。ツキのわき腹からは赤い液体が流れている。これがどんな状況であるか、ブラックは即座に判断した。
「アルベルト、お前……ツキを撃ったのか」
「ああ、ブラック。来ちゃったね。……君は絶対に来てくれると思ってたよ」
再装填しながら、アルベルトは悲しげな笑みを浮かべる。
「質問に答えろ! なんで、お前が」
「ブラック、黙って」
破裂音とともに、銃弾がブラックの頬を掠めていった。その弾丸は彼の背後でうごめいていた、ラインザーのクローンの頭に命中した。
「斬りかかっておいでよ。じゃないと、何も始まらない。いつまでもツキさんをこのままにしておくわけにもいかないでしょう?」
「……そうだな。何があったか全部聞かせろ、アルベルト!」
ブラックは刀を構え、アルベルトに走り寄る。アルベルトはそれをかわし、ブラックの手を自分のそれで押さえ、ぴたりと止めた。そして、耳元で囁いた。
「ツキさんにはしばらく倒れてもらっている。クレインさんとクライス君が、今、爆発物の処理をしてくれている。それが完了するまで時間を稼ぐから、君は本気で僕に斬りかかってきて」
クライスは無事にクレインのもとに辿り着いていた。アルベルトとツキが戦っているのを見てぎょっとしたものの、「クレインを頼む」というツキの言葉に従い、すぐに情報処理室に入ってくれた。ブラックが来たのは、ちょうどその直後だった。それを察して、アルベルトはツキに視線で了解を得て、死なない程度にわき腹を撃ったのだ。血は、実際はラインザーのクローンのものだ。ツキもさっきまでクローンと戦っていたのだから、もともとここは血にまみれていたのだ。
「そういうことなら仕方ねーな。……全力で行くから、ちゃんと受け止めろ」
「君もちゃんとかわしてね。……いこうか」
たとえ偽りのものでも、全身全霊をかけた兄弟同士の戦いだ。そうでなければ、時間稼ぎにならない。
タイムリミットはあとどのくらいだろう。クレインは、クライスは、それまでに爆発物を解除することができるだろうか。

ニアは外部情報取扱係室の前で、彼に再会した。ダークブルーの髪と海色の瞳は、変わっていない。彼はありのままの姿で、そこにいた。
だからニアも眼鏡を外した。全身血まみれで、酷い有様ではあったが、せめて自分の目で彼と向き合いたかった。
「カスケード。僕、たくさんのクローンを斬ってしまったよ。……君の言う通り、僕らの罪は重いかもしれないね。でも、僕はそれでも人を助けたい。……僕が何よりも助けたいのは、君なんだ」
彼が窓から飛び出していった夜に言えなかったことを、やっと言えた。こんな姿だけれど、彼は、この言葉を受け入れてくれるだろうか。
カスケードはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「俺は、ニアに会ったら何か変わるんじゃないかって、何か思い出すんじゃないかって思った。だから、お前を呼んだんだ。……でも、だめだな。そんなにすぐには思い出せない。無線の使い方も、司令部の構造もわかるのに、お前のことは思い出せないや」
感覚はやはり、残っている。あとは記憶だけなのだ。彼が生きたのに忘れてしまった、十八年分の記憶だけだ。
「……そう。じゃあ、闘ってみる? 君と僕とは、よく一緒に訓練をしたんだよ。闘ったら、思い出すかも」
ニアが大剣の柄を握りなおすと、カスケードは頷き、銃を構えた。
カスケードは憶えていない、けれどもニアの記憶にははっきりと残っている、戦闘訓練の思い出。それがこの戦いで思い起こされれば、ニアの勝ち。カスケードが何も思い出せず、ニアを殺してしまえば、それまで。
これがラストチャンス。もう、「次」なんかない。それを二人とも、解っていた。



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posted by 外都ユウマ at 21:25| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする

2014年02月23日

Reverse508 第二十三話

かつてアーシャルコーポレーション管理下にあった三施設は、どれもキメラやクローンを保有するのに十分な機能を持っている。加えて出入り口を首都の至る所に構えており、いずれも先日のキメラ襲撃に都合の悪いことはない。
全てを一斉に調査するには、人員を一旦、最低でも三分割する必要があった。
「情報処理部隊も必要だから、実質四分割だね。クリスたちが将官を説得してくれたおかげで、他班の協力も得られることになった。人員は十分に確保できるよ」
ホワイトボードに人員配置を書きながら、ニアは今回の件で動いてくれる全ての人に感謝していた。仲間たちがここまで繋いでくれたものを、有効に利用しなければならない。
ジューンリー班の人員は、過去の実績などを考慮して組まれた。
「第一班、アーシャルコーポレーション地下施設。ここは主に核兵器開発をしていた場所のようだね。ここのリーダーはクリス。メンバーはクライス、グレン、ラディアちゃん」
この班にはアーシャルコーポレーション事件の際の捜査で取りこぼしがないかどうかも同時に調べてもらうことになるため、情報関係に強いことが求められる。いわば頭脳派チームだ。
「第二班、南区画住宅街地下施設。過去にレスター・マクラミー氏が頻繁に出入りしていたという場所だ。クローンの開発には都合がよさそうだね。ここのリーダーはアクトに任せたい。ディア、リアちゃん、ブラック、アーレイドを配置する」
クローンおよびその関係者との接触経験のある者を中心に組んだ班だ。また、旧マクラミー邸付近ということもあり、リアに案内を頼んだ。
「第三班、東区画地下。生物兵器製造の実績があるらしい。ここは僕が担当しよう。カイ、シェリアちゃん、ハルに援護を頼みたい」
キメラ開発の可能性が最も高い場所だ。ここをクリスに頼むことも考えたが、裏組織の拠点として利用されるには一番都合がよさそうだということで、ニア自らが指揮を執ることにした。ジューンリー班メンバーとしては階級が低いものを配置しているが、一方で他班の佐官などの協力を多く得ている。
「そして情報部隊。連絡の中継と総集を行なうとともに、裏組織の実権を握っていると思われる“あの方”について調べてもらう。メリテェアさんにはここについてもらうことになっている。他のメンバーはクレインちゃん、ツキ、シィレーネちゃん」
ある意味で、最も重要な役割を担うチームだ。将官として全員をまとめるメリテェアを中心として、優秀な事務方を置いている。資料調査があるため、この会議の後、即始動する。
以上四陣。今回の突入作戦は、我らジューンリー班の動きにかかっている。いくら大総統命令で全軍の協力を得られたとはいえ、ニアへの疑いが完全に晴れたわけではない。ここで「軍人として適切な働き」をしなければ、信用は得られない。
現にこの作戦を進める上での名義上の総指揮は、メリテェアということになっている。この状況に至ってもまだ、少将以上は自らが動くことに難色を示していた。大総統は別だが。
「第三班の指揮は、表面上はエスト准将が執るということになっている。でも実働は僕に任せてくれるって。……あの人も、本当に分からない人だなあ」
数少ない真の協力者を頼り、疑いつつもついてきてくれる人々に頼み。エルニーニャ王国軍中央司令部による大作戦は、明日午前九時の決行となった。その時間に、同時に現場へ突入する。
これで全てを終わらせる。追い求めていたものを手に入れ、奪われたものを取り戻す。
「軍が何のためにあるのか。……わからせてあげるよ、カスケード」
破壊や殺戮のためではない。大切なものを助け、守るために存在するのだと、証明してやる。


“あの方”の命令によって、軍突入の決行は午前九時に決まった。きっと明日は、長い一日になる。カスケードはまだ震えの止まらない手を見つめ、自問自答を繰り返していた。
本当に、自分に人が撃てるのか。――軍は悪だが、軍人は人間だという意識を、カスケードはすでに持ってしまった。ニアやアルベルトと接触することで、それを実感してしまった。
単身で勝手に薬物貯蔵庫へ乗り込んだ時とは、まるで考えが変わっていた。あのときは、軍人など野犬と同じようなものだと思っていた。自分たちの行動を邪魔する、妙な生き物だと。
だが、そうではない。彼らもまたカスケードと同じようにものを考え、信念に基づいて行動している。それが正しいかそうでないかは別として。
「……怖いな」
抱いている感情を、声に出してみる。以前軍と対峙した時は、散歩を楽しむような気分だった。自分と渡り合える人間に出会ったときは、気持ちが高揚していた。だが、今はそれがまったく感じられない。ただただ陰鬱だった。
「ボトマージュはきっと、人を殺す。オレガノさんや、アクトだって。“あの方”のいうことなんだから、きくはずだ。……アルだって、自分の命がかかっているんだから……」
記憶を継承しているクローンが用意されていると“あの方”は言っていた。だがクローンを作っているはずのオレガノからは、そんなことはひとことも聞いていない。“あの方”が用意しているとしても、来たばかりのアルベルトの記憶継承クローンが、はたして作れるものなのだろうか。作られていないのなら、アルベルトは、ここで「死んでしまう」。“あの方”の世界には残れない。
カスケードだって、他の人員だってそうだ。生きられるのはその記憶を継承してはいるが、クローンの方だ。本人ではない。
結局、ニアの言う通りなのだろうか。全て“あの方”の都合のいいように動いているだけなのだろうか。
「俺の……俺の思う正義は……」
これで正しいのかが、わからない。納得のいかないことは山ほどある。ということは、今の状況はカスケードにとって正しくないことなのではないか。……でも、それに縋るしか生きる道がないのなら、そうしなければならないのか。
「カスケードさん、起きていますか?」
ドアの向こうから、自分を呼ぶ声がする。駆け寄って開けると、アルベルトが立っていた。なぜだろうか、今は彼が来てくれたというだけで、泣きそうになった。堪えていたものが一気に溢れてくる。
「アル、俺、どうしよう。ニアを殺さなくちゃならない。そんなの最初からわかってたはずなのに、いつかはやらなくちゃならないって知ってたのに、今になって怖いんだ。俺はあいつを死なせちゃいけない気がする。俺は、あいつを死なせたくなかった。……憶えてないけど、そうだったような気がするんだ」
自分より十センチ以上も身長の低い彼の肩に、額をつけるように寄りかかる。アルベルトの表情は見えないが、少し間をおいてから、頭をなでるように触れてくれた。
「気がする、じゃないですよ。あなたはたしかにそうだった。あなたがそう思ったから、今、ニアさんは生きているんです。そして、あなたを取り戻そうとしているんですよ」
「でも、そんなの無理だ。俺が、お前が、軍を潰さないとみんな消える。拒否なんかできない。逃げることなんかできないんだ。戻ることなんかできないんだ」
「そんなことないですよ」
耳元で、しっかりとした声が言う。少しも恐れを感じない。――さっきから、ずっとそうだ。“あの方”の絶望的な命令を聞いてもなお、アルベルトは希望を捨てていなかった。その手で、かつての仲間を始末しなければ、全てが終わってしまうというのに。
「突破口はあります。軍ではきっと、僕らの仲間が動いてくれています。軍に入りこんでいた人間が捕まったということは、“あの方”はもう軍の情報を手に入れることができません。それでもなお軍の動きを掴みたいのなら、僕たち自身が突入するしかない。これはそういう作戦です。その上で僕が裏切ったとして、そのことを“あの方”が確かめるには、現場を見ていなくてはなりません。これは“あの方”の正体を知るチャンスです」
「正体って、……悠長なことしてたら、司令部ごと爆発させられるんだぞ」
「させません。させたとして、犠牲は出しません。……僕は、自分が関わった事件では、それ以上の犠牲を出さないことで有名だったんですよ」
顔をあげて見たその表情は、笑顔だった。こんなときに、どうしてアルベルトは笑えるんだ。カスケードがその問いを口にする前に、答えはあった。
「大丈夫です。僕は、僕らの仲間を信じています」
さっきから、アルベルトは「僕らの仲間」と言う。「僕の」ではない。カスケードに言い聞かせるようにして、彼は「僕ら」と言っている。
「アル、お前、まだ俺がニアたちに受け入れてもらえると思ってるのか?」
「当然です。ニアさんはそういう人です。……僕は似ているので、わかるんですよ」
その分苦手な部分も多いですけれど、と言いながら。アルベルトはカスケードにもう一度微笑んで、そっと離れた。
「明日、僕はできる限り時間を稼ぎます。ですが、カスケードさんの行動は自由です。どうしたいのか、どうするべきかは、自分で考えてください」
そうは言いながらも、アルベルトはカスケードがある一択を選ぶことを望んでいるようだった。いや、それを選ぶだろうという確信があるのだ。だからこうして、「時間を稼ぐ」と宣言した。
部屋へ戻っていくアルベルトを見送りながら、カスケードは選ぶべき答えを思っていた。おそらくはそれで間違いないのだが、はたしてそれを選んでしまってもいいのだろうか。まだ、心には迷いがあった。


情報部隊は“あの方”と呼ばれる裏組織中枢にいる人物の正体を見極めるべく、何年分もの資料を遡って調べていた。
メリテェアがレスター・マクラミーから聞いた情報によると、十年前にアーシャルコーポレーションに記憶継承クローンを売り込んできたのは、当時五十から六十代の女性。裏では天才科学者として有名だったというが、名前など素性は一切不明。だが、それだけの知識を身につけられる環境にいたことが考えられる。さらに反軍組織を抱えていることから、おそらくは過去に軍と何らかの確執があるはずだ。
「それなりの教育を受けられる状況にあり、過去に軍とトラブルがあったと思われる、現在はええと……六十代か七十代になっているはずの女性ね。裏で有名ってことは、他の事件にも関わっている可能性がある。ディアさんが持ってきた資料によると、記憶継承クローンの第一号が作られたのは十四年前、ノーザリアでのことだから……」
データベースから、条件を絞り込んで検索を進めていく。国内の事件資料だけでは足りない。ノーザリアの協力も必要だ。クレインは国内資料を調べつつ、メリテェアに尋ねた。
「十四年前に、ノーザリアでクローン研究がされていたのよね。何か関係がありそうな事件はある?」
「直接関係があるのは、その資料にもある通りの、ディアさんのご家族が亡くなられた件ですわ。ノーザリア軍のスターリンズ大将に、詳細を教えていただきましょう。何かあれば協力してくださるということでしたので、すぐに動いてくださるはずですわ」
クレインが検索し、メリテェアが収集した多くの資料を分類するのは、ツキとシィレーネの仕事だ。関係がありそうなものを年代順、事件別に並べ、精査していく。約五十年分の資料を全て確認するのは、骨の折れる作業だった。他班の協力がなければできなかっただろう。
「裏の天才科学者に関する噂は、二十年ほど前からあるようだな。そこからアーシャルコーポレーション関連を取り除くと……これでもまだ難しいな」
「その天才科学者ってうのになるまでに、相応の知識を蓄えたり、裏での活動をしているわけですよね。だったら、もっと前のことも調べなくちゃ……」
次々に手渡される資料にざっと目を通し、一つ一つを分けていく。些細なことでもいい、何かヒントがほしかった。
その過程で、シィレーネはふと気になる名前を見つけた。五十三年前――随分と古い資料で、おそらくは過去に軍で捕まえた犯罪者と事件担当者を総検索したときに出てきたものだった。膨大な数の名前の中に、それはあった。
「あの、カスケード・インフェリアって、ニアさんの親友のカスケードさんだけじゃないんですね」
「え? ……ああ、たぶんそれ、先々代の大総統じゃないか。まだ大佐だったころに扱った、貴族家の遺産争いとして処理された殺人事件みたいだな」
先々代の大総統は、インフェリア家から出ていた。ニアの親友であるカスケードの名は、祖父から貰ったものなのかもしれない。
「捕まったのは当時十七歳の女性、マカ・ブラディアナ。今生きていれば七十代に……」
貴族家の人間なら、それ相応の教育を受けているはずだ。その後捕まってはいるが、刑務所からは五年ほどで出所している。知識を蓄えるには十分な若さだ。軍に、特にインフェリア家の人間と関わりを持っているという部分も気になる。なにより、年齢と性別が合致している。
「シィレーネちゃん。もしかしたらこれ、大手柄かもしれないぞ」
ツキの言葉に、シィレーネだけでなく、クレインとメリテェアも反応した。
「先々代の大総統、カスケード・インフェリアの扱った事件ということになると、今になってインフェリア家の人間を使う理由にもなりそうね。反軍の目的だけではなく、インフェリア家への復讐も成し遂げられる」
「可能性としてはありえないことではありませんわね。……あら、ノーザリア大将からもう返事が来ましたわ。なんてお早い……」
メールに添付された資料を見て、メリテェアは言葉を失った。まるで、全てが何者かによって導かれているような気さえした。
「神様はどうやら、わたくしたちの味方のようですわ。シィレーネさん、よくさっきの事件を見つけてくださいました。ノーザリアで当時研究を進めていた人物の名前が、向こうでは明らかになっていたそうです。彼女は現在行方不明。そもそも、どこから来たのかということすらわかっていない、謎の科学者。クレイン、すぐに彼女の名前で検索を」
「マカ・ブラディアナね。了解」
国民データから、合致する者を探す。はたして、その人物についての項目はあった。経歴のところどころが「詳細不明」となっている、見るからに怪しい人物が検出された。しかし。
「……だめだわ、メリテェア。彼女が今回の首謀者であるはずはない。彼女、六年前には死亡が確認されているのよ。軍で事故死として扱っているわ」
見つけたデータ上では、マカ・ブラディアナはすでに死んでいる。軍で身元を確認したのだから、間違いはない。ラインザーのように川に飛び込み、死体が上がらなかったというわけでもない。完全に彼女はこの世のものではなかった。
「おいおい……じゃあ、今回の件には関係ないっていうのかよ」
「ここまで来て無関係というわけにはいきません。彼女の遺志を継いだ者が、今回の首謀者である確率は高いと思うわれます。そこで、ディアさんの持ってきてくれた資料ですわ。……その記憶を継承したクローンさえ作っておけば、彼女は生き続けることができます。マカ・ブラディアナはまだ生きているかもしれません!」
死んだはずの者が生きて現れる。このケースはもう、何度目だろう。ラインザー・ヘルゲイン。リアの父レスター・マクラミー。アーシャルコーポレーション社員アーサー・ロジット。ディアの兄と姉。いずれもケースは違うが、死者がよみがえるという奇妙なできごとは、起こり得ないことではない。自らの死をごまかすか、裏の技術を使えば、可能なことなのだ。
「いずれにせよ、まだ“最有力候補”の段階ですわ。他にも該当しそうな人物を探ってみましょう。マカ・ブラディアナのデータは出力しておいてくださいませ」
メリテェアの指示に、クレインは頷いた。逮捕当時の顔写真とともにプリントアウトされたデータは、古いものだが、妙な存在感を持っていた。

その夜は、眠れたものではなかった。ついにカスケードと戦うことになるかもしれない。そう思うだけで、ニアは恐ろしくてたまらなかった。
情報部隊の進行状況は確認済みだ。“あの方”最有力候補であるマカ・ブラディアナという女性の存在についても把握している。彼女が“あの方”だったとして、軍の動向を把握できるとすれば、他にもスパイを送り込んでいるか、あるいは直接こちらへ乗り込んでくるかしかない。なんとか先手を取れればいいのだが、スパイが捕まったという情報を仕入れているのであれば、彼らは今夜にでも動き出す可能性があった。
もしものためにと思うと、眠っていられない。けれども明日の作戦が先手を取れるものであるなら、今のうちに休んでおいたほうが良い。
夜勤組の見回りは、態勢を改めた。何かあったらすぐに報せがあるはずだ。
「……うん、今日は眠ろう。眠らなくちゃ。カスケードと会わなくちゃいけないんだから」
ハーブティーで神経を落ち着かせ、明日の作戦を成功させることだけを考える。どこに相手がいても対応できるように、アーシャルコーポレーションの施設概要は頭に叩き込んだ。レスター・マクラミーの減刑のために動いたことが、今になって大いに役立っていた。
「大丈夫。明日はきっとうまくいくから。待ってて、アルベルト、カスケード」
語りかける相手は彼らではない。ニア自身だ。そう言い聞かせなければ、不安で仕方がない。
窓を見る。カスケードが飛び降りていったその窓からは、月明かりが射し込んでいた。

翌朝、各隊が配置についた。相手に気取られることのないよう、慎重に。
号令がかかるそのときを、静かに待つ。
一方で、軍を訪れた者もあった。その姿から、門番役は彼を「客」だとは思わなかった。
「あれ? ロストート中佐、南区画は大丈夫なんですか? もうじき作戦ですよね」
「……ああ、ちょっと忘れ物。大丈夫、すぐに片付くから」
時計の針は、午前九時を指し示そうとしていた。門番は時計を確認し、ハッとする。いくら「忘れ物」があったからといって、彼がこの時間に、ここに戻ってくるはずはない。一隊の司令官に、そんな暇はないはずだ。
だが、門番が実働第二班に確認するより早く、その時はやってきた。
全班の無線に、そして司令部に、異なる声が重なり、響く。

「突入!」

軍の実働隊三班が旧アーシャルコーポレーション研究施設に乗り込むのと、裏組織の人員と彼らの率いるクローン兵たちが司令部に侵入したのは、同時だった。

クリス率いる第一班は、アーシャルコーポレーション地下に潜入した。そこに待っていたのは、おおよそ研究員とは程遠い者たちだった。裏社会の人間だとしても、どう見ても下の下だ。
「ここははずれですね。ただのごろつきどもの溜まり場のようです」
グレンが銃を構える。裏の人間に変わりはないのなら、彼らを一掃するまでだ。しかし、それをクリスが止めた。
「まがりなりにもアーシャルコーポレーションのもとにあった施設ですよ。こんなところに、勝手に破落戸が湧くとは思えません。こちらの動向を予測され、集められたと考えるのが妥当でしょう」
「なーるほど。突入するなら人員を割くだろうと見越してたんだな。この時間稼ぎ要員を集めるために、『なんでも屋』みたいなことをしてたわけだ」
クライスが槍を構え、クリスに目配せする。その意味をすぐに察知し、クリスは無線を手に取りながら、班員に命令を下した。
「彼らは雑魚です。さっさと片付けて、本拠地に行きますよ!」
全体が敵に向かい、敵はこちらへ向かってくる。その中でクリスは、無線を司令部へ繋ごうとした。だが。
「こちら第一班エイゼル。応答してください。……どなたか、応答を!」
情報部隊が機能していない。まさか、真の敵がいるのは拠点ではなく――!?
「ラディアさん、その辺一帯を急いで倒してください! クライス君、グレン君。司令部の様子がおかしいです。ここの掃除が終わったら、戻りますよ! 総員、全速力で相手を沈めなさい!」
クリスも無線を腰のホルダーに戻し、棍を手にして闘いに加わる。ごろつきどもを早く一掃し、司令部へ向かわなければ。あの場には、闘えるような人間はほとんどいない。将官たちは前線を退いている者ばかり、若年の下級兵たちにはできることに限りがある。情報部隊で戦えるものはごくわずかだ。
棍を振るい、叩き、突く。その間にも、他の班のことを考える。おそらくはここと同じ状況だろう。こうして足止めを食らっている間に、司令部は襲撃されている恐れがある。この場合にすべき判断は、何か。
グレンは襲いかかってくる敵を次々に撃っていく。だが、混戦状態では味方に弾が流れてしまう恐れがあるため、うまく戦えない。どうしても受け身にならざるを得なかった。こんなときに有効な策は知っている。慣れないことではあるが、仕方がない。
「ラディア、短剣のスペアはあるか?!」
さほど離れていない場所で、まるで踊るように短剣を操るラディアに向かって叫ぶ。華麗にくるりと廻りながら、ラディアはスカートをたくし上げ、腿に固定していたスペアの短剣をぬきとった。
「グレンさん、うまく受け取ってくださいね!」
小さなブーケでも投げるかのように、短剣が放られる。くるくると回りながら放物線を描いたそれは、グレンの手に収まった。
「ありがとう。これで俺も闘える!」
グレンは銃をホルスターに収めると、短剣を握りしめて敵に向かった。
ラディアの舞は止まることなく、むしろ勢いを増して続けられていた。三十人斬りの噂が真実であり、現在はそれ以上の実力を持っていることを、軍にも敵にも知らしめる。回っては跳び、跳んでは斬って、赤の散る美しいダンスはまるで赤い花弁を纏う踊り子のよう。クリスに言われた通り、自分の周りに集まっていた雑魚共は華麗に素早く片付けた。
クライスは普段は諜報を専門にしているが、その場で戦いになることも珍しくはないので、武道の心得はちゃんとある。あまり表に立たない彼の実力に、他班の軍人たちは驚きを隠せなかった。槍さばきは一流、その上相手の特徴を掴むのがうまい。必要ならば、即サポートに入ってくれる。少佐という地位についているだけの力を、彼は当然のごとく備えていた。
順調に相手の数が減っていった頃だった。敵の一人が、銃を構えて叫んだ。
「軍人さんよ、ここがどこだか忘れたわけじゃねえよな?! アーシャルコーポレーションの施設だぜ。こっちには最新式の兵器があるんだ!」
そう言って撃った銃は、弾丸を放つものではなかった。銃口から光が飛び出したかと思うと、その正面にあった柱の一部が溶けた。アーシャルコーポレーションの負の遺産が、敵に渡っていたのだ。
「あれは……高熱線を発射し、ものを溶かすことができる装置のようですね。それを兵器に利用したということですか」
敵を倒しきり、しかしまだ棍を構えたまま、クリスは光線銃を冷静に見る。あれに撃ち抜かれれば、ひとたまりもないだろう。人間ならば皮膚が溶け、再生することはまず難しくなる。軍が下手に動けないものと思った光線銃の持ち主は、勝ち誇ったように笑った。
「ははは、見たか! ここにはまだ、こういった兵器が残っている! お前ら軍の調査が甘かったな!」
だが、あんなものを持ちだされては動けなくなってしまうのは、彼以外の敵も同じだ。彼が狙いを外せば、自分は死ぬ。その恐怖が、敵側にも満ちていた。
「愚かとしか言いようがありませんね。……グレン君、やっとあなたの本領が発揮できますよ」
クリスがふっと微笑んだ。相手はただのごろつきだ。銃を握った経験も少ないだろう。それに引き換えこちらには、百発百中の名手がいる。
グレンはラディアから借りた短剣を傍にいた軍人に預けると、ホルスターから銃を抜いた。
「おいおい……この俺を撃とうってのか。この光線銃の方がはるかに威力は高いんだぞ? お前なんか」
「黙れ」
安全装置を外し、銃口を向け、破裂音とともに弾丸を放つまではまさに刹那。狙いを完全に定めた弾は、まっすぐに男の手へと吸い込まれていった。
手を負傷した男に、もうその光線銃を持つことはできない。それをラディアが素早く回収して、クライスに投げて渡した。受け取った方はすぐさま男の付近から、その銃と同じタイプのものが大量に入った箱を見つけた。
「大方、あの中将が隠していたんだろうけど。でも、失敗作も多いみたいだな。お前が持ってたこれだって、たった一発で銃口を溶かして塞いで、駄目にしてしまっている。あのまま二発目撃ってたら、暴発して死んでたかもな」
クライスが銃を確認しながら言った。箱の中の銃は、どれも銃口が溶けかけていた。グレンは溜息を吐きながら銃を下ろした。
「無駄口を叩かず、すぐに撃っていたら、命が危なかったのか。良かったな、手の怪我で済んで。それくらいなら、ラディアが治せる」
「はい、もちろん。……ですが、私が力を使うまでもありません。それより早く残りの方をやっつけて、司令部に向かわなくちゃならないんですよね?」
「その通りです。急ぎますよ、みなさん」
クリスの一言で、最後の仕上げが始まった。

第二班、南区画住宅街地下。ここにも雑魚が集っていた。ボトマージュやアクト・カッサス、イリーなどの姿は見えない。アクトは舌打ちし、「はずれか」と呟いた。
「ディア、ブラック、アーレイド。おれが司令部に連絡している間にやっつけちゃって。リアはおれの周りをお願い。全員、出撃!」
アクトの号令で、第二班の総員が敵と対峙する。それを確認してから無線を中央司令部へ繋ごうとする。だが、いくら声をかけても応答はなかった
「こちら第二班。誰かいないの? ツキ? クレイン?」
中継の要がまったく機能していないということは、司令部で何かあったとしか考えられない。再びの舌打ちの後、アクトは作戦を変更した。そうするしかない。
「リア。ここの奴らを片付けたら司令部に戻る。何かあったらしい」
「何かって……クレインちゃんたち、大丈夫かな」
「大丈夫だと信じるしかない。とにかく今は、ここを収める」
アクトは軍支給のナイフを構えると、敵の中に飛び出していった。リアもそれを追う。斬りつけ、鞭で足を払い、敵の動きを止めていく。
ここの人間はやけに数が少ないようで、すでにほとんどがディアに殴り倒されるか、あるいはブラックの峰打ちをくらうか、アーレイドによって床や壁に縫い留められていた。他班の者も活躍してくれ、今すぐにでも司令部へ向かえそうだった。
「アクト、片付いたぜ。ここははずれなんだろ、他の場所に移るぞ」
「うん。司令部から応答がないから、すぐに戻ろうかと思ってたところ」
「応答がないって、どういう……」
そんなやりとりをしている間のことだった。敵の中でまだ動ける者が這っていき、壁にあったスイッチを押した。軍の一同がそれに気づいたのは、施設奥にあったシャッターが開く音が響いてからだった。
「なんだよ、これ……?!」
ブラックが心底嫌な顔をする。いや、ブラックではなくとも、誰だってこの状況には戦慄する。シャッターの奥に並んだ、虚ろな目をした人々。それらはみんな同じ顔をしていた。手にはナイフを握らされている。それが彼の、生前の武器だったからだ。
ぞろりと並んでいたのは、ラインザー・ヘルゲインのクローンたちだった。この場所がクローン保管施設であることは、間違いなかったようだ。この特別な兵隊たちが控えていたからこそ、ここに配置されていた人間は少なかったのだ。
「ブラック、対処法は?」
アクトが唯一これらと戦ったことのある彼に問う。眉をしかめたまま、彼は答えた。
「心臓を止める、首を刎ねる。確実に殺さねーと、こいつらは動き続ける。胸糞悪くなるだろうが、それしか方法はねーな」
「最悪だな、おい」
ディアとアクトにとっては南方殲滅事件を、ブラックにとっては父を殺した瞬間や先日の戦いを思い起こさせる、気分の悪い状況だ。リアの武器では殺せない、そもそも彼女は人殺しが嫌で鞭を使っている。アーレイドにとっても、他の人員にとっても、この状況は地獄としか言いようがなかった。
こちらへ歩いてくるラインザーたちを見て、リアがぽつりと言う。
「……あのシャッター、もう一度閉めることはできないんでしょうか。彼らをあそこに押し込めて、閉じ込めてしまうことはできませんか?」
「被害を最小限にするにはそれしかないか。まず仕組みを見ないとわからないね」
頷くアクトを確認した後、ディアがブラックに言った。
「おい、こいつら斬れるか?」
「散々斬ってきたんだ、今更斬れねーわけがねーよ。お前は撃てるのか?」
「それしかねぇなら撃つ。……アクト。リアとアーレイド連れて、シャッターの閉め方探してこい。あとは俺たちと他班の奴らで何とかするからよ」
「……わかった。任せた」
すでに死んだ人間のクローンで、記憶や感情を持たないとはいえ、人の形をしたものを殺していくのは酷くつらいことだろう。特に、ディアとブラックにとっては。他の者だってそうだ。それをあえて引き受けようとする者に、アクトはそれを託した。リアとアーレイド、そして他にも数人を連れて、シャッターを閉めることに専念する。
だが、それにもかまわずラインザー型クローンたちはこちらに襲いかかってくる。アクトはそれをナイフで斬り払いながら、前へ進んだ。
ディアはライフルを構え、ラインザーたちの心臓や頭を撃ち抜いた。改造して威力を増したその弾丸は、人体を確実に破壊する。引き金を引くたびに、南方殲滅事件の惨状が脳裏によみがえる。しかしそれでもなお、ディアはその手を止めなかった。
ブラックもまた、刀を振う。今度は峰打ちなどではない。刃でラインザーの姿をしたものたちの首を落としていく。裏組織がよみがえらせた死者を、今度こそ葬ってやる。それしかできることがない。何度斬っても、この感触だけは慣れない。慣れたくない。
混戦する中、リアとアーレイドが壁のスイッチに辿り着いた。シャッターの開閉は、これで出来るようだ。ラインザーたちをこの奥に押し込め、もう一度このボタンを押せばいい。
「アクトさん、このボタンです! これでシャッターを……きゃあっ!」
報告しようと立ち止まったリアに、ラインザーの一人が手をかけた。一度本物に襲われかけたことのある彼女の脳裏に、当時のことがよみがえる。あのとき助けてくれた人は、今はここにはいない。必死になって鞭で叩き払うが、これではきりがなさそうだ。早く、彼らを押し込めなければ。
「リアさん、下がって。ボタンをいつでも押せるよう、準備をしていてください。オレがこいつらを倒します!」
アーレイドが前に出る。せめてこのラインザーたちを動けなくして、奥へ放り込むことができれば。いつもハルの重い大鎌を持ち上げて鍛えているアーレイドだ、人一人くらいは放ることができる。襲いくる一体を蹴り飛ばし、倒れたところをシャッターの内側へ投げ入れた。
「ディア、ブラック! シャッターの閉め方がわかった! そいつらをを押し戻せ!」
自分に襲いかかってくるものたちを奥へ誘導しながら、アクトは叫んだ。それが合図となって、徐々にラインザーたちは奥へ戻されていく。クローンではない人間たちを巻き込まないよう、慎重に、しかし、急いで。
「リアさん、今です! スイッチを押してください!」
「オーケー!」
アーレイドの指示に合わせ、リアはシャッター開閉ボタンを押した。巨大なシャッターがゆっくりと降りてくる。それが閉まりきるまで、ラインザーたちをシャッターの向こう側に留め置かなければならない。つまり、これが閉まるまではここから離れられない。
「早く閉まれ……早く……!」
そうでなければ、司令部が危ない。

第三班は東区画地下にいた。しかし突入したは良いものの、ここには誰もいなかった。不気味なほどの静寂に満ちた場に、先頭にいたニアは息を呑む。
「今は、人はいないみたいだね。……でも、たしかにいた形跡がある」
つい最近まで、というよりは、さっきまで使われていたようだ。たしかにここには、人間がいた。それも、複数の。わずかに残る靴跡から、そう判断できた。
「ニアさん、ここが敵の本拠地だったんじゃないでしょうか。……見てください、ここ、たぶん研究スペースだと思います。薬品や機材が、綺麗な状態で並んでますよ」
カイが指し示すものは、明らかに使用後に丁寧に片付けられている。引き出しには、用途不明の器具が、ピカピカに磨き上げられた状態でしまいこまれていた。ここを利用していた人間は、とても几帳面な性格だったのかもしれない。
「これ、研究メモでしょうか。色褪せていないところを見ると、最近のものですよね。……アタシには何のことだかさっぱりわかりませんけど」
壁に貼ってあった紙を、シェリアが眺めていた。ニアが駆け寄って確認すると、何かの品番のような記号と数字の羅列が書かれていた。その数字の書き方に、ニアは覚えがあった。
「……この字、アクトに届いた手紙の字によく似てる。オレガノ・カッサスの字だ。だとすれば、ここが裏組織の研究に使われていたことは間違いなさそうだけど……」
それにしても、もぬけのからとはどういうことだろう。軍が来ることを覚り、逃げられたか。それにしては、綺麗に整頓されている。ここにいた者の余裕が窺えるのだ。それが奇妙でならない。ニアが考え込んでいると、ハルの「わあ」という声が聞こえた。
「すごい色の液体が、たくさんの瓶に入ってます。それからこれ……コンタクトレンズ?」
最後の一言に、ニアは反応する。すぐにハルのところへ行き、そこにあるものを確認した。液体は何かの塗料、そしてコンタクトレンズは、目の色を変えるためのものらしい。そこには見覚えのある、黒や鳶色のものもあった。塗料は髪を染めるものだとすれば、これらはカスケードが変装に使っていたものである可能性が高い。
「間違いなく、ここはカスケードの言っていた『引っ越し先』……裏組織の本拠地だったんだろうね。カイたちはこの研究室らしきスペースをもう少し詳しく調べてみて。僕はもっと奥に行ってみる」
ニアはそうして、そこからのびる廊下へと歩みを進めた。薄暗い廊下を進んでいくと、ドアが両脇に並んでいる場所に辿り着いた。ドアノブを回してみるが、鍵がかかっているようで、びくともしない。けれども諦めずに一つ一つ確認していくと、一か所だけ扉が開いた。そっと開けてみるが、中には誰もいない。だが、乱れた布団が、たしかにここに住人がいたのだということを示していた。
この部屋にあるのは、ベッドと机、パイプいすだけ。非常にシンプルだ。しかしある一点に、ニアは目を留めた。それは、なぜか机の上にあった。
小さなスピーカーの横に、ぽつんと置いてある、銀のつるの眼鏡。手に取ってかけてみると、しっくりくる。間違いなくこれは、失くしたはずのニアの眼鏡だった。
「ここ、ビアンカちゃんの部屋? ……それにしては、さっきまで使われていたみたいだ。じゃあ、もしかして……」
この眼鏡を手に入れることのできる人間は、ビアンカのほかにもう一人いる。彼女と生活を共にしていたという、親友カスケードだ。ビアンカが回収し忘れていたものを、持っていたのかもしれない。
ベッドを確認すると、ダークブルーの毛髪が落ちていた。ここはカスケードの部屋で間違いないのだろう。
クロゼットには、黒い服が入っている。カスケードが来ていたものだ。軍服は見当たらないところを見ると、着ていったのだろう。――それを着て、どこへ行ったというのだろう。
嫌な予感がして、ニアは無線を司令部へ繋いだ。
「こちら第三班、ジューンリーです。……聞こえていますか? 応答願います」
返事がない。常にツキたちが待機しているはずなのに、まったく応じない。そんな事態があるだろうか。あるとすれば……
「誰もいない研究室。軍服を着ていなくなったカスケード。……そして、繋がらない無線」
答えはそう考えずとも導かれた。ニアたちがここに来たタイミングは、最悪だったのだ。敵はおそらくこちらとほぼ同時に動いた。そうとしか思えない。
ニアは走って研究スペースに戻り、全員を一旦召集しようとした。ところがそれより早く、カイがニアを呼びに来た。
「ニアさん、大変です! 発見したんですよ、クローン!」
「クローン?! どこに?」
こっちです、とカイが示した場所には、重そうな扉のついた部屋があった。先ほどハルがここをこじ開け、その中身を発見したという。一歩入ればひやりとした空気が身にまとわりついた。
両脇には、大きな強化ガラス製のカプセルが並んでいた。その中にはまだ不完全な形ではあるが、たしかに生き物がいた。おそらくは、人間だ。
「ここでクローンを……」
どのような仕組みで作られているのかはわからない。だが、たしかにここで人間の形をしたものが作られている。今も、それは進行中なのだ。この場所は、手放されたわけではなさそうだ。
「隣の部屋もハルが開けました。そっちは、もっと大きなものが入るカプセルがあります。たぶん、そこでキメラを作っていたのではないかと思います」
カイの案内で、隣の部屋にも足を運んだ。こちらには、空ではあるが、隣の部屋にあったものよりもはるかに大きなカプセルがあった。キメラや大型獣の大きさを考えると、これで作られていたのに違いなさそうだった。
「たしかにここに裏組織がいたんだ。でも、今は誰もいない。スパイを失い、情報を手に入れられなくなった彼らが行く場所といえば一つしかない!」
今すぐに司令部に戻らなければ。彼らは再び、今度こそ軍を潰すために、やってきているはずだ。ニアは全員に招集をかけた。
「きっとここが本拠地で間違いないと思う。でも、当の本人たちがここにいない上に、司令部と連絡が取れない。すぐに司令部に戻ろう! 彼らはきっと、そこにいる!」
急がなくては。今の司令部は、守りが薄い。大総統と将官たち、低年齢の低階級層、そして情報部隊が残っているが、まともに戦える者が少なすぎる。


午前九時、中央司令部は突然湧いて出た大勢によって襲撃された。
門番をしていた軍人は、その数にあっけなく倒れ、彼らの施設内への侵入を許してしまった。まったく同じ顔をしたそれらは、施設内にいる軍人たちに次々と斬りかかる。将官だろうが、若年兵だろうが、関係ない。そうしてあっという間に軍人たちを一か所に追い込み、取り囲んでしまった。
将官たちの抵抗も、多くは無駄に終わった。机の上に張り付いてばかりの人間が、体力を調整されたラインザー型クローンたちに敵うはずがなかった。将官用事務室は、いまやまるで人質を集めたようになっていた。
「貴様、ロストートか? それとも偽物か?」
追い詰められた将官の一人が、クローンたちを率いている青年に問う。金髪に、美しい顔。それは軍に在籍しているアクト・ロストートのように見える。だが、先日司令部には、彼に似た人物が一度入り込んでいる。将官たちも当然そのことは把握していた。
だが、クローンを率いる彼は、問うた人間を嘲笑った。
「そんなの答えても仕方ないでしょ? だって、もうすぐアクトは一人になるんだから。そしてその世界にお前たち軍人はいない。まったく無駄な質問をしないでほしいな」
銀色のナイフを手で弄びながら、「アクト」は将官たちを見ていた。なんて情けない。これがこの国のトップに近い人間たちだというのか。数ばかりのクローンに慄き、身動きもとれなくなるような者たちが、国を動かしているというのか。
「もっと骨のある将官っていないわけ? クローンくらい倒してみせてよ。まあ、クローンとはいえ元凶悪殺人犯だから、お前たちが敵うとは思えないけれど」
「貴様……っ!」
挑発され激昂した一人の将官が、「アクト」に向かってくる。だが、それをラインザーの一人が止めた。その腕を掴んで、持っていたナイフでざっくりと切り裂くと、室内に将官の叫び声が響いた。
「そのくらいで痛がってちゃだめだよね。これからどんどん切り刻まれるよ。そうだな、我慢したら、その分下級兵を助けてあげる。まだ軍の考えに洗脳されてない子たちなら、これから育て直すことができるからね。……でも我慢できなかったら、そうだなあ、お前たちの子供を探しだして、その子から殺そうかな!」
将官たちの命と、下級兵たちの命が、秤にのせられる。自分の身を守るか、若者を生かすか、迫られる。傷ついた将官の顔は、恐怖に引き攣っている。そこへ「アクト」は追い討ちをかけるように言葉を重ねた。
「そうそう、首は斬らないでおいてあげてるんだからね。すぐ死んじゃうのはつまらないから。腕の次は、手首かな。それから背中、足。最後に腹を掻っ捌いてできあがりだけど、そこまで我慢できるかな?」
ラインザーの「殺害の手順」を、彼は熟知している。“あの方”と父から、このクローンたちの扱いは学んでいる。父の作ったこの兵隊を使って、将官たちに恐怖を与えることが、彼の役目だ。その役割は、しっかり果たされていた。
下手に動けば、自分も下級兵も死ぬ。将官たちはそんな極限の状態に置かれている。この状況で動ける者など、誰一人いない。
彼の言う、「骨のある者」を除いては。
「みなさん、ここにいましたのね」
事務室のドアが、外側から開かれた。廊下にもクローンを配置しているはずだが、彼女はそれを見事に潜り抜けてきたらしい。そもそも、この事務室以外にも将官がいたことに、「アクト」は驚いた。彼女の左胸に光るものは、間違いなく准将を示すバッジだ。
「へえ。将官って、みんなここに逃げ込んでいるものだと思ってた。よくここまで切り抜けてきたね?」
「……やっぱりあなたは、わたくしたちの仲間のアクトさんではありませんのね。それがわかれば、手加減せずに済みますわ」
若き天才准将の手には、レイピアと鉄扇。それだけではない。腿にはそれぞれナイフと短剣を装備し、腰には銃を提げている。彼女はこれら全てを使いこなすことができた。だからこそ、彼女はここにいる。この立場にある。
「将官も、下級兵たちも、殺させません。このメリテェア・リルリアが、あなたのお相手をして差し上げますわ」
「あっそ。……まあ、もう一人のアクトはいないみたいだし。あいつが来るまでの遊び相手にはちょうどいいかも」
「アクト」は銀のナイフの切っ先を、メリテェアに向けた。ラインザーたちが一斉に、その先が指し示すものを見た。

目当ての人物がいないことに、ボトマージュは不満を抱えていた。せっかく特別なクローンを用意してきたのに、闘わせたい相手が不在だとは。軍を制圧するには都合がいいが、それだけでは気が収まらない。
それならばと、もう一つの目標に目を向けた。この国を治めている人間を殺し、自分が頂点に立てたなら、どんなに素晴らしいだろう。かつて自分を南方司令部長に任命した男に、自分こそが国家の頂点にあるべきだと知らしめてやろう。
ボトマージュは大総統室を目指した。彼もかつてはこの国の軍人だった。場所はよく覚えている。廊下の真ん中を、とっておきのクローンを引き連れて歩いた。
将官たちは事務室に集められたらしい。揃ってそこに逃げ込んだところを、アクト・カッサスに閉じ込められているはずだ。下級兵たちは各部屋で震えているのだろう、姿を見せようとしない。時折蛮勇な者が飛び出してくるが、ボトマージュの抱える圧倒的な力を持つクローンの前には無力だった。ボトマージュ自身は、ただ指揮をしながら歩くだけでいい。
「……ここだ」
大総統執務室の大きな扉の前に立つ。ここに、この国のトップがいるはずだ。扉を無遠慮に開くと、はたして彼は、そこにいた。
「この非常事態に、のんびり構えていていいのか? アレックス・ダリアウェイド!」
自らの机を背に立っている彼を嘲笑うように、ボトマージュは言った。だが、大総統ダリアウェイドは少しも動じることなく、静かに告げた。
「部下に言われてね。『閣下はこの部屋から動かないように』と。……私は部下を信じた」
「その結果がこのざまだ! すでに軍は私たちに制圧されている。貴様にも逃げ場はない。私のクローンが、貴様を始末してくれる」
「……そうか。君は相変わらず、自分より下だと認識した人間を扱うのがうまいね。ヤークワイア・ボトマージュ」
ダリアウェイドは深く息をすると、腰の左に提げていた剣を、鞘から抜き取った。大総統になって以来、この剣を抜くことはめったになかった。いつも部下たちが、この国を守る精鋭たちが、彼の指示に従って動いてくれていたからだ。
その彼らが動けないというならば、自らが戦うしかない。この手で、一度は一司令部を任せた男に、引導を渡すしかない。
剣を抜いた大総統を見て、ボトマージュはにやりと笑った。連れているクローンは三体。どれもオレガノによって強化されている。大総統にだって、勝算はないはずだ。
「君に対して、責任をとろう。彼らと闘えばいいんだな?」
「貴様には勝てないだろうがな、ダリアウェイド。これらはクローンだが、ディア・ヴィオラセントの兄と姉、そして南方で死んだ少女だ。それが貴様に斬れるのか?」
「……ほう、死者を使うか。死んでもなおこのようなことに利用されるとは、可哀想に」
ダリアウェイドの目に憐れみを見て、ボトマージュは愉快だった。これでは彼に、クローンを斬ることはできまい。いや、斬らせない。これはそのための策なのだ。
「さあ、いけ。アフェッカー、ラヴィッシア、アスカ!」
大総統にその甘さを知らしめ、自分こそが頂点に立ってやる。あわよくば、“あの方”でさえも配下にしてやりたい。この国を、この手で、乗っ取ってやる。

アルベルトは自分の役割を果たすべく、ジューンリー班の人間を探していた。どうやら軍でも裏組織の調査をすべく作戦に出たらしいが、全員が外に出ているということはないだろう。情報担当が、必ず残っているはずだ。
そしてその人員こそが、アルベルトの求める人間だった。
昨夜、カスケードと話した後に、部屋のスピーカーから“あの方”が告げた。「時間を稼ごうと考えても無駄だ」と。
アルベルトが裏切れば、“あの方”が司令部を爆破する。ここに侵入した組織の者やクローンもろとも、全てを破壊することになっている。だがそれは、“あの方”がアルベルトの裏切りを確認することで実行される。時間を可能な限り稼げば、回避できるかもしれないと思っていた。
しかし、“あの方”はそれを見越したうえで、司令部爆破の手筈を整えていた。――もし何もしなくても、時間が経過すれば自動的にそれが作動し、爆発する。つまり必要以上に時間が経てば、結果は同じなのだ。そのことを知っているのは、今のところアルベルトだけのようだった。
裏組織の人間は、アルベルトさえ自分の仕事をやり遂げれば、司令部の爆破は防げると思っている。自分が死ななくて済むのだと、そう思いこんでいる。だからアクト・カッサスは将官たちで遊んでいるし、ボトマージュは大総統執務室へ向かったのだ。おかげでアルベルトに監視の目はない。“あの方”が既に監視室にいて、状況把握をしようとしていなければ、だが。
それでもすぐには爆破されることはないだろう。“あの方”は、自分まで巻き添えにするようなことはしないはずだ。時間にも、行動にも、まだ余裕があるとみていいだろう。
ラインザーのクローンがうろつく不快な廊下を歩いて、情報処理室に近づこうとしたところで、求める姿を見つけることができた。情報部隊も、事務室や情報処理室に籠っているわけにはいかなくなってしまったのだろう。クローンと必死で闘う、ツキとクレインがそこにいた。ツキはともかく、完全に事務方に徹していたクレインまでもがナイフを手にし、必死に抵抗している。
「クレイン、もうちょっと頑張れるか?」
「大丈夫よ。闘える人たちが帰ってくるまでは、私たちが頑張らなくちゃ……!」
ジューンリー班で事務方として残っているのは、彼らだけなのだろうか。彼らだけでもいい。特にクレインがいてくれることは、アルベルトにとって好都合だ。彼女には、重要な役割を負ってもらわなくてはならない。
アルベルトは銃を構え、情報処理室前の二人にまとわりつくラインザーたちの心臓を狙った。次々に撃ちぬいていくと、彼らはばたばたと倒れていった。その状況に驚く、ツキとクレインの表情が、はっきりと見えた。
「アルベルト少佐?! 戻ってきたのか!」
「助かったわ、ありがとう!」
こちらの姿を見止めるなり、彼らはそう言った。だが、アルベルトは銃を下ろさない。そのまま二人を見据え、首を横に振った。
「助けに来たわけじゃありません。単に、それが邪魔だったので撃っただけです。……僕は、あなたたちを殺さなければなりませんので」
「は?! 何を言ってるんだ?」
「本気なの、アルベルト少佐?!」
二人の表情が歪む。けれども、そんなはずはないと、まだ信じてくれている。敵についた自分のことを、まだ味方であるはずだと思ってくれている。だからこんなにも、縋るような顔をしているのだ。
ツキはきっと、情報処理室に控えていたクレインを助けに来たのだろう。本来は、外部情報取扱係として、役割を果たさなければならないはずだ。彼が外に行かず、ここに残っているということは、そういうことなのだろう。その想いを、アルベルトは砕かなければならない。二人をこの手で引き離さなければならない。
「二人とも、いいですか。この司令部は、時間が経つと爆発します。もうあなたたちに逃げ場はありません」
“あの方”から仕入れた情報を、銃口を向けながら語る。いつでも引き金を引ける準備をして、一歩一歩、二人に近づいていく。
「爆発、って」
「爆弾を探そうとしても無駄です。司令部施設内にいる時点で、爆弾の中にいるようなものだからです。これが作動する条件は二つ。一つは起爆時間が訪れること。もう一つは、僕が軍側につくこと。どちらかが満たされれば、全てが吹き飛びます」
どうか、この情報から察してほしい。自分の意図するところを、汲み取ってほしい。
「だから、僕はあなたたちと闘わなければなりません。外に出ているらしい他の人たちが帰ってきても、同じです。僕が僕の手で、あなたたちを始末しなければ、みんな死にます」
「そんな……」
彼らなら、それができるはずだ。それを確信しているからこそ、アルベルトはここに来た。
「ツキさん、僕と勝負です。……クレインさんはいつでも処分できますので」
「……そうか、そういうことか」
ツキが溜息を吐く。仕方がない、というように。クレインはそんなツキを見て、それから、アルベルトに言った。
「そうね、私はいつでも処分できるでしょうね。……ツキさんがあなたを留めていてくれることを祈るわ」
そうして彼女は、情報処理室に入っていった。ツキは、ナイフを構えてこちらに向かっている。それだけで十分だった。アルベルトの意図は、間違いなく彼らに伝わっている。
「それじゃ、あいつらが来るまで相手をするよ。アルベルト少佐」
「今の僕は少佐なんかじゃありません。そう呼ばれる資格なんか、ない」
タイムリミットがいつなのかはわからない。だが、クレインならそれまでに必ず突き止めてくれるはずだ。爆発物の正体と、それを止める方法を。
そしてツキとお互い本気で戦っていれば、“あの方”も手を出せない。ラインザーに対抗できる人員が戻ってくるまでは、こうしてしのぐしかない。

司令部に乗り込んだものの、カスケードはまだ自分の行動に迷っていた。実働の人間は外に出ているらしく、ニアの姿も見えない。多くの軍人の相手は、ラインザーたちや、カッサス親子、ボトマージュがしてくれている。そのことに、少しだけホッとしていた。
銃を手にしながら、司令部施設内を歩く。時折、悲鳴が響いた。こうしている間にも、誰かが傷つき、死んでいっているかもしれない。それを思うと、息が苦しくなった。
今のカスケードは、軍服を着て、軍支給の銃を持ち、見た目は軍人そのものだ。だが、この姿で軍人を殺さなければ、求める世界はやってこないと“あの方”が言う。
「アルが、時間を稼いでくれている。その間に、どうするか決めないと……」
軍のない平和な世界。それはたしかに理想の世界だ。だが、こんなやり方でそれが実現できるのか。こんなやり方が、自分にできるのか。カスケードの胸に一度湧いた疑念と恐怖は、晴れなかった。
組織を裏切るか。そんなことをしたら、“あの方”が何をするかわからない。最悪、全てが木端微塵だ。命令通り軍人を殺すしかないのだろうか。でも。
こうして施設内を歩く間も、まったく迷わない。記憶はないのに、どこに何があるのかが、考えずともわかった。以前、ビアンカを追ってここに来た時もそうだった。やはり五年前までの自分は、軍人で、ここにいたのだろうか。ニアの言った通りに。――まだ、何も思い出せないけれど。
だが、その名を呼ぶ者がいた。
「カスケードさん……?」
女の子の声だった。この声には、覚えがある。聞いたのは何か月か前だ。昔のことじゃない。
「……君は」
黒い髪と赤い瞳を持つ少女が、そこに立っていた。いつか山で野犬から助けてしまった、軍人の少女だ。
「どうして俺の名前を? 君も、俺の過去を知ってるのか?」
恐る恐る近づいてみる。彼女はそこから動かなかった。
「名前なら知ってます。あなたは、ニアさんの親友ですから」
その声で、殺さなければならない相手の名前を言う。彼女も、ニアの仲間なのだろうか。アルベルト曰く、自分を受け入れてくれるという、ニアの集めた「仲間」の一人なのだろうか。
「俺は、ニアの親友なんかじゃないよ。だって、あいつを殺さなくちゃいけないんだから。……親友って、そんなもんじゃないだろ」
「あなたには殺せません」
赤い目の少女は、弱々しいカスケードの言葉を、きっぱりと否定した。こちらを見るその眼は、不思議な輝きを持っている。じっと見つめていると、力が抜けてしまいそうだった。
「あなたは、私を助けてくれました。そんなあなたに、人を殺せるはずがないです」
そんなことはない。もう、一人殺してしまった。彼女はそれを知らないだけだ。知らないのに、どうしてこんなにはっきりとものが言えるんだ。
「違う、俺は……」
手が腰に提げた銃に触れる。彼女もニアの仲間なら、軍人なら、殺さなければならない。ここで一人殺してしまえば、吹っ切れるかもしれない。
カスケードは、銃のグリップを、しっかりと握った。



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posted by 外都ユウマ at 18:15| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする

2014年02月15日

Reverse508 第二十二話

夜がやってきた。ハルが過ごした留置所での夜も、こんなに寂しいものだったのだろうか。ニアは硬い寝床に体を横たえ、かつて同じ状況にあった仲間を思っていた。
眠れる気はしなかった。こういうときは、いつもならハーブティーを淹れたり、入眠剤を服用したりするのだが、今はどちらもなかった。せめて薬だけでも持ってきてもらえばよかった。
長い一日に疲れているのに、休むことができない。これは目に響くな、と自分でわかる。
きっと明日も、クライスが来てくれるだろう。今日頼んだ調査の結果が出ているかはわからないが、将官たちの目をすり抜けてここへ来られるのは、きっと彼しかいない。その時に必要なものを持ってきてくれるといいのだが……こんな状況で、高望みはできない。
かすむ目を閉じると、瞼の裏に親友の姿が見える。ニアを「敵だ」と言ったときの、あの切なげな表情が。それを思い出すたびに胸が痛んで、やはり目を開けてしまう。
こんな日が、あとどれだけ続くのだろう。
そのとき、こちらへやってくる足音を、耳が捉えた。あの歩き方は、よく知っているものだ。ニアは体を起こし、牢の前に立ったその人物を見た。
「モンテスキューさん。どうかしましたか?」
「仲間の方から、連絡がありましたよ。ディア・ヴィオラセント中佐がこちらに戻ったそうです」
「ディアが?! 状態はどうですか? 無事で戻りましたか?」
ようやく届いた報せは、しかし、あまり良いものではなかった。モンテスキューが知る限りでは、ディアは全身を刺されるという大怪我を負っているという。しかし本人は意識があるようだ。ノーザリア危機のときのように、長く昏倒しているという事態には至っていないらしい。
「意識があるなら、まだいいか……。明日には、きっと仲間が詳細を教えてくれますね」
「そう思いますよ。取り急ぎこれだけ伝えるようにと、キルアウェート曹長が私宛に電話をくれたんです。……本当にあなたは、仲間に恵まれている。ここからもすぐに出られるでしょう」
モンテスキューはそう言って微笑む。彼もまた、ニアにとっての大切な仲間だ。こんなにも協力してくれる人を、そう呼べないはずがない。
「ありがとうございます。……これで、全員の様子がわかりました。アルベルトさえ無事でいてくれればな……」
不安が消えたわけではない。敵方にいるアルベルトのことも、ディアやアクト、ブラックの負った怪我の程度や出会った敵のことも、まだニアにはわからないことが多くある。
本当は、その場にいてすぐに対応できればいいのだが。それが心底悔まれる。


蛍光灯の明かりが消えれば、ここは真っ暗になる。陽の光も入らない地下なのだから、当然だ。こんな場所に長時間いれば、誰でも狂ってしまうかもしれないなと、アルベルトは思った。
カスケードと話をした後、この地下施設を可能な限り物色してみた。しかし、何か医療的な器具や、何に使うのかわからない道具などが見つかっただけで、大した成果は得られなかった。
きっと、こうしてこの場所を探っていることも、“あの方”とやらにはお見通しなのだろう。だが、自分ならある程度は自由に動き回れると、アルベルトには確信があった。何か利用価値があると判断されたからこそ、こうしてこの場所に連れてこられたはずなのだから。
ここは首都の地下だ。場所を知らせることも、脱出して司令部に戻ることも、可能なはずだ。司令部にいるはずの、スパイさえいなければ。その人物を軍で抑えることができれば、アルベルトはすぐにでもあるべき場所に帰ることができる。もちろん留置所に入れられているというニアも、ここで記憶を失い途方に暮れているカスケードも。
「スパイはきっと、司令部にいるみんなが見つけてくれる。僕は“あの方”の正体を探り、カスケードさんを連れ出す。そうすれば全てうまくいくのに……」
そう考えて、アルベルトは苦笑する。西方司令部にいた頃は自分一人でなんでも解決しようとしてきたのが、今になって「仲間」を頼るようになった。新しい居場所で、そこにいる人々が、アルベルトを変えたのだ。変わることができたのだ。
変わってしまったからこそ、今、ここにいるわけだが。我ながら呆れるが、そう悪い気もしない。
そうして硬い寝具の上に寝転んでいるところへ、ノックの音が響いた。突然入ってくるようなことがないのだから、それなりの礼儀をわきまえている人間だろう。ノックもなしにカスケードの部屋に入った、自分とは違って。
「はい、何か」
アルベルトが戸を開けると、そこには中年から初老ほどと思われる男が立っていた。頬がこけ、疲れた目をしている。
「アルベルト・リーガルだね。僕はオレガノという。この施設で研究をしている者だ」
彼がラインザーのクローンを作ったという人物だろう。アルベルトはオレガノを部屋に招き入れ、備え付けの椅子を勧めた。自分はベッドの上に座り、彼に尋ねた。
「僕に何か用事が?」
「西方から帰ってきたばかりだからね、君には挨拶をひとことしておこうと思ったんだ。これから研究に協力してもらうことになるだろうしね」
「研究? 僕には何の知識もありませんよ」
怪訝な顔をするアルベルトに、しかしオレガノは坦々と告げた。
「君に求めるのは今現在の知識ではない。その頭脳と血筋。ラインザー・ヘルゲインから受け継いだものを、ここで利用させてもらいたい。ラインザーのクローンを、さらに優秀な兵士にするために」
アルベルトはあからさまに顔をしかめてみせた。ラインザーの息子として扱われることも、それを利用すると何の躊躇もなく言われたことも、ラインザーを兵士にするということも、全てが気に食わなかった。
「ラインザーを兵士に、ということは、あれで軍を襲う気ですか」
「そうなるね。大量生産したラインザーを中央司令部に送り込む。それでも倒れない可能性のある厄介な連中を、僕たちの手で先に始末しておく。これが“あの方”の考えなんだ」
とんでもないことを、この男は平然と言ってのける。その表情は全く変わらない。暗い目をして、感情のない、まるで人形のような男だ。
「軍をそうして殲滅させ、あなた方はいったい何を目指しているんですか?」
「“あの方”は恒久の平和を目指すと言っていた。軍がこの国を支配していては、それは成り立たないと。軍を無くし、生きていても害のない人間を選別し、彼らをクローン化して不死にする。それこそが“あの方”の望む世界だ」
「クローン化? 不死? ……僕には理解できませんが」
「自らのクローンに記憶を継承させて作り続けていけば、彼らは死ぬことがない。死んだとしても代わりの自分が生きていてくれる。そうして人々が生き続ける、恒久の平和を、“あの方”は創りだそうとしている……ということだ」
アーシャルコーポレーション事件の際に、クローンに記憶を継承させることが可能になっているということがわかっている。それを代々続けていけば、たしかに長い年月の記憶を持ったクローンがいずれできあがるだろう。それはその間、不死であったことに等しくなる。
「そんなことに、何の意味があるんですか。そのクローンには何年分もの記憶が蓄積されますが、元となる者は結局死にますよ。それに、人間を選別するのは誰ですか? それも“あの方”が? 結局は“あの方”に都合のいい世界を作ろうとしているだけじゃないですか。そんなことは馬鹿げている」
「馬鹿げていても、僕はその世界に希望を持った。実際に、僕は愛する人のクローンをつくり、もとの彼女が死してからも愛し続けた。そしてその間に子供ももうけた。それは幸せなことだったよ」
オレガノの言葉と表情は、まるで一致していない。希望も、幸せも、そこからは見出すことができない。ただ自分に「これは幸せなことなのだ」と言い聞かせているだけにすぎない。アルベルトには、そう見える。
そんな見せかけの「平和」や「幸福」のためだけに、カスケードやオレガノたちは利用されているというのか。そんなことのために、軍の人間は殺されようとしているのか。
「そんなおかしなことに、どうして僕が巻き込まれる必要が?」
「君がラインザー・ヘルゲインの実子だからじゃないかな。もしもあれを完全なクローンにできて、善良な性格を植え付けたのなら、君たちは理想の親子関係をやり直せるかもしれない。そんな世界を作れるかもしれないよ」
「無理ですね。僕にはラインザーが殺人犯であり、弟の母を、多くの罪なき人を殺してきたという認識しかない。起こってしまった事実を捻じ曲げることなどできやしません」
やはり、彼らの理念には賛同しかねる。“あの方”のいいように操られているだけだ。そして彼らは、それをわかっている。わかっていて、けれども他にどうしようもないとかたくなになっているから、馬鹿げたことを繰り返しているのだ。
あなたたちは間違っている、とアルベルトが言いかけたときだった。再び部屋の戸が鳴り、開かれた。
「父さん、ここにいるの?」
覗いたのは、アルベルトのよく知る顔だった。金髪に、女性と見紛うかと思うほど美しい顔。
「アクト君?!」
「彼は僕の息子のアクトだよ」
オレガノはそう言って、椅子から立った。どうやら彼は、アルベルトの知るアクトとは別人のようだ。キメラ襲撃の際に司令部に現れた人物だろう。本当に、よく似ていた。
「……待ってください。あなたの愛した、死した人というのは、アクト・ロストート君のお母さんのことですか? もしかしてあなたが、アクト君を呼び出したんですか?」
オレガノは答えなかった。無言で、アルベルトの部屋を出ていった。
軍にいるアクトは無事なのだろうか。ディアは? ブラックは助かったのだろうか? アルベルトの心に、不安の波が急激に押し寄せてきた。


エルニーニャに戻ってきたディアを迎えたのは、クリスとメリテェア、そしてアクトだった。今度はちゃんと迎えてくれたな、とディアは安心した。怪我をしたというから心配だったが、動けるのならば大丈夫だ。
「なんとか戻ったぜ。傷が裂けて痛ぇけど」
そう言って笑ってみせると、迎えてくれた三人は呆れたように息を吐いた。
メリテェアはディアとともに来たノーザリア軍大将と話を始めた。その間に、ディアは現状を把握しようと、クリスとアクトに確認をとる。
「で、ニアは? ツキからはアクトが怪我したってことと、ニアが捕まったっていうわけのわかんねぇ話だけ聞いてるんだが」
「その通りですよ。アクトさんは全身打撲を負って帰還し、ニアさんは留置所にいます」
「おれは平気だけど、ニアさんがね……どうやって助けたらいいか、今検討中。本物のスパイをあげるのが手っ取り早いんだろうけど、手掛かりがなくて」
アクトが溜息を吐いたところで、ディアは何かを考えるそぶりを見せた。それから、アクトの顔をじっと眺めた。
「……何」
「約束。俺が帰ってきたら何て言うんだっけ?」
「ああ、『愛してる』? そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
「うん、本物だな。打撲の程度はどれくらいだ? 傷は残るのか?」
自分が全身包帯だらけだというのに、ディアはアクトのことばかり気にしている。もう一度息を吐いて、アクトはディアの背中を叩いた。
「痛ぇ! おい、傷口開くからやめろ」
「そんな状態なのに人の心配? まったく、ばかだなお前は。さっさとその傷塞いで、ニアさん救出作戦に入るよ」
そんな二人のやり取りを、クリスは呆れたような笑みを浮かべて見ていた。
場所を司令部の医務室に移し、わざわざディアのために待機していてくれたラディアが、その傷を塞いでいる間に、状況の説明が行われた。
ブラックが怪我を負い、アルベルトが敵方へ行ったこと。アクトが自分にそっくりな人物に襲われたということ、そして。
「俺はボトマージュに会った。野郎、やっぱり脱獄していやがった。しかも俺の兄貴と姉貴のクローンを使って、俺を攻撃させた」
ディアをノーザリアに誘き出したのはボトマージュだった。彼はディアの兄と姉のクローンを用いて、ディアに重傷を負わせた。その際、クローンについての資料を置いていったという。
その資料には、記憶継承クローンに関する事柄が詳細に記されていた。これが本物ならば、これまでのクローン研究について知ることができる。
血で汚れた上にくしゃくしゃに丸められてしまった資料を、クリスは眉を寄せながら読んだ。
「十四年前にはすでに記憶継承クローンの第一号、第二号が作られていたのですね。そしてそれが、ディアさんのお兄さんとお姉さん。……これはアーシャルコーポレーション社長から、再度話を聞かなければなりませんね。いつ、どうやって、記憶継承クローンの作製方法を知ったのか。これは裏の中枢に近づくヒントであり、ボトマージュが所持していたということは、今回の件に大きく関わってきます」
「黒幕がわかるかもしれないってことだね。でも、たしかレスター・マクラミーには大佐以上の人間しか会えないんじゃなかった?」
「問題ありませんわ。わたくしがお話を伺ってまいります」
ノーザリア軍大将を見送ってきたのか、メリテェアが医務室に入ってきた。ニアがいない今、レスターから話を聞くことができるのは彼女だけだった。
「頼むぜ、メリテェア。黒幕さえわかれば、スパイもわかるし、ニアも助かる」
「ただ、アーシャルコーポレーションはすでに『調べつくした』という結論が出ていますから、黒幕まで辿り着けるかどうかは難しいところですわ。あまり期待はできませんわね」
そう、レスターからの事情聴取は終わったことになっている。彼も全てを話しつくしているはずだ。これ以上何かが出てくることはなさそうだった。
「私も調査には参加しましたけど、アーシャルコーポレーションでのクローン研究は、核兵器などよりも優先順位は低く、片手間にやっている状態だったようですよ」
「ラディアが言うならそうなんだろうな。でも、技術をアーシャルコーポレーションに伝えるほどのやつが黒幕らしいことはわかった。こいつをどうにかすれば、裏は大きな支えを失うことになる」
例の組織の中枢にいるのは、“あの方”と呼ばれる謎の人物と、こちらに入り込んでいるスパイ。そしてボトマージュ、イリー、カッサス親子、カスケード。現在はそこに、アルベルトも加えられている。軍を潰される前に、彼らの本拠地を見つけ、叩いてしまいたい。だが、そのヒントは今のところなかった。
「……はい、ディアさんの傷は一応、全部塞ぎました。でも暴れすぎたらまたすぐ開くので、気をつけてくださいね。私の力ではこれが精一杯です」
「ありがとな、ラディア。……さて、ボトマージュについてだが、もう一つ厄介な問題がある。奴は南方殲滅事件被害者のクローンを、自分の兵隊に加えようとしている。俺が殺しちまった、アスカ・クレイダーをな」
「アスカちゃん?! そんなの、どうやって……」
「さあな。ただ、あの事件は今回の件とつながっていることがわかった。あれはただ邪魔な村を潰したかっただけじゃねぇ。軍を潰すための兵隊を作るために仕組まれたことだったんだ。ついでに軍の評判も落とせるって寸法だ。最悪だぜ」
全てはもっと以前から始まっていたのだ。そうでなければ、軍を潰すなどといった大掛かりなことはできまい。いや、記憶を失ったカスケードを引き入れていたことを考えると、五年前から。さらにいえば、記憶継承クローンを作り始めた十四年前から。裏社会の一組織による軍殲滅計画は、進行し続けていたのだ。
「根本は、もっと深いところにあるようですわね。ますます黒幕の正体が求められてきましたわ。他にも関連する事件があるかもしれません。調べてみましょう」
しかし、過去の事件をさらうには膨大な時間と労力が必要だ。ニアが捕まっているという非常事態の中、それを進められるだろうか。手分けをして、優先順位を決め、行動しなければならない。
まずはニアを救うことが先決だ。いつまでも留置所にいさせるわけにはいかない。将官たちから情報を引き出しにくいのなら、他の方法で彼の疑いを晴らすしかない。スパイそのものを捕まえることができれば、一番良いのだが。
「ディア中佐、おかえり!」
そのタイミングでやってきたのは、クライスだった。その後ろにはクレインも控えている。二人とも、何かの書類を抱えていた。
「おう、ただいま。……どうしたんだ、そんなに急いで」
「やっと確証が得られたんだ! 軍に入りこんだ真のスパイ、捕まえられるぜ!」
驚愕する一同に、クライスとクレインはその資料を差し出した。それは、ある人物の個人データだ。プロフィールだけでなく、これまでに彼が扱った事件や、そのときの行動まで詳細に記録されている。
その人物は、裏社会に関連する事件で階級を上げてきた。これまでキメラに関わったことは、先日の一件を除いて一切なかった。
大総統や大将階級に代わり、多くの事件の指揮を執ってきた。アーシャルコーポレーション捜査の際も、彼が「調べつくしたからもういいだろう」と打ち切りの合図を出した。そして、アーシャルコーポレーションが使っていたという裏の施設を、全て完全に封鎖した。軍人も足を踏み入れることのないように。
「あれだけの巨大生物、まあキメラとしておこうか。それを用意するには巨大な施設が必要って話はあったよな。それができそうな施設を、アーシャルコーポレーションは持っていた。だが、そこへの立ち入りは現在、こいつの指示によって一切許可されていない!」
「そこを秘密裏に利用できるとしたら、全てがうまく運ぶわ。軍が立ち入れない場所を、軍が作る。軍の情報を、軍人が流す。邪魔な軍人を、軍が片付ける。彼がスパイなら可能よ」
ここにいる誰もが、その顔を見たことがあった。彼は第三休憩室の監視に来ている。笑顔で茶を飲んでいる。――それは全て、自分から疑いを逸らすための演技。
「ニア大佐の顔見知りで、けれどもニア大佐をスパイだと自ら断定した人物。最初からそうするつもりだったのなら、当然行動も早い。スパイは、その中将だ!」
クライスとクレインが、二人がかりで調べ上げた結果だった。ニアの見立ては、おそらく正しい。あとは彼を問い詰め、追い詰めて、全てを暴くだけだ。

翌朝、ニアのもとに届いた一報は、予想通りのものだった。
「あの中将にキメラが断定できることは、たぶんない。本当にキメラ事件には一切かかわったことがなかったんだ。ニア大佐の耳がたしかなら、中将がスパイで間違いない」
クライスの報告に、ニアは頷く。
「彼、僕には白状したよ。どうせ僕の言うことなんか誰も聞かない、信じないって思ってね。でもやっぱり、僕には最高の仲間がいる。ありがとう、クライス。みんなにもそう伝えておいて」
ニアの目はしっかり見えていた。クライスが薬を持ってきてくれたおかげもあったが、なにより真実にたどりつけそうだという希望が見えていたのだ。
メリテェアが大総統に進言し、アーシャルコーポレーション社長と彼が所有していた研究施設の再調査を求めるという。これには社長の実の娘であるリアも協力すると言っている。だが、おそらくは多くの将官を味方につけなければ難しいだろう。それまでに、裏の軍への侵攻計画は着々と進んでいるはずなのだ。
ディアが帰ってきたということは、おそらく、彼と会っていたというボトマージュも組織に戻ってきている。中枢の人間は集まりつつある。いつでも軍へ攻撃をしかけられるよう、準備を進めている。
「チャンスは、僕がスパイだとされて、軍内の監視が甘くなっている今だ。敵は近いうちに仕掛けてくるはず」
「その前にニア大佐をここから出せればいいんだけどな」
あとは時間との勝負だ。裏が動くのが先か、こちらが裏を追い詰めるのが先か。
いずれにせよ、タイムリミットは近かった。

メリテェアはクライスとともに同じ場所へ来ていた。クライスは留置所へ、メリテェアは刑務所へ。当然彼女の目的は、アーシャルコーポレーション社長レスター・マクラミー。
「以前お話しいただきましたが、大規模な研究施設はいくつ、どこに、存在していますの?」
「一つは会社地下にある。もう一つは南区画の住宅地下。あと一つは、東区画の地下にある」
「その三つですね。……現在は全て軍によって封鎖されておりますわ。そのいずれも、大型キメラや多数のクローンを貯蔵できるほどの規模がおありですのね?」
「ああ、いずれも研究員が常駐できるように居住施設を整えて、どんな研究もできるよう広いスペースをとってある。機材を持ち込めば、何だってできるよ」
調査対象となる場所は三つ。しかし、三つ全てを調査するのは困難だ。全て調査できるよう、封鎖を解除してもらうには、酷く面倒な手続きが必要だ。
それも、少将以上の人間によって。
「……やはり閣下に直談判しかなさそうですわね」
わざわざレスターに会いに来たのには、二つの理由がある。一つは、軍にある資料がすでに改ざんされている可能性があるということ。もう一つは、軍内の資料を調べることでこちらの動きを将官たちに知られることを防ぐこと。
刑務所に直接来て話を聞くのなら、モンテスキュー氏という味方のガードを得ることができる。それに、社長本人の話なら確実だ。
先のキメラ襲撃が近隣住民に知られず行える場所ということを考えると、拠点である可能性が高いのは東区画地下になる。だが、出入り口はいくつも存在するとレスターが証言しているため、やはり全てをあたらなければ確証が得られない。
もちろんのこと、出入り口も軍が封鎖しているということになっている。
やはり、トップの特別な許可を得るしかない。だが、下手をすれば大総統をその立場から引き摺り下ろすことにもなりかねない。彼がどこまで協力できるかは、重要なカギだった。そのために、今、クリスに動いてもらっている。
施設についてはわかった。メリテェアにはもう一つ、レスターに確かめなくてはならないことがある。
「次に、あなたが過去に用意した記憶継承クローンについてです。こちらの製造は、アーシャルコーポレーションで行なっていたのですわね?」
「そうだ、我が社でつくった。けれども製造方法は、裏社会にいた人間から教わったものだ。十年ほど前に、記憶継承クローンの製造方法を売り込んできたんだ」
「どんな方か、憶えてらっしゃいます?」
「顔を隠していたが、声からして五、六十歳の女性だったと思う。裏の界隈では天才科学者として有名だった人だが、名前も素性も謎だった」
「裏の、天才科学者……」
裏で有名だったのなら、軍にそれらしい記録が残っているかもしれない。過去の記録に、関わっていそうな事件はないだろうか。
「ご協力ありがとうございました、マクラミーさん。お元気でしたと、娘さんにお伝えいたしますわ」
これで確認はとれた。あとは、仲間に頼ろう。それぞれに適した仕事をして、真実により近づこう。
仲間の方は、うまくやっているだろうか。

クリスはクライスからの連絡を受けた上で、例の中将のもとへ向かっていた。彼は今日、事務室で仕事をしているはずだ。何食わぬ顔で、軍の一員であるというふりをして。
「……さてと。事務室にはたくさんの将官がいらっしゃるようですね。……成功すれば味方が増えてめでたしめでたし。失敗すればボクの首がとぶ上に、ニアさんの刑が確定してしまう恐れがある。そんな危険なことに、君たちまでついてきていいのですか?」
振り返れば、そこにはグレンにカイ、アーレイドとハルの姿もある。
「だって、中将はニアさんに白状したんでしょ? 完璧に真っ黒なんですから、恐れるに足らず、ですよ」
「大将級の方々に証言を認めてもらえばいいんですよね。それくらいなら余裕です」
正直言って、強がりだ。勝算はほとんどないに等しい。結局自分たちは、ニアの部下なのだから。ニアに命じられてやってることだろうと言われ、この部屋を追い出されれば、それまでだ。
だが、命じられたわけではない。この軍を守るために、ひいては国を守るために、これから戦うのだ。それが軍人としての務めだろう。
「では、行きますよ。しっかりついてきてくださいね」
「はい!」
クリスが扉を開く。向こう側の御大層な肩書を持った面々は、一斉にこちらへ注目した。佐官風情が、しかも中佐が、この将官たちのために用意された聖域に立ち入ることは、本来ならば許されない。
「みなさんにお話があります」
ここにいる全員に、中将の罪を認めさせ、ニアの無実を知ってもらう。――何のために人間に口があると思っているんだ。何のために言葉があると思っているんだ。「説くため」以外に何がある。
「エイゼル中佐、何事だ。ここは佐官のための部屋ではないぞ」
「尉官に、軍曹まで連れて……見学かね? そんな許可は出していないぞ」
なるほど、偉そうな面子がそろっている。自分の階級に胡坐をかいて、好き勝手にしていそうな連中だ。これは説き伏せ甲斐がある。
クリスは笑みを浮かべて、最初の一言を発した。
「我らが軍に、裏社会へ情報を流している人物がいます。その告発をしに来ました」
室内がざわめく。「何を言っているんだ」「まだそんなことを言っているのか」といった言葉の中に、彼の声が響いた。
「その件なら終わっただろう。ニア・ジューンリーがスパイだった、ということで決着がついている」
あの中将の声だった。やはり彼はうかつだ。クリスはその言葉を待っていたのだ。
「おや、ボクはジューンリー大佐の件など、今ひとことも口にしてはいませんでしたよ。なぜ突然そこに話が及ぶのですか。なぜ別件という可能性を考えないのですか。軍人たるもの、あらゆる可能性を考慮しなければならないでしょう」
「……俺自身が担当したことだから、つい出てしまっただけだ。それともお前は、まだスパイがいるとでも?」
中将は落ち着き払っている、ふりをしている。内心は「しまった」と思っているはずだ。その証拠に、額に汗の玉が一つ。今日はこんなに寒いのに。
「いますよ。今からその可能性を提示します」
あとはベルドルード兄妹が調べ上げてくれた内容と、先のキメラ襲撃事件の際の中将の行動について話すのみだ。ただし、中将の名は出さずに、常に「ある人物」という言葉を使う。これに食いつけば、先ほどと同じだ。「あなたのことだなんて言っていませんよ」と言えばいい。
導入で慎重になったであろう彼が簡単にしっぽを出してくれるとは思っていない。だが、クリスはとうとうと語り続けた。ある一人の軍人の経歴と、その疑わしさについて。ああ、ほら、今にも本人が叫び出しそうだ。
「……将官ならば、それも少将以上の人間になら、情報を流すことは可能です。なにしろ軍の機密のほとんどを知り得ているのですから」
食いついてこい。本人じゃなくてもいい。将官にこそスパイの可能性があるのだと、認識されればこっちのものだ。
「だが、それなら大総統閣下と頻繁に会っていたジューンリー大佐にも可能ではないのか?」
「将官を疑うのもいい加減にしたまえ」
全てをニアに押し付けたい連中には、都合の悪い話だろう。だからこそ、こちらが出していないニアの話を出してくる。
「ですから、今はジューンリー大佐の話はしていません。それともあなた方には、どうしても彼がスパイでなければ困る理由でもおありで?」
口の減らない奴だ、という言葉が聞こえた。最上の褒め言葉だ。このまま押して、証言を引き出してやる。切り札は最後まで出さずに、とっておいて。
「お前たちはジューンリーの部下だったからな。彼を庇いたい気持ちはわかるが、現に彼がインフェリアと会っているんだ。彼がつながっていたのは明らかだろう」
どうしてもニアに罪をきせたい中将が言う。言ってしまった。
「どうして会っていたと言えるんです?」
「それは見回りの者が、ジューンリーの部屋の窓から出てくるインフェリアを見ているからだ。目撃者がいるんだ、あいつがスパイなのは明らかだろう!」
「目撃者? 果たして彼らは信用できるのですか? だって、監視カメラには何も映っていないんですよ?」
そう、該当時間のものとされているカメラ映像には何も映っていない。窓から逃げたはずのカスケードはおろか、見回りに出ていたはずの軍の人間すらも。なぜそんな映像が用意されていたのか。
「それは、ジューンリーが用意したんじゃないか? 自分から疑いを逸らすために」
「つじつまが合いませんね。それならインフェリアには会っていないと言い張ればいいじゃないですか。彼はこれについてはすぐに認めました。ではなぜこんなテープが存在しているのか、全く意味が分かりません。……ところで」
これこそが切り札だ。ベルドルード兄妹が調べたのは中将の経歴、行動の全てだ。彼らの武器は情報収集能力。これは誰にも負けない。
「ジューンリー大佐がインフェリアと会っていたとされる晩、見回りの時間をずらすように指示をされた将官の方がいらっしゃいますね。また、監視カメラの時間表示を非表示にするようにも指示されていたようです。監視室には人を置かず、見回りのみに専念するように。そう仰った方がいらっしゃいますよね」
たとえ言われた本人たちが口外しなくとも、誰かが話せば他の誰かが聞いているものだ。調査に当たった二人は、それらも全てさらった。だからこそ時間がかかった。本人たちに裏をとるところまで、根気でやってのけたのだ。
「裏組織の行動を知っていなければできない指示ですね。もちろんこれはジューンリー大佐の指示ではありません。監視関係の指示は将官から下されています。そしてそれを指示したのは、あなたですよね?」
どうせニアを捕まえてしまえば注目されない事実だと思って、油断していたのだろう。甘すぎる。ニアには強力な味方がいることを、彼は第三休憩室の様子を見ていたにもかかわらず理解していなかった。
彼のためならなんでもやろうとする、仲間たちがいる。そのことを見過ごしていた中将の負けだった。
「そんなのでっち上げだ! お前たちが、ジューンリーを庇おうとして」
「いや、これだけの証言があるのはやはり疑わしい」
「ジューンリーの疑いが晴れたわけではないが、君も十分不安要素だよ」
将官たちからもさすがに疑いの声が上がり始めた。その後押しをするように、グレンたちが資料を配り始める。証言者たちの実名入りのまとめだ。
顔を蒼くする中将に、クリスはにこりと微笑み、告げた。
「あなたはニア・ジューンリーを甘く見すぎましたよ。彼はあなたの知っている子供軍人ではない。仲間を立派にまとめ上げ、信頼を得ている、一大佐です」

メリテェアが大総統のもとに来た頃には、すでにクリスが将官という城壁を崩した後だった。おかげで随分とやりやすくなった。
「閉鎖指示を出した中将に疑いがかかっている以上、アーシャルコーポレーションの施設も再度調べる必要がありますわ。彼が裏組織の活動を手伝っている可能性を考え、この三施設を再調査する許可をお願いいたします」
中将はすでに留置所に送られている。何よりも自らの身を案じた将官たちの判断だった。この真っ先に自分の身を守ろうとする体質が良くないのだが、今回ばかりはそれに助けられた。
大総統ダリアウェイドは、深く頷いた。
「怪しまれるならば調べなければならないな。潔白なら潔白、悪ならば相応の処分を。それができなければ、軍がある意味がない」
「では、許可をいただけますね?」
「将官たちも納得している。許可しよう。……それと、ジューンリー大佐を解放しなければな。彼がいなければ、インフェリア奪還も難しいのだろう?」
「はい! リーガル少佐も人質となっておりますわ。彼を助けるためにも、ジューンリー班での行動を許可してください!」
「当然だ。……信じてもらえないかもしれないが、初めから私は、ジューンリー大佐を信じていたよ。彼を中央に呼んだのは私なのだから」
これまで申し訳なかったな、という大総統に、メリテェアは首を横に振った。
「初めからあなたはそう仰っていたではないですか。わたくしは、閣下は誰よりも彼を理解していることと思っていましたわ」
あれだけ長い間、協力してやってきたのだ。信じていないはずがない。立場というしがらみのなくなった今、大総統は堂々とその力を振うことができた。

大総統の一声が、中央留置所に届いた。それを受け取ったモンテスキューは、笑顔でニアのところへやってきた。
「ジューンリーさん、やりましたよ! 大総統閣下から、あなたを解放せよとの命が下りました! それから、あなたを捕まえたという中将の方が、これからここにやってきます。しばらくこちらで身柄を預かりますよ」
「本当に?! ……そうか、みんな、やってくれたんだ!」
ニアが信じていた通り、仲間たちは情報を集め、中将を追い詰めたのだろう。将官たちの心を動かしてくれたのだ。そうして、ついにここまで辿り着いた。また、みんなのところへ戻れる。そして、カスケードに会える。
ニアは牢を出た。だが、休んでいる暇はない。
そのまま軍人寮へ戻ると、薬を水なしで飲み込み、眼鏡をかけ、髪を結いなおした。エルニーニャ王国軍の軍服を羽織り、胸には大佐を示すバッジと国章が輝く。
その姿で司令部へ赴き、指揮を任された件は、旧アーシャルコーポレーション三施設の捜査。メリテェアが直談判してくれたおかげで、大総統から命が下った。
第三会議室に、アルベルト以外のメンバーが集結する。ニアは彼らの前に立つ。久しぶりに見た面々は、これから取り組むものに対しての闘志を燃やしていた。
「目的は人質となっているリーガル少佐の奪還と、記憶喪失となっているカスケード・インフェリアの保護。もちろん脱獄したボトマージュら裏組織の人員の捕獲もね」
ジューンリー班が再び指導する。欠けた人員を、捜し求めていた彼を、取り戻すために。


海だ、と思った。行った記憶はないのに、たしかにそれが海だとわかった。
足元で砕ける波に遊びながら、緑色の髪を風に流して笑う彼がいる。
――カスケード。海と森とは、繋がってるんだよね。
名前を呼ぶ声は、柔らかく、懐かしい。長いことそばにあってくれたものだ。どうして忘れてしまったんだろう。幼い頃から、ずっと一緒だったのに。
「……ニア?」
そう言った、自分の声で目が覚めてしまった。どんな夢を見ていたのか、その瞬間に忘れた。
なぜ忘れてしまうのだろう。とても大切なことだったはずだ。何よりも大切で、守りたかったはずだった。
「ニアと、何かあったはずなのに。……何だっけ」
もう少しで、何かを思い出せそうなのに。
これまで思い出そうとしなかったことを、カスケードは考えるようになっていた。アルベルトの言葉が、どうしても気になっていたから。
――あなたは早く思い出すべきですよ。
五年前、ビアンカに会う以前のことは、何も憶えていない。思い出さなくていいと言われていた。だから、思い出そうとしなかった。
けれどもアルベルトは思い出すべきだという。ニアと親友だったという、記憶をなくす以前のことを。
あの声を聴いて嬉しかったのは、そういうことだったのか。でも、記憶が戻らない。記憶が戻ってしまったら、自分は軍人になってしまうのではないかという思いが、記憶を戻すのを邪魔する。まだ、カスケードの中では、軍は悪だった。この五年、そう刷り込まれてきたことは、なかなか消えない。
「あ、でも……軍人じゃなくてもいいんだっけ。ニアは、俺のために帰る場所を作ったって……」
それはいったい、どんな場所なのだろう。こんな地下じゃなく、明るくて楽しい場所なのだろうか。受け入れてくれる人たちを集めてくれたと、アルベルトが言っていた。こんな、人を殺してしまったような人間でも、迎えてくれるのだろうか。
その経験があるアルベルトを含むのだから、きっとそうなのだろう。
――あなたが帰って来さえすれば、あの人は喜びますよ。
本当にそうだろうか。「敵同士だ」と言ってしまったのに。
――ここから抜け出そうと思えば抜け出すことができるんですから……。
けれども、その先はどうすればいい? 本当に、居場所はあるのか? 記憶をなくした自分が、生きられるような場所は。罪を犯してしまった自分を、受け入れてくれる場所は。
「カスケードさん、起きていますか?」
部屋の戸を叩く音で、我に返った。急いで扉を開けると、そこにアルベルトが立っていた。
「アル、どうした?」
「“あの方”が会議室に集合するようにと。……気付かなかったんですか?」
全く気付かなかった。それほどまでに考え込んだ日が、五年前のあの日以来あっただろうか。カスケードはアルベルトとともに、慌てて会議室へ向かった。
会議室のスピーカーの周りには、すでに全員が集合していた。死んだイリー以外は。
「カスケード、遅いぞ。待たせるんじゃない」
ボトマージュが苛ついた様子で言った。「ごめん」とだけ言って、カスケードもスピーカーを囲む。
『全員揃ったな』
いつものスピーカーの声が告げる。加工しているのか、性別や年齢はわからない。ここにいる誰も、声の主に会ったことはなく、素性も知らない。
『かねてより軍に潜入させていた者が捕まった。こうなってしまったら、もう突撃するしかないな』
アルベルトの表情が変わった。どこか、希望を持っているような顔だ。カスケードは首をかしげながら、再びスピーカーの声に耳を傾けた。
『軍に潜入する。明日だ』
「明日?」
急な話に、その場の人間が顔をしかめる。だが、スピーカーの声はかまわず続けた。
『明日しかない。すぐに軍がここに入ってくる。それが軍に潜入していた者からの、最後の連絡だった』
「……そうか、それなら仕方ない。ヴィオラセントは助かってしまったというし、今度こそ引導を渡してやろう。『アスカ』でな……」
ボトマージュが怪しげな笑みを浮かべる。
「ついに僕がアクトになるときが来たんだね、父さん」
「……しっかりやりなさい」
カッサス親子は真面目そうな表情を保っている。
アルベルトは黙ったまま、スピーカーを見つめていた。
それぞれの顔を見ながら、カスケードは明日を思う。夜が明ければ、きっとニアに会うことになる。彼の仲間たちにも。そうして、彼らをこの手で殺さなければならない。また、引き金を引かなければならない。手が、震える。
「どうした、カスケード。手が震えているが……武者震いか?」
まるで馬鹿にするような声で、ボトマージュが言う。皮肉を言われたのだということは、カスケードにもわかった。
「イリーを殺したんだろう? だったらもう、二人殺すも三人殺すも同じだろう」
「やめなさい、ボトマージュ。……彼は、まだ慣れていないんだ」
オレガノが制してくれたおかげで、ボトマージュは黙った。だが、にやにやとした気色の悪い笑みは向けられ続けていた。
「僕はヘルゲイン型を軍に送り込もう。アクトは例の彼となり替わり、確実に周囲の者を仕留めなさい。ボトマージュは……やはり、ヴィオラセントを?」
「当然だ。それから、あの忌々しい大総統もな」
明日、軍が潰される。自分たちの手によって。カスケードは、居場所だったかもしれない場所を潰すのだ。
「あの、俺」
やっぱりやりたくない。もっと別の方法で軍を潰せないだろうか。人を殺すということの恐ろしさを知ってしまった今、カスケードには何もできない。
だが、スピーカーの声は冷たく言い放った。
『カスケード。君はニア・ジューンリーを確実に仕留めろ。彼は留置所から出てきてしまったようだ』
「ニアを……?」
心臓が握りつぶされるような心地がする。この手で、ニアを、殺す。いつかはやらなければいけないと思っていたのに、こうしてその時が来ると、突然苦しくなる。
あの優しい声を、この手で断末魔に変えるのか。
『同様に、リーガル。お前はカスケードとともに、元同じ班だったものを殺せ。弟も含めてだ。さもなければこの私が、直々に軍の人間を滅ぼそう。間抜けにも捕まった奴は、手先だけは器用でね。爆弾を作っていってくれた。お前が寝返ったその瞬間に、司令部はお前もろとも粉々だ』
「それでは、僕がすぐに軍に寝返れば、ボトマージュさんやカッサス君、カスケードさんも粉微塵ですね」
アルベルトがそう返した瞬間、ボトマージュの笑みが引き攣った。カッサス親子も眉を顰める。カスケードは、スピーカーとアルベルトを交互に見ていた。
アルベルトが寝返った時点で、全てが消える。彼の役割は、重要だった。
『そういうことだ。安心しろ、お前たちが死んだら、お前たちのクローンが代わりに生きてくれる。だがそれが嫌なら、確実に敵を殺せ』
「そんな方法があるなら、最初からそうしてしまえばいいのでは?」
『せっかく因縁があるんだ、こうでもしないと面白くならないだろう』
スピーカーの声は愉快そうに笑った。アルベルトは不愉快そうに、スピーカーを睨んでいた。
明日全てが終わる。カスケードが人を殺しても、殺さなくても。いずれにせよ、アルベルトが教えてくれた「居場所」はなくなるのだ。
縋れるものは、結局、“あの方”だけなのだ。



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2014年02月11日

Reverse508 第二十一話

一人の時間は途方もなく長く感じられた。モンテスキューに呼び出されて、ようやく牢から出たニアが見た時計の針は、まだ正午にも届いていなかった。
夜明け頃にここに連れてこられ、しばらく拗ね、モンテスキューに励まされた。それから考えを巡らせた結果、ある可能性を見つけた。
私怨だと思われるかもしれない。だが、自分の耳と仲間たちを信じるしかない。そう思い、ニアは面会室に向かった。
「ニア大佐、調子はどう?」
ぼやけていてよく見えないが、来てくれたのはクライスのようだった。監視員はモンテスキューと、彼が信頼している部下だという。ここで何を話しても、ニアの不利にならないようにすると約束してくれた。
「クライス、来てくれてありがとう。ごめん、今回のは完全に僕の判断が間違っていた」
「まあまあ、そんなこと言うなって。それより、目、見えてないんじゃないの? カイ少尉から薬、リア中尉からヘアゴムと櫛預かってきたから、ここでぱっと支度しちゃってよ」
そういえば、昨夜カスケードと会う前から、ニアは髪を下ろしっぱなしだった。モンテスキューから許可を得て、クライスから物品を受け取る。髪をまとめ上げて、苦い薬を無理やり飲みこむと、ほんの少し視界のぼやけが軽くなった。
「……はい、支度完了。それにしても、よく面会に来られたね? 将官に止められるかと思ってたよ」
「オレを誰だと思ってんの、大佐? 隠密行動ならお手の物、敵を欺くにはまず味方から。諜報担当の実力ってとこさ」
どうやら、将官たちの目をかいくぐってきたらしい。留置所職員もうまくごまかしてきたのだろう。そのバックアップを、メリテェアやモンテスキューがしてくれているのだ。
ここまでたくさんの味方をつくってきた、ニアの成果が十分に発揮されていた。
「それで、モンテスキュー氏とその部下の方が味方であると思って話すけれど。……実際のところ、どうなの? カスケードさんと会ったのは、間違いないわけ?」
クライスの問いに、ニアは頷く。こればかりはごまかせない。軍に証言者がいて、おそらくは塀外の監視カメラにも捉えられているのだろうから。
「間違いないよ。昨夜、カスケードが僕を訪ねてきた。軍施設の塀を乗り越えてね。寮に入れるときは、エントランスの監視カメラに映らないように、僕が仕向けた。これだけでも十分捕まる要素だ。……カスケードに、裏組織に来るよう誘われたよ。当然断ったけれど」
「そうなのか。じゃあ、組織は軍の人間を引き入れて、情報収集と襲撃を有利に進めようとしてるんだな」
クライスはふむ、と一人納得した後、ニアに「土産話」を始めた。
「ブラック中尉が怪我して帰ってきて、病院に運ばれた。……運んだの、病院の人の話だとニア大佐だったんだよな。間違いない?」
「うん。僕が寮のエントランスで倒れている彼を見つけたんだ。ブラックの様子はどう?」
「無事目を覚まして、グレン大尉が何があったのかを聴きに行った。相手はラインザーのクローンを大量生産していたらしく、それを使ってブラック中尉たちに襲いかかってきたらしい。その上で、アルベルト少佐の身柄を要求してきた。敵方につかなければ、ブラック中尉の命を狙い続ける……ってね」
ニアは絶句した。クライスの、ひいてはブラックの証言が真実ならば、アルベルトだけが帰ってこなかった理由は明らかだ。彼は、敵の側に行ってしまったのだ。あれだけ弟のことを大切に思っている彼が、それを選択しないわけがない。それに。
「アルベルトなら、裏の情報を手に入れるために、わざと敵方につきそうだね。……もっとも、戻ってこられるかどうかはわからないけれど」
ニアは自分とアルベルトが似ているという自覚がある。大切なものを引き換えにされたら、そしてそれによってもしかするとヒントを得られるかもしれないのなら、その誘いに乗るだろう。昨夜の件は、こちらにメリットがないので断ったが。
「まあ、たぶんそんなとこ。アルベルト少佐が戻ってこられるとしたら、軍を襲撃するときだろうな。できればその前に、敵のアジトを掴みたいところだけれど」
一息ついて、クライスは再び言葉を継ぐ。次も重要な事項だ。
「それとついさっき、アクト中佐が行った先で負傷したって連絡が入った。寄越してくれたのはマルスダリカのヤージェイルって男」
「アクトが? ……そうか、ヤージェイルは約束を守ってくれたんだね。それで、そのアクトは僕らの仲間のアクトで間違いない?」
「合言葉を聞いてる。『六月六日の哀しき獣』」
「うん、どうやら本人だ。一緒に観た超マイナースプラッタ映画に出てくる一節だから、言えるのはアクトしかいない」
しかし本人であると確定したならば、怪我の具合が心配だ。クライスによると夕方にはこちらに到着するというが、はたして大丈夫なのだろうか。
「ディアは?」
「まだ連絡がない。ツキがノーザリアに連絡を取るって言ってたから、オレが戻ってから現状を聞いておく。それと最後の報告は、将官はみんなだんまり、ってこと。全部ニア大佐のせいにしておけば丸く収まると考えているみたいだな。ま、クリス中佐が問い詰めたら、誰かしらは吐くと思うけど」
将官たちは早く安心したいのだろう。やましいことを抱え続けていたら、気力がもたない。自分の立場を守りたい彼らにとって、ニアを犯人に仕立て上げることは心の平穏を手に入れることにつながるのだ。
そして真犯人にとっては、もっとも動きやすい環境を作りだすことになる。監視が緩くなったであろう今なら、軍の情報をいくらでも裏に流し放題だ。もっとも彼はもともと上層部の人間であるから、監視など恐れていなかっただろうが。むしろ、彼は監視をする側だった。大総統から「疑っている」と言われても、平然と、堂々と、普段通りに振る舞っていればいい。だからこそ今まで、軍に溶け込みながらスパイ活動をしてきたのだ。
「クライス、君に頼みがある。君とクレインちゃんに、僕を捕まえた中将の個人データを詳細に調べてほしいんだ。改ざんがないかどうか、徹底的に」
「あの中将? 大佐はあの人を疑ってるのか?」
「あの人、先日の寮襲撃事件のときにこう言ったんだ。『相手はキメラだ』って。後方にいて、みんな何があったかもよくわかっていない状況でだよ。実際、あれはキメラというより、大型獣だった。あれだけ大きければ、人の手は加えられていると思うけれど」
ニアの耳が確かなら、そう言ったのはあの中将で間違いない。相手を確認しきれない状況で、彼はそう断定して周囲に指示を出していた。あのときは頼もしいと思ったが、よく考えると不審な発言だった。
「でも、キメラ退治経験がある人だったら、巨大な獣はキメラだって思わないかな」
「その任務にあたったことがあるかどうかも含めて調べてほしいんだ。もしも最初からキメラが来るという情報だけを知っていたとすれば、相手を確認しなくてもそう指示ができるはずだからね」
中将はニアのこともそうして疑った。だが、それはニアにとって「声」を思い出す大きなヒントとなった。考えが間違っていなければ、彼は裏の行動を知っていたことになる。そうした上でニアに疑いをかけ、現在は自分の有利にことを運んでいるはずだ。
「わかった、これはひとまず、オレとクレインだけでやってみる。クリス中佐とメリテェアは、将官に近づきすぎてるからな。探られてることを知られたらまずい」
「そういうこと。お願いね」
クライスと話を終えたニアの目は、もうしっかり見えるようになっていた。仲間たちは確実に動いてくれている。ニアがいなくても、真相を掴もうと走り続けてくれている。それがわかっただけでも心強い。いよいよ一人だけ拗ねているわけにはいかなくなった。

ニアのもとから帰ったクライスは、すぐにクレインのいる視聴覚室へと向かった。情報処理室ではまだ将官の監視の目があるので、彼女は仕事の場所をこちらに移しているのだった。それに、今の仕事は「寮と司令部周りの監視カメラの映像の確認」だ。視聴覚室のほうが都合がいい。
「クレイン、いるか?」
「……いるわよ。同じ映像ばっかりでうんざりしているところ」
そういえば、彼女は昨日もニアとともに監視カメラの映像を見ていたのだった。気になる点は全てメモしているようだ。少しの情報でも、あとで大いに役に立つことがある。
「ニア大佐に会ってきた。調子はあんまり良くなさそうだったけど、自分の記憶を頼りに仕事はしてるみたいだった。ブラック中尉のこととアクト中佐のことは報告済み」
言いながら、クライスはクレインの隣に座った。びっしりと書かれたメモを盗み見ようとしたところで、「見るんだったらちゃんと見てよ」と差し出される。
「……変なのよ、この映像」
メモを読んでいたクライスに、クレインがぽつりと言った。
「変って、何が」
「誰も映っていないの。少なくとも、見回りに出ていた夜勤組が映っているはず。カスケードさんがどこから侵入したのかはわからないけれど、それもない。……これ、本当に昨夜の映像なのかしら?」
クレインは確かに、監視室から昨夜の監視カメラの映像を持ってきたはずだった。ビデオに記入されている日時は、それが昨夜のものであることを示している。だが、それを狂わせることのできる可能性があった。
「日時はただラベルに書き込んであるだけだもの、別の日の映像をこの日のものだと偽ることは簡単よ。それをする必要があったってことは、スパイはカスケードさんが来ることをわかっていて、ニアさんに罪をきせようとしたことになる。カスケードさんが現れたという事実は、見回り組とニアさんの証言のみに基づくわ」
実際、見回り組は怪我を負っていた。殴り倒されたのは確かなのだ。だが、それすらもカメラはとらえていなかった。
「一番の決め手はこの部分。このカメラは、寮の窓を映しているもの。でもどれだけ見ても、窓から人が出てくる場面は見つからない。『カスケード・インフェリアはニア・ジューンリーの部屋の窓から出てきた』という証言があるにもかかわらず、ね。すぐに捕まったニアさんに、こんな編集は無理よ。だいたいにして、目撃者がいるんだから意味がないわ」
「ビデオ内に日時の表示はないのか?」
「いつからでしょうね、日時表示がされないように設定してあったわ。改ざんは誰にでも可能なのよ」
今こうしてビデオを調べているクレインにも、ということにはなる。だがクライスがそれを疑うことはまずない。彼女は妹であり、仕事上のパートナーだ。そんなことを考える余地もない。
「クレイン、実はニア大佐から仕事を頼まれてる。例の大佐を捕まえた中将のことを調べてほしいってさ」
「……やっぱりね。いくらなんでも、ニアさん拘束までの段取りが早すぎると思ってたのよ」
クレインはビデオを停止させ、テープを回収した。この「頼まれごと」の方が重要だと、彼女は判断したのだ。
「メリテェアたちにはまだ内緒だ。確証を得られるまでは、オレたち二人で動くぞ」
「わかってるわよ。結果次第では、もう一度ニアさんに報告に行ってもらうことになるわね」
二人はそうして、視聴覚室を出ていった。この班の情報担当として、できることをやろう。それがニア救出につながる。

午後三時を回った頃、予想よりも早く、アクトが帰ってきた。まずは軍病院で治療を受けることになったので、カイがそれに付き添うことになった。
怪我は主に打撲。殴られたり蹴られたりした痕が、体中にあった。もともと過去に虐待されて傷だらけだったアクトの体は、さらに痛々しいものになっていた。
「マルスダリカ町長の息子さんでしたっけ。ここまでありがとうございました」
「うちの町から手を引いてくれるって約束だからな。それに、美人と一緒に旅ができて、なかなか得な二日間だったぜ。あの大佐にもそう伝えておいてくれ」
アクトについていてくれたヤージェイルは、そう言って自分の町へ帰っていった。それを見送ってから、カイはアクトに改めて怪我の具合を尋ねた。
「大丈夫ですか? いったい誰にやられたんです?」
「例の、おれにそっくりなやつ。あいつに、ディアから貰ったナイフとられた。今後はあれを持っている方が偽物ってことでよろしく」
体が痛むのか、それとも大切なものを奪われたのが悔しいのか、アクトは顔をしかめながら言った。それから、案の定この問いを投げかけた。
「ニアさんは? 手が離せないって聞いたけど、何かあったの?」
「スパイ容疑をかけられて捕まりました。昨夜、カスケードさんと会ったみたいです」
「……最悪」
アクトは頭を抱え、息を吐いた。そのまま、他のメンバーのことも確認する。ブラックも怪我をして帰ってきて、この病院にいること。アルベルトが敵方についてしまったこと。そして、ディアの方はまだ動きがないらしいということ。全てを聞いたあと、アクトはよろけながら立ち上がって、受付へ歩き出した。
「アクトさん、どこへ?」
「ブラックに会う。向こうはラインザーのクローンが関わってるらしいから、おれたちの敵は同じ組織だ」
「それなら俺が案内します。グレンさんから病室の場所は聞いてるので、わかります」
アクトはカイに支えられながら、ブラックのいる病室へ向かった。着いたときには、すでにブラックは身のまわりのものを片付け始めていた。無理にでも退院するつもりらしい。
彼はこちらを見ると、目を見開いた。
「アクト、帰ってきてたのか。……で、なんでカイの野郎まで」
「付き添いだよ、このまっくろくろすけが」
「ただいま。アルベルトの話、聞いたよ。敵はどんな奴だった?」
ブラックは荷物を片付ける手を止め、ベッドに座った。アクトもその隣に腰かけ、カイはスツールを引っ張ってきた。
そうして、敵についての情報交換が始まった。ブラックはイリー・クライムドという男が関係していることと、彼がラインザー・ヘルゲインのクローンを操っていたこと、そしてアルベルトが裏に勧誘され、そのままついて行ってしまったことを話した。
アクトはそれを聞き終えた後で、自分の身に起こったことを語った。
「こっちは父さんの親友だったオレガノ・カッサスって人と会った。間違いなく父さんとは親友だったそうだけど、今はその人も裏の人間だ。元アーシャルコーポレーション研究員で、主にクローンやキメラの開発をしていたらしい。ラインザーのクローンを量産したのも、きっとこの人だ」
「お前にそっくりなヤツもか?」
「いや、あれはもっと複雑。オレガノさんと、おれの母さんのクローンの間に作った子供だって言ってた。名前はおれと同じアクト。幸か不幸か、おれにそっくりにできてしまったから、軍に侵入させることにしたらしいよ。おれを殺して、代わりに帰ってくるつもりだったみたい。ヤージェイルに阻止されたけどね」
殴られ、蹴られ、このまま死んでしまうのかと思った。そんなアクトのもとへ、ヤージェイルはやってきた。ニアに頼まれたといって、駆けつけてくれた。オレガノともう一人のアクトは逃走したらしい。おそらくは近いうちに、再びアクトを狙ってくるだろう。
そのときに、アルベルトも一緒に軍に戻ってきてくれるといいのだが。あまりうかつには動けないだろう。
「カイ。このことは、ニアさんには?」
「クライスが伝えてくれています。なので、あとはニアさんを留置所から出すための方法を考えつつ、ディアさんの帰りを待つことになりそうですね」
カイの言葉に、アクトの表情が曇る。ニアのことではない。ディアの帰りを、のあたりで彼は俯いた。ニアももちろん心配だが、アクトはやはりディアのことが気がかりなのだ。
それをわかっているから、カイとブラックは同時にアクトに声をかけようとした。「おい」と「あの」が重なる。
「……人が言おうとしてること邪魔すんじゃねーよ」
「そっちこそ、俺の邪魔をするな」
いつもの睨み合いが始まった。非常事態だというのに、この二人はちっとも変わらない。ここが病院だということも忘れて、口喧嘩を始めてしまった。
その様子を見て、アクトは初めはぽかんとしていたが、そのうちふきだし、声をあげて笑い出した。
「ふ……っ、はは、お前たち、いつもと変わんないじゃん。ニアさん捕まってるんだろ? で、アルベルトも敵側にいて、……なんでそんないつもと同じなわけ?」
笑うアクトを見て、ブラックは口をへの字に曲げ、カイは苦笑した。「いつもと変わらないこと」がわかるなら、彼は間違いなく本物のアクトだ。ブラックとカイがよく知る、アクト・ロストートだ。
「アクトさん、笑ってる場合じゃないです。ブラックも、少しは真面目にやれよ」
「うるせーな、バカイも真面目にやれ。アクト、お前もいつものアクトだな」
「そう? おれ、いつものおれに見える? ……本当は、ちょっと不安だったんだ。おれが帰っても、偽物だって疑われて、受け入れてもらえないんじゃないかって。こんな傷だらけの体のおれより、きれいなアクトの方がいいんじゃないかってさ」
もしかしたら、ディアもそうなんじゃないかと思っていた。だから、彼が帰ってきたときに会うのも怖かった。だが、その恐怖をこの二人が消してくれた。
「受け入れないわけないですよ。ここはアクト・ロストート中佐の居場所です」
「ニアが招集かけた、仲間ってヤツなんだろ。あの傷の野郎が帰ってくるまで胸張っとけ」
その言葉で、曇りかけていた心が晴れた。

夕方、ニアのもとには面会者が訪れていた。いや、面会という名の尋問だ。あの中将が、ニアと向かい合うように座っている。その眼はいつかニアの淹れた紅茶を褒めてくれた、あのときとはまるで別人のようだった。冷たく、暗い色をしている。
「ジューンリー。インフェリアと会っていたのは間違いないな」
「それは間違いありません。彼がやってきたので、部屋に招き入れ、話をしました。彼を軍に戻せないかと思ったんです」
「軍の情報を流していたのではなく、か? 五年前の件だって怪しいんだ。インフェリアと共謀し、軍と裏をつなげていたんじゃないのか」
「そんなことしません。彼は、カスケードは、軍人だった記憶を失っています。それを裏組織に利用されているので、元に戻せないかと思って話をしました。けれども、軍の情報を流すなんてことは一切していません」
ニアは一歩も引く気はなかった。カスケードを部屋に呼んだのは、たしかにミスだった。怪しまれても仕方ないことをした。だが、スパイなどではないのだ。堂々としていればいい。
そんなニアを、中将は忌々しそうに見ていた。なぜこんな時にうろたえていないのだ、という心の声が聞こえてきそうだった。
「では、キメラ襲撃の際、なぜいち早くそれに気が付いた?」
「直感です。五年前にカスケードと別れてしまったときも、同じ感じがしたんです。何かが来るということを察知することは、長い間軍人をやっていれば身につけることができます」
「そんな言い分が通用すると思っているのか」
語気を強めて、中将がこちらに脅しをかけてくる。だが、ニアは怯まない。怯む必要などない。逆に彼に問う。
「その巨大生物による襲撃ですが、あなたは後方にいながらにして、それがキメラだと断定して指示を出しました。なぜあれがキメラだと思ったのですか? もう一つ、あなたはそのあと、どこにいましたか?」
「お前にそれを問う権利はない。今はこちらの尋問に答えてもらわなければならないのだから。……俺は、非常に残念な思いをしているんだぞ。インフェリアが裏にいることも、お前がインフェリアとつながりを持っていることも……」
そう簡単には答えてくれないか。わかっていた。わかっているが、はっきりさせなければならない。
「あの指示以来、僕はあなたの声を一切聞いていないんです。真っ先に指示を出したあなたなら、そのあとの指揮も執っていたはずだ。それなのに、その声が一切聞こえなかった。いったいあなたは、あの巨大生物をどうしてキメラと断定することができ、そのあとどこにいたのか。それをはっきりと仰ってください」
「言う必要はない。スパイ容疑がかかっているお前に話すことは何もない」
「たとえ僕がスパイだったとしても、留置所で活動なんかできるはずがありません。中将は正直にその当時のことを仰っていただくだけでいいんです」
しばらくそのやり取りが続いた。どちらも引かない。引くつもりなど毛頭ない。――中将はただ一言、返せばよかっただけなのに。
「中将、どうして言わないんです? 『大きな影が見えたのでとっさにキメラだと判断した』『喧騒の中で指揮をしていても聞こえるはずがないだろう』ただそう答えてくれるだけでも良かったんですよ。なぜ、答えることを拒否し続けるんですか? もう一度言いますが、たとえ僕がスパイだったとしても、こんな情報は何の役にも立ちませんから、そう言って良かったわけです。けれど、あなたは回答を拒否し続けた」
「……」
ニアが詰め寄ると、中将は表情を歪ませ、黙り込んだ。それが何よりの答えだった。中将の命令により、今この場にはニアと彼の二人きりだ。監視もついていない。ここで真相を暴いても、誰にもわからない。
「あなたは初めから『キメラが寮を襲う』という情報を持っていた。だからつい、やってきた獣たちを『キメラだ』と断定して指示を出してしまった。指示を出したのは自分がそこで一緒に戦っているのだというアピールだったのかもしれませんが、それが仇になりましたね。指示を出したあなたは、隙を見て司令部に移動し、ビアンカちゃんたち侵入者を入れる手はずを整えた。そしてベルドルード中佐が監視室に行って、放送をかけて出ていったのを見計らって、練兵場を映し出した映像を見た。『黒髪黒目の男』が練兵場にやってきたのを見て、その正体をスプリンクラーを作動させることで軍中にばらしたんだ」
一つ、呼吸をする。それから、目の前の彼を真っ直ぐに見る。証拠は、今はない。ニアの耳だけが頼りだ。だが、すぐにクライスたちが形になる証拠を見つけてきてくれるはずだ。だから、はっきりと、この言葉を口にできる。
「スパイは僕じゃない。あなただ、中将」
中将はしばらく黙っていた。眉を顰めたまま、ニアを見ていた。だが、次第にその口角が上がり、口元だけの笑みを作った。ぞっとするほど、歪んだ笑みを。
「だから、どうした?」
それが彼の素顔。裏組織のスパイとして、これまでずっと溶け込んできた、彼の本性だった。
「それを知ったところで何になる。お前はもう、犯罪者のレッテルを貼られている。誰もお前の言うことなんか信用しない。インフェリアは組織の一員、お前は軍に入りこんだスパイ。それが軍内に公表された今、大総統ですらお前らを信じないだろうよ。現に将官どもは、お前が全ての元凶だったということで決着をつけようとしている。誰もかれも、みんな他の奴に面倒を押し付けたがっていたから、お前がそれを全部背負ってくれてホッとしてるんだろう」
大総統はともかく、将官たちの考えは多くがその通りだった。ニアが捕まったことで、もう自分が監視されずに済む。自分の時間を削ってまで人の監視をしなくて済む。そんな気持ちで満ちていた。それは、彼らがだんまりを決め込んでいることからも明らかだ。
「人間なんてそんなもんさ。軍人なんて偉ぶってるだけで、本質は何よりも臆病だ! 自分さえ良ければ、人のことなんてどうでもいい。そんな軍の中身を国中にばらしたら、こんなもろいもの、簡単に崩壊するだろうな」
「そうやって軍を崩壊させるつもりなんですか」
「そうなったらいいんだが、これでは時間がかかりすぎると“あの方”が言うんでな。すでに“あの方”が軍の崩壊を望んでから、長い年月が経ってしまっている。インフェリアの教育もちょうどいい具合に進んだ今がチャンスなんだ。あいつの力を使って、軍を壊すことができる。……俺はお前を救ってやったんだぞ、ジューンリー。ここに収監されていれば、お前はインフェリアに殺されなくて済む。軍が壊れていくのを、己の無力を呪いながら、ただ見ているだけでいい」
カスケードの力を使って、軍を壊す。それは可能だろう。彼にはそれだけの力がある。ただ、その力で人を殺させるなんて、そんなことは許さない。カスケードに、そんなことはできないはずだ。
「カスケードは人殺しなんかしない!」
「するさ。今日の朝、とうとう一人殺してしまった。後には引けなくなってしまったところだ」
中将が冷たく微笑む。その口からこぼれた言葉を、ニアは真実だと思えなかった。
昨夜、彼は「人を撃ったことはない」と言っていた。まだ誰も殺してはいないのだと、ニアは安心していた。後戻りできると思っていた。
「組織で用済みになった奴の脳天を、銃で一発。即死だったってさ。一度やってしまったら、二度も三度も同じだ。それしか道がないと教えられたら、そうするしかない。あいつには記憶がない。居場所がない。それでも生きていくために、あいつはこれからも人を殺していくしかないんだ」
声をあげて笑う中将を、ニアは茫然と見ていた。どうしてこの人は、笑ってそんなことが言えるんだろう。昔はあんなに優しかったのに、今はとても醜悪に見える。いや、実際そうだった。彼との間を隔てるこの透明な壁がなければ、ニアは、今すぐに彼に手を伸ばしていただろう。そうして、その忌々しい声を発する喉を締めあげていたかもしれない。
ああ、でも、そんなことをしたら。みんなの頑張りが、無駄になってしまう。せっかくニアをここから出してくれようとしているのに。
「……さて、ここには俺とお前の二人きりだ」
まだ笑いを抑えきれていない中将が言った。
「今の会話は誰にも聞こえていない。インフェリアが人を殺したことも、誰も知らない。良かったな、ジューンリー。まだ親友を守れるかもしれないぞ。あとほんの少しだけどな」
さて、報告書でもでっち上げておくか。そう言って立ち上がった中将の背中を、ニアは睨む。彼の言ったことには、間違いがある。誰にだってわかる、明らかな間違いだ。
「記憶はある。居場所もある」
ニアの言葉に、中将は振り向く。わけがわからないというような顔をして。それでもニアは続けた。
「彼は僕の声を憶えていてくれた。部屋の構造を憶えていた。居場所は僕が、僕たちが、つくりあげてきた!」
ニアは忘れない。無線から聞こえてきた、あの嬉しそうな声を。ニアに会ったときに見せてくれた、少しも変わらない太陽のような笑顔を。本質を保った、あの真剣な表情を。
それを生かし続けることのできる場所をつくるために、ニアは仲間を集めてきた。彼を捜し、手を伸ばした。「敵だ」と言われても、諦めない。諦めるものか。彼は、カスケード・インフェリアは、ニアの親友なのだから。
人を殺し続けるだなんて、彼の笑顔をなくすようなことをさせるなんて、絶対にあってはいけない。させてはならない。その前に彼を、彼の全てを、取り戻す。ニアが誓ったカスケード奪還作戦は、そういうものだ。
「僕らは、あなたたちからカスケードを取り戻す。渡してたまるものか。すでに過ちを犯してしまったというのなら、それ以上はさせない」
低く、力強く。ニアは宣言する。中将はそれを鼻で嗤って、透明な壁の向こうに言い放った。
「そこから何ができるっていうんだ。……まあ、せいぜい息巻いてろよ、ジューンリー」
ばたり、と面会室の戸が閉められる。ニアはその扉を、再び牢に戻されようとするその瞬間まで、じっと見つめていた。

その夜、ツキは家に帰らずに、電話番を続けていた。フォークには留守番をさせてしまうが、彼ももう十七歳だ。一人でも大丈夫だろう。
ベルドルード兄妹も、別室で何やら調べ物をしているようだ。メリテェアとクリスも、今夜は徹夜覚悟で将官たちの情報を収集しまとめあげようとしている。軍に戻ってきたアクトとブラックは、グレンたちの協力のもと、裏組織を構成する人間について考察するといっていた。怪我も治りきっていないのに、大したものだ。
そして、なぜかツキと同じ部屋にいる彼女。シィレーネは、とっくに寮に戻って食事をとっていてもいい時間だった。しかし、帰ろうとしない。
「シィレーネちゃん。あんまり遅くまでいると、明日に響くぞ」
「……シェリーさんも調べ物してるので、私だけ帰るわけにいきません」
普段から「伍長という低階級のためにできることが少ない」と嘆いている彼女だ。せめて、全員の安否だけでも確認したいのかもしれない。
ニアがいない今、どうせ寮に帰ったところで、不安が募るだけだろう。ならば好きにさせてやろうと思い、ツキは彼女をそこに置いておくことにした。
「コーヒー飲むか? 連絡を待ち続けるのは退屈だぞ」
「あ、じゃあ私が淹れます! ツキさん、ミルクとお砂糖はどれくらいですか?」
「俺は何も入れずに、濃い目。ありがとうな」
外部情報取扱係室に備え付けのポットとインスタントコーヒーは、ひたすらに電話を待ち、とり続ける、電話番のために用意されたものだ。いかなる場合にも即座に対応できるよう、ここにはあらゆるものが揃っていた。小さな冷蔵庫には、栄養補助食品まで入っている。
シィレーネは言われた通りにツキのコーヒーを濃く、自分の分を薄く甘くして用意した。それをツキの机に置きながら、ぽつりと言った。
「コーヒーの淹れ方、私、インスタントのすらわからなかったんです。分量が、いつもおかしくなっちゃって。……でも今は、大丈夫です。ニア大佐に教えてもらいましたから」
ツキは頷いて、置かれたコーヒーを啜った。たしかにちょうどいい塩梅だ。まるで、ニアが淹れたかのように。
「美味しいな。……そうか、シィレーネちゃんも、ニアからいろいろ教わったんだな」
「私にできることを教えてくれたのも、ニア大佐です。そして、死にたくないって思わせてくれたのはカスケードさんでした。……私、軍には死にたくて入ったんです。ここにいれば、ある程度は人の役に立って死ねるかもしれないじゃないですか。だから私は軍人になったんです」
静けさに耐えられなかったからこんな話をしているのかもしれない。聞きたくなければ聞かなくていい、そんな話なのかもしれない。だが、ツキは彼女の告白を、真剣に聞いていた。
「軍に入って、シェリーさんと仲良くなって、生きるのもちょっとは楽しいかもなって思い始めました。でも、どこかでやっぱり、役立たずな自分が嫌で、死んじゃいたいって思ってました。……それが、数か月前の山狩り演習のときに、野犬に襲われそうになって、初めて死にたくないって思ったんです。カスケードさんに助けてもらって、自分が生きていたことにホッとしたんです。……変ですよね」
「変じゃないよ。生きてるってのはそういうものだと、俺も思う」
「ありがとうございます。……それで、ある日シェリーさんに、ニア大佐の班に入ろうって言われて。私を嫌わないで接してくれる人が、一気に増えて。とても嬉しかったんです。居場所がなくて、できてもとても小さく狭かった私に、こんなに広々と生きられる場所ができた。いてくれるだけで嬉しいって、ニア大佐が言ってくれました」
ぽたり、と音がした。液体の中に、何かが落ちた音だ。ツキはその音の正体を見る。シィレーネのこぼした涙が、彼女のコーヒーカップの中身に波紋を作っていた。
「それなのに。……ニア大佐がここにいないなんて、あんまりです。スパイなんかじゃないのに。そんなこと絶対にしないのに。たとえカスケードさんと会ってたとしても、記憶を取り戻させるために決まってます」
「うん、そうだな。だから、ニアを自由にしてやらないとな」
みんなが信じている。だから、こうして彼を救うための手掛かりを探している。今日はシィレーネも、軍曹や曹長が扱うような書類を任されていた。そうしなければ、全てに手が回らないからだ。だがそれは、彼女に実力が伴ってきたことを認めるということでもある。
だから、泣かないでいいのに。頑張っているのだから、堂々としていればいいのだ。ツキはそんな思いを込めて、シィレーネの頭をなでた。
電話が鳴り響いたのは、その時だった。ツキはいつも通りに素早く受話器をとり、それに応じる。
「こちらはエルニーニャ王国軍中央司令部です」
『こちら、ノーザリア王国軍大将スターリンズです。ツキ・キルアウェート曹長でよろしいですね』
待っていた連絡が来たようだ。ツキは受話音量を上げ、シィレーネにもそれが聞こえるようにした。
「はい、キルアウェートです。ヴィオラセントに何かありましたか?」
『率直に言うと、負傷しました。ですが本人は至って元気なので、すぐに軍用機でそちらに送ります』
「どの程度の負傷ですか」
『刃物でざくざくと。こんなに斬られて血を流して、よく元気でいられるなという状態です。ノーザリア危機のときより酷いかもしれませんね』
「はは……いや、生きてるならいいです」
『それと、クローンに関する資料を所持しているようですので、おそらくはそちらの捜査の参考になるかと。それではそうかからずに、そちらへ到着することと思います』
ディアが帰ってくる。怪我はしているが、元気だというのだから大丈夫だろう。シィレーネは心配そうだが、ツキは受話器を置いてから「丈夫だから平気だ」と言ってみせた。それからメモにさらさらと今の電話の内容を書くと、シィレーネに渡した。
「第三会議室に、メリテェアとクリスがいる。二人にこれを渡してきてくれ。メッセンジャーなんだから、大事な仕事だ。確実に遂行するように」
「は、はい! 行ってきます!」
シィレーネはメモを大切そうに手で包み、部屋を出ていった。


イリーを撃ち殺した後、カスケードは部屋に引きこもってしまった。おかげで死体の処理はアルベルトがやることになった。様々なものを焼却するための大きな炉が、ここにはあった。
焼却炉があるということは、排気口があるはずだ。それを目印に、この場所を知らせることはできないだろうか。いや、きっとばれないようにしてあるからこそ、ここは利用されているのだ。あまりにこの施設が広すぎて、この上にいったい何があるのかもわからない。首都の地下だというのに、まったく予想がつかなかった。
死体が灰になったら、そこから弾丸を捜し出して、誰にも見つからないよう処分しなければならない。薬莢も隠さなければ。イリー・クライムドという人物が死んだことを、殺したのがカスケードだということを、誰にも知られないように。
鉛は三百三十度もあれば融けるのだったか、などと考えていたところへ、スピーカーの声が響いた。
『リーガル、君ももう部屋に戻ってかまわない。イリーの死体はそのうち燃え尽きるだろう』
「……そうですね。今死んだ彼の部屋を使うのでしたか?」
『ああ、自由に使ってくれ』
死者の部屋を使うというのは、どうにも心地が良くないものだ。だが、それしかないのなら仕方がない。アルベルトは居住スペースへ行き、自分の部屋となった場所を確認した。
だが、部屋には入らず、他の部屋を開けてまわった。とはいえ、ほとんどの部屋は鍵が閉まっている。中に人の気配もない。留守にしている他の人員の部屋なのだろう。
一つだけ開いたのは、案の定、カスケードの部屋だった。ベッドの上で膝を抱え、組んだ腕に顔をうずめている。肩が震えているところを見ると、まだ泣いているらしかった。
「カスケードさん、でしたか?」
声をかけると、彼はひどく怯えたように顔をあげた。背はアルベルトよりも高く、ニアと同い年というからには年上であるはずなのに、振り向いたその顔はまるで子供のように泣きはらしていた。彼の時は、記憶をなくしたという十八歳で止まっているのかもしれない。
一度自分を投げ飛ばしたとは思えない彼に、アルベルトは憐れみすら感じていた。
「ええと……アルベルト?」
カスケードの方は、アルベルトとまみえたことを憶えていないようだった。首をかしげて、こちらを見ている。
「そうです。今、少しだけお話できますか?」
アルベルトが尋ねると、彼は顔を服の袖で拭いて、頷いた。それを確かめてから、アルベルトは彼の隣に座った。
「これから一緒に過ごすことになるので、挨拶をと思いまして」
「……でも、“あの方”は馴れ合うなって言うぞ。他の奴だって、会議のときくらいしか話さない。……あ、でもオレガノさんは別だ。俺に研究のことを教えてくれる」
「そうなんですか。オレガノさんという方が、こちらで研究を?」
「クローンとか、キメラとかのな。俺には難しいけど、記憶を継承しているクローンなんかも作れるらしい。でも今たくさん作っているのは、ラインザーのクローンだ」
どうやらオレガノという人物が、この組織で扱っているクローンやキメラを作っているらしい。記憶継承のクローンというと、アーシャルコーポレーションで作っていたものだろうか。彼はあの会社の関係者なのかもしれない。
「クローンはどこで作られているか、ご存知ですか?」
「クローンのためだけの部屋があるはずだ。でも、オレガノさんが入るなって言うから、俺は入ったことがない。興味もないけどな」
それがわかれば、その場所を破壊するための策を講じられたかもしれない。だが、カスケードに訊いても無意味そうだった。
できる限り、情報は仕入れておきたい。次は何を聞こうかとアルベルトが考えていると、カスケードが不意にその言葉を口にした。
「アル」
「……はい?」
「アルって呼んでいいか? アルベルトはちょっと長い」
そんなことを言われたのは初めてだった。だが、悪い気はしない。アルベルトは頷き、「いいですよ」と答えた。するとカスケードは、さっきまで泣いていたのが嘘のように笑顔を咲かせた。
「そうか、良かった。よろしくな、アル」
その笑顔は、どこかニアのそれに似ていると思った。嬉しいことがあったら、素直に、屈託なく笑う。あの表情が、アルベルトは少しだけ苦手だった。いや、素直に気持ちを表現できるということが羨ましいだけかもしれない。
「なあ、アル。……アルは、軍人なんだよな」
「そうです。ちょっと裏切ってきてしまいましたけれど」
「じゃあ、人を殺したことあるか? 犯罪者とか」
ころころと表情を変える人だ。一気に笑顔がなくなった。アルベルトはつとめて冷静に、答えを返した。
「ありますよ。犯罪者だった父親を撃ちました」
「そうか。それでも罪にはならなかったのか?」
「そうですね。やむを得なかったとして処理されました。……一般の方には、納得のいかないことでしょうね」
「ああ、納得いかない。だから俺は軍をなくそうと思ってた」
カスケードはきっぱりとそう言った。だが、次の瞬間、その語気は急激に弱まった。
「でも、俺も人を殺したんだよな。いずれは軍人を殺すことになるって教わってて、それは軍を潰すために仕方のないことだからいいんだって“あの方”が言っていた。だけど、それじゃ軍の理屈と同じだ。俺が人を殺したという事実は変わらない」
先ほど銃を握っていた手を、カスケードはじっと見ていた。アルベルトが父を撃った後、しばらくそうしていたように。
「“あの方”は平和には戦争がつきものだって言っていた。それは歴史の上からも明らかだって。でも、平和になれば大丈夫だって。……俺は何が大丈夫なのか、わからなくなった」
カスケードは、別にイリーを恨んでなどいなかった。ただ、“あの方”という彼にとって絶対的な存在の命令に従っただけだ。そこに疑問を感じながら。こうして悩みながら。
彼はアルベルトとは違う。違うからこそ、軍に戻れるはずだった。記憶さえ取り戻せば、ニアたちが弁護してくれるはずだった。だが、彼はきっと、一生イリーを撃ち殺したという事実に苛まれるのだろう。アルベルトが弟とともに、父を殺す以外の道はなかったのかと考えたように。
「考えて、一生背負うしかないですよ。何が大丈夫かわからないのは、きっと、ずっと続きます。あなたがそのままでいる限りは」
「……アルは、きっと賢いんだな」
「今のでどうしてそうなるんですか。とにかく、泣いていても何も変わりませんよ。あなたはここから抜け出そうと思えば抜け出すことができるんですから、そのことを考えたらどうですか?」
「抜け出したら、また“あの方”が罰を与えるだろ」
「それがなんだっていうんですか。戻ってこなければいいだけの話です。あなたには、ここではない、他の帰るべき場所があるんです。たくさんの人が待っている場所が」
そこは、彼の親友が全身全霊を尽くしてつくりあげた場所だ。今は当の本人がどうやらあらぬ疑いをかけられて拘束されているようだが、きっとそれもすぐに解けるだろう。あの場所には、仲間がいるのだから。
アルベルトも、その一員だ。隣で蹲っている大きな子供を迎え入れるために、集められた人材だ。
「帰るべき場所なんて、あるのか?」
「大佐……ニアさんが作りましたよ。あなたのために。あなたを受け入れてくれる人を集めて。だからあなたは、いつでもそこに帰っていいんです」
「でも、それ、軍だろ? 軍は潰すものだって……」
「軍だとかそうじゃないとか、たぶんニアさんには関係ないです。あなたが帰って来さえすれば、あの人は喜びますよ」
「……でも、ニアは軍人だ。敵だ。そのうち戦わなくちゃいけない。……また、殺さなくちゃいけないんだ、俺は」
またカスケードの肩が震えはじめた。思った以上に、この人物は厄介らしい。まるで落ち込んだ時のニアのようだと、アルベルトは溜息を吐いた。
「さすが、親友ですね。だから、軍人だとか敵だとか、あの人はまるで考えていないんです。あなたを軍人として迎え入れることができればそれは最善のことだったかもしれませんが、たぶん、もう無理です。それでもあなたを迎えに行くと、あの人は言ったんですよ。それはカスケードさんが、ニアさんの親友だからです」
「……親友」
記憶をなくしている彼は、そのことも憶えていないはずだった。だが、その言葉は妙に懐かしそうに口にしていた。思い出そうとすれば、きっと、できるのだ。それを今まで抑え込まれていたから思い出せなかっただけで、彼にはまだ記憶を呼び覚ますことができそうだった。
「アルは、ニアと俺が親友だった頃を知ってるのか?」
「残念ながら知りません。僕はニアさんと知り合って間もないですから。でも、あなたのことを話す時のニアさんは幸せそうだったり、真剣だったり、いつも忙しいですよ。心からあなたのことを想っているのが、誰にだってわかります」
ときどきアルベルトも呆れるくらいに、ニアはカスケードのことを想っている。だからこうして本人を目の前にしたときに、それが伝わらないのがもどかしい。
「あなたは早く思い出すべきですよ。……たとえば、ニアさんと一緒にアイスクリームを食べに行ったことなどを」
アルベルトは立ち上がり、部屋を出ていく。その間際に、もうひとことだけ残していった。
「そして早く、帰るべきです」
後に残されたカスケードは、閉まったドアを見ながら呟いた。
「アイスクリーム……ニアと……」
頭の中が、ぐらりと揺れる心地がした。




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posted by 外都ユウマ at 18:48| Comment(0) | Reverse508 | 更新情報をチェックする
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